鉛筆で引いた境界
商工会の担当者である三森は、相談票に書かれた「不正アクセスが心配」という文字を見つめていた。電話をかけてきたのは町の製本工場。二十年以上使う受注ソフトの更新に失敗し、取引先から届いた添付ファイルを開けない。ウイルスなのか、単なる故障なのか、工場の誰にも区別がつかなかった。
トラッバセキュリティに持ち込んだ相談を、銀利はすぐ受注に結びつけなかった。先方の業務が止まっているなら、まず保守会社が責任を持つ範囲を確かめる。診断を売るのはその後だと、営業の真壁に告げた。三森はその判断に戸惑ったが、工場の従業員が発注書を書けずに困っていると伝えると、銀利は電話の内容を整理し始めた。
良助は会議室の端で書記をしていた。「開けないファイルが全部同じ日に届いているなら、送る側にも聞けますね」。それは責任を決めつけないための確認だった。真壁が取引先の窓口を確認し、日下部は診断で触れてよい範囲を紙に書いた。
午後、工場側で別の端末を試すと、帳票の形式が古いことが判明した。感染の兆候はまだ確認されない。三森は安堵したが、銀利は安全を保証したわけではないと伝えた。顧客は保守会社へ更新を頼み、監視については翌週、改めて相談することにした。
三森の机には相談者の業種を示す付箋が増えていた。製本工場といっても、事務室では紙の納期を追い、現場では重い機械を扱う。ネットワークの問題だけ切り出しても、業務の止まる理由は見えてこない。
夜、三森は相談票の分類欄を書き直した。「犯罪の疑い」ではなく「業務システムの更新」。困り事に早く名前を付けるのは便利だ。しかし名前が先に決まると、ほかの原因を見落とすこともある。隣の席の同僚はその修正を見て、次の相談から受付の聞き方を変えようと言った。




