もう一社の返事
梶原聡は設備保守会社から内定の連絡を受けた。待遇は堅実で、夜間の呼び出しも原則ない。トラッバセキュリティの条件とは異なる魅力がある。梶原は嬉しかったが、すぐに返事を出すのはためらった。自分が仕事へ何を求めているか、まだ言葉にできなかったからだ。
前職で体調を崩したときのことを話すと、姉は「次は周りに言える職場がいいね」と答えた。優秀な技術者になることだけではない。睡眠や通院の予定を隠さず相談できることが、梶原には必要だった。
梶原は設備保守会社の採用担当へ、仕事内容について最後の質問をした。先方は丁寧に答え、部署の人数や休日の取り方も教えてくれた。悪い会社ではなかった。それだけに辞退する可能性を考えると胸が痛む。姉は「向こうを安心させるために働くわけじゃないよ」と言った。梶原は二社の勤務表を見て、夜間の仕事そのものより、何か起きたとき相談できるかを重視していると気づいた。決める前夜はなかなか眠れなかったが、それは以前の夜勤明けの疲れとは違う緊張だった。
姉は夕食の席で、梶原へどちらが有名な会社かと聞かなかった。先に尋ねたのは、仕事で困ったとき誰に相談できそうかだった。梶原は面談で見た資料と社長の説明を思い出し、自分が何を選びたいのかを少しずつ言葉にした。
良助が「来てくれるか分からないんですか」と聞くと、田倉はうなずいた。彼は「選べるほうがいいですよね」と言って配布資料を整えた。その言葉を聞き、田倉は自分たちの採用条件を改めて読み返した。選んでもらうために必要なのは、急かすことではないはずだった。




