早番のための資料
川根は診療所の早番担当へ研修案内を配った。ところが清掃と受付の交代が重なる時間には、資料を読む余裕がない。職員の一人が「帰ってから見ればいいですか」と尋ね、川根は返事をためらった。勤務に必要な教育を私生活へ持ち帰らせるつもりはなかった。
トラッバの日下部は、五分で確認できる項目と、別途時間を取って話す内容を分けた。印刷物には怪しいメールを開く手順ではなく、迷ったときの相談先と正規の確認方法を載せた。院内で使う言葉へ置き換える部分は、川根と一緒に確認した。
川根は案内文の誤字を直しながら、受付の仕事を始めたころを思い出した。あの頃、難しい言葉を聞き返すのが怖かった。新しい研修では、分からないことを口にする人ほど参加しやすくしたい。院長にもそう伝えると、深浦は職員の質問時間を削らないよう指示した。日下部は研修の成果を測るなら受講人数だけでなく、相談先が周知されたか確かめるべきだと考えた。短い案内文にも、現場の人を守る理由がある。
良助は案内の図を見て「この矢印、受付の人が院長へ直接電話するみたいですね」と言った。実際には事務長が最初の窓口だった。日下部は図を直し、誰かの負担が一箇所へ集中しないよう、休みの場合の代替先も追記した。
院内の小さな掲示板には、食事の当番と機器点検の予定も貼られている。川根は研修だけ特別扱いせず、ほかの仕事と衝突しない場所を探した。勤務表には短い空白がようやく見つかった。
研修はまだ契約前だったが、必要な準備が見えてきた。川根は深浦に勤務時間内の開催案を持ち込み、院長は診療に影響しない範囲で予算を組むよう指示した。受付では患者を呼ぶ声が続く。守りたい仕事の音が、会議室の外から聞こえていた。




