見積もりを断る朝
真壁千尋のもとへ、大手企業の購買担当から見積依頼が来た。名前を聞けば誰でも知っている会社だったが、条件書には二十四時間の即時対応と、どの地域でも一定時間内に現地へ行く義務が書かれていた。今のトラッバには、その約束を守る人員も拠点もない。
真壁は規模の大きな契約を一度は夢見た。社員の給与も設備も、資金に余裕が出るかもしれない。だが飯塚が必要人数を見積もると、現在の顧客対応まで危うくなる。銀利は「条件を変えられないなら応募しない」と決めた。社長は売上の大きさだけで事業を測らなかった。
真壁は条件書を読み終えたあと、飯塚の机へ行った。もし受注したら何人必要かと問うと、飯塚はまず現地対応の範囲と必要な資格を聞き返した。顧客所在地の地図を塗りつぶすだけでは、提供可能な体制の説明にならない。真壁は人員計画を作る前に、契約を守るための前提が足りないと理解した。銀利の決断が速かったのは、売上に興味がないからではない。自分たちにできないことを熟知していたからだ。
飯塚は地図上の現地対応拠点を数えて、無理に見積を組めば現在の当番へ何が起こるか説明した。新しい案件のため、既存顧客の仕事を止めることはできない。銀利は地図を一度見ただけで、現体制では契約条件を満たせないと判断した。
購買担当には、提供できる範囲と今回は満たせない条件を丁寧に返した。相手は残念がったが、虚偽の約束よりよいという。真壁は失注欄に金額を記入せず、最初から条件不一致だったと記した。午後にはいつもの顧客から相談が入り、彼女は手帳を持って出掛けた。会社の大きさを語る前に、守る約束があった。




