眠っていた手順
日下部透が研修資料を更新していると、半年以上参照された形跡のない手順書が見つかった。顧客が古い認証方式を廃止した際に役目を終えたものだ。廃止の印は付いているが、資料検索では現行版より上に表示される。新人が開けば、間違った画面を覚えてしまうかもしれない。
日下部は全部を消す提案をしなかった。過去の作業判断を確認する際に必要になることがある。久世と相談し、現行の手順と参照専用の記録を置く場所を分けた。検索結果には文書の状態が見えるようにし、閲覧権限を変える作業は管理者に依頼した。
資料庫の棚には、過去の研修で使った薄いファイルが何冊も積まれていた。日下部は全部を最新に見せかけるのではなく、使われた時期と廃止の理由を表紙に書き添えた。広瀬は「あのとき誰が困ったかも残せますか」と尋ねた。個人の失敗談として保存するより、問い合わせの種類と改善点を記録しようということになった。紙の背表紙を貼り直す作業は地味だったが、後で見つける人の時間を少しだけ節約する。
良助は古い版を読んで「ここに書いてある窓口って、今は誰なんでしょう」と聞いた。日下部は顧客側の担当者がすでに異動したことを知っていたが、その後の連絡先までは知らなかった。尾高を通じて現任者を確認し、履歴に追加した。良助は訂正を求めるでもなく、机へ資料を戻した。
翌週の演習で広瀬が検索すると、最初に現在の手順が表示された。過去版も必要なら探せる。日下部は机の隅にあった付箋を剥がした。「あとで直す」とだけ書いて何か月も残っていた紙だ。今度は新しい版の見直し日を、担当者の予定表に登録した。放置された資料は、誰かの怠慢とは限らなかった。




