黒字の翌朝
月曜日、田倉澄子は前月の黒字を示す資料を裏返しに置いた。数字は確定している。しかし机に積まれた今月の請求書まで黒くなったわけではない。先週までより気が緩んでいる自分を戒め、引き落とし日から先に確認した。隣では尾高が顧客からの留守番電話を聞いている。祝賀の余韻より、通常の仕事の音が大きかった。
銀利樹一が朝の打ち合わせで口にしたのは、祝いの言葉ではなく翌月の見通しだった。「運用を削って作った利益なら、後で必ず返済することになる」。田倉は設備更新費と採用予算を別にした表を見せた。黒字を繰り返せるかは、まだ誰にも分からない。
田倉が気にしていたのは、残高だけではなかった。今月は外注先への支払いと社員の交通費精算が同じ日に重なる。事務所の壁に掛かる小さなカレンダーへ印を付けたら、銀利が通り掛かって「その日の午後は私も席にいる」と告げた。以前なら社長は帰社時間を約束できなかった。今は予定を伝えられるだけの余地が生まれている。田倉は責任の重さが消えたとは思わないが、自分だけで締切を背負っているわけでもないと感じた。
真壁は数字の説明を聞きながら、今日の商談予定を手帳へ書いた。経理の数字を見て安心するにはまだ早い。失注した会社から別件の問い合わせが来たが、過去の経緯に期待せず、今必要な範囲を聞き直すことにした。田倉は真壁が資料へ戻る後ろ姿を見て、数字だけでは測れない仕事が今も続いていると感じた。
昼休み、田倉は駅前の弁当店で魚の弁当を買った。以前は休み時間にも銀行の口座を確かめたものだが、今日は財布に入れた私用の買い物メモを読んだ。事務所へ戻ると、先週提出した振込依頼の控えが届いていた。彼女は食事の後で開封することにした。冷めないうちに食べるという、ごく小さな順番を守りたかった。




