土曜日の食卓
土曜日、広瀬悠真は久しぶりに昼まで眠った。夜間当番を引き受ける年上の社員たちに申し訳なさはあったが、自分が代わったところで経験不足から助けを求めることになる。それを負担と考えて、休日には会社の通知をなるべく見ないようにしていた。端末を伏せても、罪悪感だけは残る。
昼過ぎ、スーパーで偶然良助と会った。買い物かごには柔らかい野菜と薄味のだし、細かい文字の書かれたメモが入っている。「家のご飯ですか」「祖母が食べやすいものを選んでて」。良助はさらりと答えた。介護で仕事を離れていた時期について、広瀬は初めて具体的な生活を想像した。
「会社、どうですか」と聞くと、良助は「教えてもらうことばかりです」と笑った。広瀬には、その言葉が不思議に聞こえた。新人のはずなのに、運用画面の説明を一度聞くだけで覚える。だが誰かの仕事を横から奪うことはない。昨日も広瀬が入力欄を間違えた時、先に「ここ、確認していいですか」と声をかけてくれた。
帰宅した広瀬は食卓で父親に、仕事は忙しいかと聞かれた。いつもなら曖昧に笑うところを「みんな無理してるけど、少しずつ直そうとしてる」と答えた。父親は「なら、お前も覚えたことを返してやれ」と言った。その言葉は説教ではなく、食べ終えた皿を運びながらの何気ない声だった。 スーパーの袋に入れた食材は、帰り道で少し冷たくなっていた。広瀬は明日の朝食を考えながら、仕事のことをいったん家の外に置いた。
夜、広瀬は来週の研修で聞きたい項目を三つ書いた。家族と夕食を食べ、仕事の疑問を明日のために残して眠る。目新しい成功は何もない。それでも月曜の自分が、今週よりほんの少し役に立てる気がした。




