数字の裏側
日下部透は、検査表の欄外に小さな注記を書く癖があった。何かが正常に動いていても、どう確認したかを残さなければ次の人の安心につながらない。社内では目立たない役回りだが、顧客への報告書に誤記が出れば最後に止めるのは日下部だった。彼はその責任を自分の仕事として受け入れていた。
昼前、良助が「この二つの合計、同じ数字なのに違う名前なんですね」と話しかけた。月次報告の検知件数と、社内の対応件数。日下部は数え方が違うと説明した。自動でまとまる通知と、人が実際に確認した事案は一致しない。それなのに毎月、顧客へ違いを説明する時間が発生している。
「表の一番上に書いておくのはどうですか」。良助の提案に、日下部は最初うなずきかけ、すぐ首を振った。顧客が使用する書式を勝手には変えられない。「では、送るときのメールには?」。青年はあっさり方向を変えた。日下部はその柔らかさに驚いた。正しい答えを知りたいのではなく、伝わる方法を探しているのだ。
夕方の確認会議で、銀利はメール本文への説明追加を了承した。ただし文面は顧客ごとに変えず、正式な定義を使う。日下部は説明用の二行を書き、尾高に確認してもらった。その二行だけで、長年続いた数字の質問が減るかは分からない。それでも試す価値はある。
退勤する頃、日下部の机には検査待ちの資料がまだあった。彼は最初の一冊を開き、別の集計表に同じような曖昧な見出しがあることに気づいた。こちらは急がない。明日の作業欄に書き留める。小さな改善を、全部今日のうちに片づけなくてもいいと初めて思えた。




