別の場所へ進む人
佐伯美緒から田倉澄子へ、一通のメールが届いた。別の会社へ入社することを決めたという。説明会での対応に感謝する言葉と、今後の採用がうまくいくよう願う短い文章が添えられていた。田倉は画面を見て、残念だと思うと同時に、彼女が自分の生活を選べたことに安堵した。
銀利は報告を受け、「丁寧に返事をしよう」とだけ言った。縁があればまた、という言葉で引き留めるつもりはない。彼は候補者の能力を評価していたが、受け入れる体制ができなかったことも事実だった。飯塚は研修計画を引き出しへしまわず、改善点を書き足した。次に採用する時は、同じ遅れを繰り返したくない。
良助は会議室の棚で、佐伯に渡した資料の予備を見つけた。「もう来ないんですね」と聞く。「そう。でも本人が決めたことだから」。田倉が答えると、青年は「良かったです。ちゃんと決められて」と言った。複雑な顔になる田倉を見て、彼は不思議そうにした。
午後、佐伯は新しい職場の制服を受け取った。通勤路を確かめ、仕事用の靴を買った。小さな会社で出会った人たちのことは時々思い出すだろう。だが彼女の日々は、別の場所で始まっていく。採用されなかった人にも、その人だけの未来がある。 田倉は佐伯への返信で、面接時に聞いた提案が社内の資料改善に役立ったことを伝えた。ただし本人の許可なく、その言葉を採用資料へ引用するつもりはない。
夕方、田倉は採用表の佐伯の欄を「辞退」ではなく「他社入社」と記した。会社の都合で結論を延ばした結果だと分かるよう、経緯は別に残す。責めるための記録ではない。次に誰かを迎える時、同じ時間を奪わないための記録だった。




