選ばれなかった日
比較見積もりの結果が届いた。顧客は別の会社を選んだという。真壁千尋は通知を二度読み、銀利へ報告した。価格が主な理由だった。技術面の評価も悪くなかったが、最終的には予算の範囲へ収まることが優先された。どれほど丁寧な提案でも、選ばれないことはある。
昼の会議で銀利は「失注の理由を調べよう」と言った。担当者を責めるためではない。見積もりの条件が伝わっていたか、対象の仕事を絞る余地があったか、説明の順番に問題はなかったか。真壁は聞いた内容と、自分の推測を分けて記録した。相手の会社を疑う言葉は書かなかった。
良助は失注の資料を棚へ戻しながら「新しいお客さん、来ないんですか」と尋ねた。真壁は「今回は来ないね」と答えた。「そうなんですね」。それだけだった。励ましの言葉を探しているわけではない反応に、真壁は少し救われた。成果が出ない日にも、仕事の価値を全部失うわけではない。
午後、別の顧客から小さな問い合わせが入った。尾高が受け、久世が必要な機材を調べた。失注のニュースと無関係に、既存の仕事は続いている。真壁はその問い合わせに必要な資料を一つ用意し、次の営業案内へ使えるか検討した。 銀利は失注した案件を、翌月の売上見込みから速やかに外させた。残念な知らせを遅らせても、現金の予定は好転しない。田倉は数字を修正し、商談の成約率を過大に見せていないか確かめた。
帰り道、真壁は自販機で冷たい茶を買った。悔しさが消えたわけではない。けれど今日の結果を隠していない自分たちの会社を、以前より少し信頼できる。駅の改札へ向かう途中、明日の商談相手の名前を手帳で確認した。




