螺旋の世界
「……ふぅ」
ラングルスは晴天の空を目掛けてタバコをふかした。血溜まりの上に転がったプランタを横目に、ゆっくりと歩き出す。
「……訳が分からねえ」
茂みの方にしばらく歩くと、そこには苔むした岩の中に埋もれているベルの姿があった。ラングルスはそれを無表情で眺める。
「まだ魂が生きてんな」
ラングルスは右手の剣を握り直す。しかしベルは全く動かず、襲ってくることもない。
口の端で咥えていたタバコを地面に捨て、革靴で踏み潰す。
――俺の思い過ごしだったか。
ラングルスは旧帝国にある貴重な書物にはあらかた目を通していた。三原宝器についての知識もそれによって得ていた。旧帝国にあるのは大半が王国から盗んだ書物で、宝器の歴史や能力が詳細に記されている。ラングルスは宝器を攻略できる高い知識と超越したフィジカルを兼ね備えた、いわゆる「宝器の脅威」である。
ラングルスはくたっと野垂れているベルにゆっくりと近づく。
「許してくれよ。これがドンの導き出した、最善手ってやつだ」
スッ……。
「……!」
「勝手に導き出されても困るなあ」
ラングルスの膝元から声がした。目の前にいたベルは消えていた。太ももの後ろに体重を預けてくる何かがいた。
「おじさん、いいねいいねえ。相当勉強熱心なんだ。僕たちの戦闘スタイルまで把握してるようだったから」
「チビ……。なんでそんな元気そうなんだ? さっきまで魂が消えかかってたろ?」
ラングルスは黒目を膝元に向ける。
「フェイクだよ。簡単に言えば、本気じゃなかったってことかな?」
ベルはクルッと回転し、ラングルスの前に現れ、下唇に人差し指をあててそう答えた。
「魔法の嬢ちゃんもまさか生きてんのかい? 確かに魂を破壊した手応えがあったけどよ」
「うん、生きてるよ。プランタはそれじゃ死なないんだ。何でかってのは……。企業秘密。まあおじさんなら検討つくんじゃない?」
「お前たち……。得体がしれないな」
「まあ、三原宝器だから!」
ベルは得意げに笑みを浮かべた。
コイツらがこの世界で残してきた事績を知っていると、三原宝器だから、という理由で片付いてしまうのは尤もなのである。
「数千年前からこの世界の最前線なことだけはあるな。参ったよ。俺を試したんだな」
「ふふっ。途中で気づいたでしょ。おじさんも勇気あるね」
「ああ、お前らが殺さないことに賭けた。人間とお前らのハーフである俺を」
ベルは前のめりになり、キラキラとした表情を見せる。
「そこまで理解してるんだね、話が早い! そう、おじさんは僕たち宝器、いや」
――『概念』の血族だよ。
****
「エーテ、『概念』の意味は知ってるか?」
寮の自室は西日が差し込み暖かいので、無駄話でもしておかないとウトウトしてしまうのだ。
「ああ。俺たち宝器、そして国の外にうじゃうじゃいる魔族、この2つのことをまとめて言っちまうと『概念』だ」
「そうだ。この世界には元々なかった存在。言わばあの異世界人『工神域』たちが、『概念』である魔族を完全に殺せるよう、外から持ってきた要素、それが『宝器』だな」
「概念は概念でしか殺せない。つまりは魔族は宝器の力でしか完全に殺せないし、その逆もまた然り。もちろん、宝器も宝器でしか壊せねえ」
「そうだ」
クロは砂糖たっぷりのコーヒーを頬張る。
「エーテ、俺がなんで同級生の宝器使いを信用してないか分かるか?」
「そりゃ、あれだろ」
エーテは目の色を変える。
――『概念』の血族じゃねぇから。
クロは満足気な表情を浮かべる。右手に持ったコーヒーカップは空になっていた。
「ただの宝器使いの力ってのはただの借り物だ。借り物じゃあ勝てない。これは歴史が証明してる。魔族の一番上、『至高王』を殺せるのは『概念』の血族だ」
「やっぱそうか! 至高王がこの数千年生きててもこっち側を討ち取れないのは、毎回『概念』の血族じゃねえヤツが何とかトドメをさしてるからか」
「そう。そして至高王は国の外でまた復活する」
「しかしクロ、オレたちは数千年生きてるがよ、その至高王を退けてる記憶がねぇ。ていうか、記憶が欠けてる? これはつまり……」
「ああ。至高王はヤバくなったらこの世界ごと記憶を消せる……。とか、あるかもな」
「……ああ。それ、クソうぜぇな」
クロは淡白に笑った。
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