86話
······舟? 小型の帆船だ。砂漠を渡っている。どういう仕組みだ? 帆に魔力を感じる。迷宮の風を受けて進んでいるのか。
迷宮の風。そうか、ここダンジョンか。4層? いや、もっと広く、安定してる。棘の植物の代わりに魔法石の類いの原石が時折露出していた。
乗っているのは、これは、若い頃の爺さんだな。シーカーローブに砂漠風の帽子姿。顔がよくわからない。この砂海を渡る舟を操ってる。
他に、ヒョロりと細長い魔法使い風の女。顔をよくわからない。船首には七色の尾羽根を持つ黒い小鳥。鳥は振り返らない。
もう1人いる。どうも猿の獣人らしいが古風な王族のような格好をしていて寝そべって水煙草を吹かしていた。やはり顔ははっきりしない。
「······『砂イルカ』の群れが近いな」
若いヘイスケ爺さんが言うのとほぼ同時に砂漠を泳ぐモンスター、砂イルカの群れが砂上をジャンプしだした。
現在の地上では乱獲で個体数の減ったモンスターだ。
「こんなに狭い、偽物の砂漠に押し込められて、でも不思議。初めて果てが見えない気がしているわ」
「お前達は強い力を持って現れ過ぎたのかもな。いつか、手放す時がくるといい」
「死の話をしているのね」
「いや、どちらかというと赤ん坊の話さ」
爺さん、気の利いたこと言うなぁ。
なんて思ってる内に、視点が砂海の舟から遠ざかりだし、半透明の俺は鍵の杖を手にそれを見送っていた。
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屋根裏で目覚めると魔力は随分落ち着いていた。にしても、さっきのはただの夢じゃないだろう。
今と繋がってるんだろうけど、随分だな。
「物事は真っ直ぐ進まないもんだ」
ボヤいて、枕元のゴツい懐中時計で確認するとまだ昼間だったが、1階に降りると翌日の昼前だと兄貴に言われてギョッとしちまった。
さすがに干物になり掛けるまで戦うとあちこちガタがくるもんだ。
俺は平服の身支度を簡単に整え、酸っぱく塩気のある地上の塩地林檎を1つ厨房から拝借して、散歩に出掛けることにした。
「酸っぱ!」
出掛けに早速齧ると通常加工用のこの林檎は寝覚めにちょうどいい刺激だった。
荒れた農地に最初に植える果実の一種だ。言い伝えでは魔王の戦いの後の荒れた時代の初期、兎なんて嗜好品の類いで育ててられないから他の僻地民同様、この酷い林檎にメジハの民は随分助けられたらしい。
「昔の人は賢かったんだなぁ」
我慢強さ込みでそんなことを言いながら林檎を完食し取り敢えず、ミラルゴの教会に向かった。
んがっ、今日は治療院の手伝いでいなかった。代わりに妙に他の助祭見習いとかは何人かいつもより多めにいて、
(噂の!)
(暇にしてるっ)
(石拾いのシープランド!!)
て感じの反応。『しばらく教会で待つ』てのもムズかった······
モリオは普通に役場で仕事してるから、いよいよ手持ち無沙汰。
ちょっと石を換金して金葉亭でも行っとくか?
等とただの呑み助みたいなことを考えてると、
「シープランド君」
「こんにちは」
「っ!」
油断していたっ。ユーナンの接近に気付いてなかった。いや、通りの向こうからだから近くもないんだが、しかも今日は共同経営者の方も一緒だ!!
「あ〜、ども。買い出し?」
自分でもさすが、若造じゃないな。面の皮厚くなってんな。という滑らかな切り返し。
というか、ユーナン相変わらず密かにスタイルよいな〜。スラっとしてんだよ。都会にも中々いなかったよ?
「今日はお休みなのでフキ村に行ってみようと思って」
「実家に」
「へぇ。土産は買ったかい?」
質問ばっか。世慣れ過ぎて頭の中の定型文で話してると人形みたいな気分になる。
「ええ、オキミ屋の隣に、グリーンフットさんがお店を出していて、美味しいんですよ」
「グリーンフット······」
うわっ、知ってる名前だが顔、思い出せねぇ。女子だよな? たぶん中等の同窓生だ。
「馬車の時間が」
「あ、うん。それじゃあ」
「おう。よい旅を!」
「ふふ、隣村だから」
俺は2人を見送った。色々上手くといいな。よっし。
手持ちの小金をちょいと確認。グリーンフットの店。別に高級店じゃないよな? 田舎だし。
ちょいと行ってみることにした。確か、同窓生の商売は確認するとかなんとか前言ったしな!
_____
ちなみにオキミ屋は雑貨屋。チラっとのぞくと息子が継いでたが、ちょい上の世代のガキ大将みたいなヤツだったから苦手。オキミ屋はスルー。
「オキミ屋の隣」
田舎あるある。『隣の店』が結構遠い。あるにはあったが、田舎道を7分は歩かされた。
「えーと?」
飲食店かと思ったらガラス工房だった。美味しいって言ってたよな??
中に入ると、古民家を改造したらしい。店の奥が作業場で、炉でガラスを熱して棒みたいなので息を吹き付けて形を作っていた。
女子としては標準くらいの背丈。凹凸が少ない感じ。作業着の女が黙々と作ってる。
あれがグリーンフット? 特徴が薄過ぎてパッと思い付かなかった。
店の主な商品はガラス細工だが、よく見ると2重構造の断熱ガラスケースの中に日持ちしそうなハーブクッキーらしいのも陳列されていた。
それも結構多いな。
俺がどーしたもんか? と陳列ケースの前で間抜けに呆けていると、他の客が来た。村のおばさん2人だ。
「ヨーナンちゃん! クッキー売っておくれよっ」
「おばちゃま達、お茶しに行くんだよっ」
作業中の相手だから結構な大声の呼び掛け。お茶するのに気合い入ってんな。
というか、ヨーナン······ヨーナン・グリーンフット! いたいたっ。馬具工の家の子だ! 子、て同い年だからいい年だろうけど。
え〜と、兄と、妹か弟が1人いたような??
「はーい!!」
作業にケリを付け、パキッと棒からガラス玉を切り落として手袋を取ってヨーナンは対応に出てきた。
うおおっ、ヨーナンだ。『馬具工の家の子』以外全く思い浮かばなかったが、特徴薄いヨーナンがガラス職人兼クッキー職人? になってるっ。
なんか、たくましい感じだ。普通の人が普通に頑張って職人になった感じ。
「毎度〜。ガラス細工職人なんだけど、すっかりクッキー屋になっちゃうよね〜······うわっ、シープランド君?!」
「こんちは」
「なに? びっくりしたっ、帰ってるって聞いてたけど、全然見掛けないし、というかそんな喋らなかったよね??」
「ああ、だが。『同窓生の村での商売は一通り見て回ることを趣味とする』ことにした俺だよ」
モーナンとおばちゃま2人の視線が集まる。
「······暇、なの?」
「有意義に休暇中さ」
むしろ暇じゃない休日なんてあっていいのだろうか? 否、認めない!
魔女と戦ったり巨人と戦ったり、爺さんめちゃ有能そうで気後れしまくりな非日常はお腹一杯の気分なんだよっっ。
確か、中等部の後はわりと大きい街の屋敷にメイドの仕事をしに出て行ったはずのモーナンが、現在ガラス玉膨らませたりクッキー焼いてる経緯を詳しく聞こうじゃないか? ふふん。




