55話
部屋の中の時点で雨戸も閉められた窓の隙間から夕日は差し込んでいたが、アバドンさん家のドアを開け、外に出ると!
「「「······」」」
普通に夕暮れの薄暗いいつもの森の景色だった。いやこれはこれで悪くはないが、なんなら『こういう環境の層の新たなダンジョンです』と言われたらそうなのかな? て気にはなる、かな??
「当代マスター! これは、どうなんだい?? 魔力は薄く、風は通ってる気はするけどねっ。臭いの情報も多過ぎるよ?!」
鼻をヒクつかせ、動揺してるゴールドスコップ。
「私はちょっと、魔力が薄過ぎてクラクラします。でも見えます。ここは外の世界です。壁も天井もない場所」
水晶玉がないので目を細めるようにしているアストロロジー。
「森を抜けたらもそっとわかりやすいんだけどな。木に登ってみるか? 杖の念力で持ち上げても」
「まだるっこしいのである」
アバドンさんは光輪を展開して、全員に浮遊の加護を与えたようだ!
俺達は一斉に浮上して森の葉陰の先の夕暮れの空に飛び越えていった。
「うぅあああーーーっっ?! なんだ?? 上になにも、無い??!! これが空か?! 上に落っこちちまいそうだよっ?!」
大きな身体でジタバタするゴールドスコップ。
「あれが、太陽、雲、これが本当の風······」
夕のやや冷たい風に流された巻き毛の銀髪を押さえるアストロロジーは涙を零した。
「神よ、あなたは私達に世界の美しさに気付かせる罰を与えたのですね」
森の先にはメジハ村もあったが、その先や向きを変えれば平原や山、川、湖、地平線も見えた。
西へ落ちてゆく太陽はなにも区別なく数百年ぶりに繰り返し生まれ変わってようやく地上に現れた古い2体の魔物を照らしていた。
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平服に着替え兎パンチに戻った俺は高揚していた。役目の意義を改めて体感できた気分だ。そんなワケで! 休憩もそこそこに、カウンター席の一角を陣取ったっ。
店内には普通程度の客といくらかの従業員、兄貴、モモミ、モモミに上着を掛けてもらい夕飯の後に居眠りしてる姪っ子、モリオとミラルゴもいた。
俺は普段あんまり飲まない、村では祭儀でよく飲まれるハーブミードを飲み干した。
「プハっ、そこの助祭君! 神に乾杯だっ」
まずはミラルゴに絡む。
「あ、ああ。それはよいことだね」
「むしろ神が俺に乾杯!」
「それはどうだろう??」
「ふふん、オイっそこの公僕!」
次はモリオだ。
「ダルいな、なんだよそのノリ」
「俺は俺の仕事に満足している。今ならお前のような税金泥棒も許せそうだ!」
「給金分は仕事してるっ、マスター! 弟が悪酔いしてるぞ?」
「まぁピロシだしね」
そう、俺はピロシ。ピロシ・シープランド! 厳かなる鍵の主にしてダンジョンマスター! 言ってみれば使命の求道者、といったところかな?
「ふふふふふふ」
「お兄ちゃん、笑い方が怖いんだけど?」
「マスター、この『妹らしき者』にエスカルゴのグラタンを1つ」
「いーらーなーいっっ!! というか妹その物だわっ!」
「ふっ、自称妹め! しかし許そう、今夜のピロシさんは万能感あり!! いい仕事してるなぁ〜、俺! マスター、ハーブミードお代わりっ!」
「お前、この酒嫌いじゃなかったか? まぁ、いいけど。あとで蒸し風呂屋にも行くなら、ちゃんと酔い覚ましてから行くんだぞ?」
「覚めない夢はグラスの中にあるのさ、マスター」
「え? ピロシ兄、1回引っぱたいた方がいいんじゃない?」
「マスター! エスカルゴの活造りをこの出戻りにっ!」
「いらないってっっ!!! 生はお腹も壊すわっ」
こんな具合に、俺は久し振りに楽しく絡み酒を飲んだのさ。
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兄貴がうるさいのできっちり酔いも覚まし、蒸し風呂にも寄ってさっぱりした俺はランタン片手に口笛を吹きながらいつもの村はずれの石門を潜った。
曲は悠久の里だ。
ある程度森深くまできて頃合いと見ると、ランタンは消して収納の腕輪にしまい、代わりに抜いたグランドマスターキーで魔力の魔除けの明かり5つ灯すとアバドンさんの小屋に向かった。
「お?」
アバドンさんの小屋の側に、ちょっとお洒落な木造の『2階建てアトリエ』が建っていた。明かりも点いてる。
その前にはランプの掛けられた小さな東屋も建てられていて、テーブル1つに揺り椅子3脚が置かれアバドンさん、眠るぬいぐるみアリッサ、やはり眠るケムシーノ達がそれぞれ使っていた。
アリッサはクッションと毛布、ケムシーノはクッションのみだ。
甘党のアバドンさんは甘い香りのココアを飲んでいるらしかった。
「こんばんはアバドンさん。御隠居みたいになってんぜ?」
「ふんっ」
鼻で笑われたが満更でもないようでもあった。
「2人に建てたんだ」
「寝ているアリッサやケムシーノ達ではない、俺の小屋では向こうも気まずいだろう。ここは人払いの結界を掛けてある。ヤツらの家には無用な物には認識できん術も掛けておいた」
「至れり尽くせりだな」
「坊、様子を見にきたのであればさっさと行くのである」
「へいへい、これアバドンさん達の分の差し入れな。もう固くなってるから温めてな」
店の開いてる夕方の内に買っておいた菓子パンなんかの籠をテーブルに置き、俺はアトリエ風の建物に向かった。
ノッカーを叩こうとしたら、
「2階から屋根の上に出られます!」
屋根の反対側からヒョコっとアストロロジーが顔を出してきた。
老成さが鳴りを潜め、見た目相応に見えるな。
「おう」
俺は1回から入り、さらに2階で階段を探し、そこから屋根の上に出た。
屋根にはちょっとした『星見台』のようなスペースがあって、そこにアストロロジーとゴールドスコップがいた。ゴールドスコップは『安全帯』を付けて青い顔をしていた。苦笑するしかない。
「星を見てたんだな。明かりは消すよ、パンと煎り豆茶の水筒持ってきたぜ?」
「ありがとうございます、マスター」
「パンよりもうここから降ろしてくれよ、空に落っこちるよ······」
俺もアストロロジーも改めて笑っちまう。ロックローズ達も面白がってるだろう。
「アストロロジー、本当の夜空はどうだい? 予見より綺麗かい?」
「ええ、魔力が薄いせいかあまり予見はできないのですが、ただ瞳で見上げることに集中できます。『今』しか見えないことは素敵ですね」
「いいな、それ」
1人は不本意そうだったが、俺達は迷宮の外で、今だけの夜空を見上げた。




