44話
私達は魂の囚人。神によってこの牢獄に封じられ、生き死に繰り返す定め。
『善心を得た』者は眷属と共に出られるという噂もあるけど、どこまで本当だか知れないわ。
大体は今はそれどころじゃなかった。ダンジョンマスターの管理放棄で5層以下は混沌に還り、この3層も日に日に酷い有様になっていっていた。
毒靄、毒水、あらゆる構造物の劣化崩壊、変質。野良モンスターの類いの凶暴化。従属の甘い眷属の野良化傾向······
全ては混沌への回帰の兆候を露骨に見せだしている。『緩慢な処刑』そんな言葉も脳裏を掠めたわ。
最初の私は魔王軍の中堅幹部だったらしいが、ここで幾度も死に過ぎたせいで記憶等はもうなく、記録もまばらで、人づてに悪行を聞くくらい。
もっと言ったらここに来てからの艱難辛苦の記録も歯抜けの有様だった。
私は、私達一体なんなのか?
4層からの撤退の際の深手が要員でまた死んでしまったらしい私は蘇って日が浅く、口は聞けるようになったが頼りない幼子の手をしていた。
「また外部拠点が潰された!」
「船着場まで落とされたら直に来られるぞっ?」
「飲料水の取水所もまた1つ使えなくなった」
「塩も足りない······」
我らが最後のダークエルフ郷の館ないも一族の者達の、焦燥や絶望の声に満ちていたわ。
私室に、コメリナとアストロロジーを呼び寄せた。
「どうされました? ロックローズ様。また絵本を読みましょうか?」
「これ、茶化さない」
真顔で軽口を言う通常長いエルフの思春期世代のダークエルフ・スナイパー個体のコメリナと、それを嗜める加齢と過労ですっかりエルフにしては年老いた姿になってしまっているアストロロジー。
「生意気な口に焦げた小魚でも詰め込んでやりたいけど、時間がないわ! アストロロジー、残りの魔法素材を使って半年、それもこの郷と周辺要所だけでいい、しっかりした魔力障壁を張るのよっ」
「構いませんが、あとがありませんぞ? 我らが小さな首魁様」
「小さなは余計よ!」
私は大きく息を吐いた。足元には散々ひっくり返した『私達に関する過去の朧気な資料』が散らかっている。
「このまま守り続けてもジリ貧! 4層に居座ってるサキュバスクィーン、アリッサを訪ね、弟子入りするわ! 資料通りなら交渉の余地はあるっっ。」
「『ろくでなしのポンコツという』という言い伝えもありますが?」
「これ! コメリナっ。首魁様。アリッサ様は確かに気まぐれではありますが、慈悲深い御方ではあります。しかしここから4層のサキュバス族のテリトリーまで無事たどり着けるか······」
「耐毒アクセサリーと隠れ身のマントを私で耐えられる限界まで強化して向かうわ! コメリナも、私に代わって皆を統率するのよ? アストロロジーは結界対応で忙しくなるから。『反抗期気取り』はもうやめて、しっかりなさいな」
「この間まで語尾に『でちゅ』て付けてたのに」
「うるさいわねっっ。とにかく! 支度が済み次第、行ってくるわ。ただ半年で戻らない時は、2層への移住も考えて」
「仰せのままに。良い出合いの兆しも見えますぞ?」
「まぁやってみますけど、そっちも気を付けて下さいね」
私はアストロロジーの寿命やコメリナの未熟さに不安を覚えながらも、それから装備を整え、毒靄に紛れるように郷をあとにした。
気まぐれだという夢魔の女王に奇妙な対抗心と懐かしを感じながら。
······で、年月紆余曲折を経て、現在!
「ふひひっ、そんな、雄鹿ちゃん☆ ふひひひっ」
改めて完全制圧して、グランドマスターキーでざっくり浄化補修を終えた船着場の一角に作った休憩所のクッションの上で矮小体の蝙蝠のぬいぐるみみたいになった女王陛下はだらしなく延々と眠りこけてなにやらよからぬ寝言を呟いていた。
護衛の上位ケムシーノ2体も退屈そうだわ。
そして、
「よーし! 魔除けの道以外もっ、船着場周辺をガッツリ掃討して直すかぁ?!」
今更現れた当代ダンジョンマスターは休息明けから妙にヤケクソになっているのよ。なんなの?
「坊、一旦休んで魔力を鎮めるのである」
「村でなんかあったんじゃないかい?」
ドワーフの姿の天使アバドンロードに諌められ、マスターの護衛をしてるゴールドスコップにも呆れられてるわ。
私も『寝起き』みたいなもんだけど、借り作っちゃったし、立ち回りを整理して仕事しないとね。
「シープランド! そこのぬいぐるみもゆっくり寝てられないわ。一旦落ち着きなさいな、察するけど、『見苦しい』わよ?」
「なんてことないぞぉーーーっっ!!!! うっ」
無駄に魔力放出っ、からの昏倒しちゃったわ。
「「「······」」」
「ああっ、もう面倒ね! エリクサーと氷嚢っ! リーフウォーカー達も連れてきてっ。取り敢えず、ぬいぐるみの横に寝かすっっ」
「しょうがないねぇ」
「「ケムん?」」
「ふひひっ☆」
「またこの図か。『既視感』があるのである」
こっちは円滑に行きたいのに、間の悪い男!
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ちょ〜っと、取り乱しちまったが戻った翌日には落ち着いた。
そっから2日かけてダークエルフ郷周辺と船着場周辺、それから陸路で旧リザード拠点までの途中にある野営地2箇所とその道筋を綺麗に整備し直した。
水辺に関しては陸地に沿った所だけだが、3層北端にあるダークエルフ拠点から南部のリザード拠点近くまで一繋がりに浄化して接した構造物も直したから、かなり広域で清浄な水の流れができた。
毒の環境に慣れ過ぎた侵食植物や野良モンスター達は、少なからず衰えたり鎮静化したりしていた。
毒靄全体も心なしか薄れてきた気がするな。
「鎮まってきたんじゃないか?」
「まだ2割にも満たないが、水と大気の流れは変わったのである。まず上層が正された影響が徐々に出てきているからな」
「呑気にしてるけど、ダークエルフ兵とモンクペンギン、リュブリャナ以外のリザード兵なんかは疲れてきてるわ。急ぐべきよ」
「よっし、行くか。リュブリャナ! 元気な兵を選抜して前衛組み直してくれっ」
「任せろ!! シュウゥッッ」
再出発っ。
でもってアリッサが色々言ってたけど、たぶん『ロックローズが幼かった頃』の印象だろうな。見た目は『童話に出てきそうな妖艶なダークエルフの魔女』で、喋り方の癖も強めだが、仕事ぶりは至って堅実な人で拍子抜けするくらいだ。
ま、アリッサの代役ってことで比べ過ぎてるのかもだけどさ。
······途中『ラージエッジキューブ』3体に遭遇したりもしたが、程なくリザード拠点まで到着できた!
南北拠点で陸路がバッチリ繋がったぜっ。からの、
「遅いっ! おいっ、ロックローズ。お前が下手打ったからややこしくなったんだからなっ?!」
出会い頭のオークジェネラルクレームっ!
「なにかしら、この『固太り』は? シチューの具に絡まれてるわ、この私がっ!!」
「お〜んっ?!」
「ヒーホ、も、いいから疲れてる生身の兵を休ませるのですぞ〜?」
「同意······ヒィィィッッッ」
生身とアンデッドで疲労の格差があったこともあって珍しくヘルスパルトイ達が間に入りつつ、
「遅かったですね? 転生陣の方は問題ないですよ? ムフっ」
陣のテレポートで先行してたエル・ジェリーマンも顔を出した。よしよし、あとはビッグヘッドとダークエルフ拠点に残ってるコメリナ達にも連絡取り直すとしよう。




