4話
正直日常生活で話題に上がることは縁の観光地以外じゃほぼないが、魔王と勇者の戦いは諸説ある。
長期に渡る戦後の混乱もあったらしく、魔王討伐の時期は300年前から500年前とわりとあやふやだ。
そのぼんやりとした伝説の後に、懲役云々の後始末が発生していたとは······ま、それはそれとして、
「大体で構わん。3割だぞ? 調子に乗る」
「調子に乗るね」
なんだかな、俺は言われるまま鍵の杖で周囲に猛烈に発生した魔力結晶を全てビシィッと吸収した。うっはっ、慣れね。
素人でもわかる強力な魔力! 俺はその3割くらいをいきなりほぼ死んだサキュバスクィーンのアリッサってのにえいやっ、と分け与えた。
「はぅっ?!」
干乾びたまま仰け反り、発光! からの、ぽふんっと煙を出し······
「はぁ〜死ぬかと思いましたわ」
骨の翼を持つオッドアイの蝙蝠のぬいぐるみのような姿になってパタパタ飛びだしたっ。て、どういう状態??
「迷宮に戻すまでの延命をと思ったが、矮小体で『死のペナルティ』を受けても安定化させるとはな。油断ならんヤツ。よし、やはり処刑しておこう」
おもむろに斧を振り上げる木こりのドワーフっっ
「ひぃ〜〜っっ?!!」
矮小化? したらしいアリッサって上位モンスターは飛んで俺の後ろに隠れた。
「いやっ、ちょっと待てって。わざわざ治したし」
ドワーフは億劫そうに斧を肩に担ぎ直した。
「······ふんっ、まぁいい。アリッサよ、現在のメジハの牢獄の様子の詳細を報告せよ」
木こりのドワーフは苦虫を噛んだような顔で言ったが、ぬいぐるみアリッサが俺の後ろに隠れながら、
「報告? あなたの眷属になった覚えはないですね、このゴリマッチョっ」
と煽るとカッと目を見開き鼻息と一緒にボッと青い小さな炎を吐いたっ。ドワーフ、なのか??
「ピロシ坊よ、退け。蝙蝠の命運は尽きたっっ」
すごい形相と魔力っ。どっちが魔王軍だよ?
「待ぁてって、あんたも! アリッサだっけ? ざっとでいいから、中の様子を教えてくれないか。まず俺もなにがなにやらなんだよ」
ぬいぐるみのアリッサは疑わしげに俺を見る。
「随分遅れて来ましたが、あなたが当代ですか? ん〜? ニオイは確かにヘイスケ達の血統ですが」
もふもふの顔を近付けてきた。
「嗅ぐなよ、犬みたいだ」
「うふ、いいでしょう」
急に離れてパタパタと飛び、ダンジョンの扉の前に落ちた壁の石の1つの上に乗るぬいぐるみのアリッサ。軽く咳払いをし、口を開いた。
「この呪わしいダンジョン、メジハの牢獄は全7層! しかし5層より下層は長年の管理放棄で機能不全化し、『混沌』に還ってしまいました。結果、下層の住人が中層に上がり中層の住人が上層に上がり、現在上層はパンク状態。迷宮自体が不調な中、縄張りを死守する為、終わりなき抗争に明け暮れる有り様となっています」
よくわからんが、詰んでるな······
「増えすぎた生け簀状態か。俺はどうしたらいい? 具体的な仕事がわからない」
「仕事は単純ですわ。上層から順に不全の迷宮をそのグランドマスターキーの杖の力で直していけば秩序は戻り、下層も住めるようになるはず。取り敢えずはそれだけしていればいいんじゃないですの? いいでしょう? 獄卒天使さん」
獄卒天使?
「ふん! 最低限勤めを果たせればまた50年は持ちはするだろうな」
木こりのドワーフはそう言い終わると、ふわりと浮き上がり発光!
その光のシルエットは膨らみ、大きな輝く翼持ち体長4メートルはある、胸部に犀の頭部の鋳像を持つ首無し騎士に変容したっ! 首の付け根は青い炎が燃えている。
「ピロシよ! 俺は『2級天使アバドンロード』!! 天より遣わされたこの牢獄の監視者であり、ダンジョンマスターの補佐役だっ」
「えーっ?」
ただのドワーフじゃないとは思ってたがっっ。
「偉そうなこと言ってますけど、ヘイスケの息子に契約は反故にされてずっと迷宮に手出しできずにいたんですよ? ぷぷぷ。というか、今まで外でなにしてたんですか? まさかずっと木こりしてたんですかぁーっ??!! ぷぷぷぷっ!!」
「滅せよ!!」
ドゴォッ! 木こりのドワーフもとい、獄卒天使は光の拳で殴り潰そうとして洞窟の地面を砕くが、ぬいぐるみアリッサはギュンっと加速して躱し、俺の頭の上に避難した。
「いやあのさっ、洞窟崩れちまうからさ! 落ち着けってっっ」
「穴塞ぎなさいな? あなた出入り口の管理も神に言い付けられてるんでしょう? うふ」
「ぐぬっ。······ええいっ」
光を操って空けた大穴を塞ぐ獄卒天使。便利〜。
「大体その格好で迷宮に入る気ですの? 混乱した迷宮に久し振りに来て、いよいよ処刑かと大騒ぎになりますよぉ?」
めちゃ煽るなコイツ。
「蝙蝠ごときに賢しいことを言われるとはっっ」
めちゃ、ぐぬぬってしてたが、諦めたらしく、元の木こりのドワーフの姿に戻った。どっちにしろムキムキだが、まぁギリ会話できそうな姿ではある。
「ふふん、じゃ、ごちゃごちゃ言っててもしょうがないから行きましょうか? マスター君」
マスター君ときたもんだ。
「······はいはい、行くだけ行ってみるか。え〜と、アバドンさんとアリッサはパンとか食うか? 買ってきたんだが?」
「寄越しなさい! 娑婆の食べ物っ!」
速攻伸ばした尻尾で1個取られた。
「蜂蜜ココア玉子パンか。いいだろう。ピロシ坊も食べるといい」
「坊は勘弁してくれないか? お、すぐ階段か」
俺達は取り敢えず菓子パンを齧りながら、よくわからん荒れてるらしい監獄ダンジョンへと足を踏み入れていった。
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混乱を極め、毒気の立ち込めるメジハの牢獄ダンジョン地下1層ではゴーグル付き防毒マスクを付けた『ゴブリンウォリア』達が話し込んでいた。
「アリッサ様が戻られないっ」
「新たなマスターの気配を感じたというのは誠だろうか??」
「本当なら一体、どのような方が······」
等と言ってると、ダンジョンの出入り口方面の通路から『光』が近付いてきた。
その光に徐々に毒気が晴れてゆく。
「この光は?!」
「まさかっ、本当に新たなマスター様が!」
現れたのは、
「このパン、ヤバいな。都会でも売れるぞ」
「マスター君よりかは売れるでしょうね」
「ざっと経歴話したら、秒で強めにイジられるわ〜」
「御使いたる俺にはわかる。この蜂蜜は玉子ベースの生地に合わせてからしっかり撹拌してあるのだ。ココア生地はそのあとに軽めに混ぜ合わせてあるのだ。そうすることでそれぞれの個性が相殺せず調和が取られる配慮であるのだ」
「あるのだ、て何回言うのかしら? この犀」
パン入りの小振りの籠と光る杖を持ち頭に喋る蝙蝠の乗せ屈強なドワーフを伴い歩く冴えない中年男で、三者とも菓子パンらしき物をしきり食べながら歩いていた。
「「「すごい歩き食べスタイルで来たぁーーっっ??!!! というかアリッサ様???」」」
新ダンジョンマスター、ピロシ・シープランド。のちに、
『その者、善き糧食みて夢の主、獄門の使徒を従え降り立ち、淀みし地に秩序の光をもたらし給うた』
と讃えられる伝説の一場面を図らずもここに刻み付けたのであった。




