2話
20年経てば色々変わる。
例えば兄貴は昼限定の食堂をやって夜は香菜兎肉の加工場で働いていたはずだが、いつの間にか転業した酒場経営に専念していた。
その店『兎パンチ』の端の席で、俺はお愛想程度に頼んだ酒とツマミを時々口に運びつつ意外と少ない親父や爺さんの件の迷宮関連資料を広げてる。
ついでにグランドマスターキーてのも確認だ。
「·····謎文字読めるようになったのもだが、素人の俺でも強めの魔力の魔道具てわかるな。あっ!」
ぶつぶつ言いながらイジっていたらいきなり淡く光って変形し、短杖型になった。
「ええ〜? 鍵なんだろ??」
幸い他の客は気付いてなかった。兄貴と妹はどっちも数回だが仕事や旅行で立ち寄った際に顔を合わす機会がないではなかったが、まず村を出た10代前半からいきなりオッサンになって帰ってきた俺に気付く人がいない。
俺はカウンター内で作業しながら怪訝な顔をしていた兄貴のシュウベイにワンドになったグランドマスターキーを掲げて見せた。
ますます怪訝な顔をする兄貴。まぁな······
「こんばんは〜」
「伯父さん、お腹空いた〜」
妹のモモミと、安物の光画機の粗い白黒光画でしか知らない姪っ子が店に入ってきた。
契約騒動の後、技師件デザイナーの妹は働いてる自動機織り工房に一旦戻っていたが切り上げたらしい。随分遅い夕飯だな。子供になにか間食くらいは用意してるのか?
いや、姪っ子からしたらほぼ他人のオッサンが口出しすることじゃないが。
当面、店等では悪目立ちするから状況がはっきりするまで公には『俺は帰ってない体でいく』ことになってる。
モモミはカウンターに座る前に『わかってるよね?』という目線を送ってきた。
叔父さんと、紹介もされない帰郷か······
俺は兄貴が妹と姪のオーダーを聞いてキッチンに引っ込んだ隙に、給仕の犬獣人の娘を呼んで『俺からの奢り』でモモミの大嫌いなエスカルゴの瓶漬けを頼んだ。
あれは瓶を開けて和えるだけだからカウンターで若いバーテンが処理することになる。
案の定、「あちらのお客様から」とバーテンは澄まし顔で『漬けエスカルゴのハーブ酢和え』を我が妹に出した。
「ギャー〜っっ?!!」
「お母さんっ??」
絶叫。カウンターの椅子から転げ落ちやがった。モモミは子供の頃、状態のよくないエスカルゴに当たって死にかけたことがある。
成敗っ! 兄に勝る妹無しっっ。
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酒場の屋根裏に用意してあった部屋で一泊した俺は、朝は一応自重して若い移住者の経営してるパン屋のイートインで朝食を食べ、長命種だから普通に昔と同じノームの爺さんが受け付けしてる蒸し風呂屋で身綺麗にした。
それから店に戻って、出勤してた兄貴に「面倒なら近くの町の冒険者ギルドの支部にでも売ってこい」と身も蓋もないことを言われつつ、屋根裏部屋で出掛ける支度を整えた。
旅装に、ポーチ。ナイフ。使いそうなもんを入れた古道具屋で買ってきた革のリュック。
姿見を見ると年齢的に『中堅冒険者風』だ。
正体はただの芸人崩れだけどよ。
「取り敢えず、ドワーフの木こりってのに話聞いてくるわ」
「程々にな」
よく言うぜ。俺は呆れつつ、兎パンチを後にした。
······てくてく歩いて村と森との境界の魔除けの石門の所まできた。
目当ての木こりはメジハ村ではそこそこ有名人。
通り名は『木こりのドワーフ』! そのまんまだ。田舎の語彙力っっ。
長命種だから昔からいる。メジハには小規模だが林業のギルドがあるが普通に未加入活動。地権者でもあり、近辺のモンスター駆除に稀に協力してくれる際『石の投擲1発でゴブリンの頭を粉砕』する剛力の持ち主······
無口であまり村の住人と関わりがない。俺も子供の頃に見掛けたことある、くらいのもんだ。
「営業は、度胸と平常心!」
俺は言い聞かせ、石門を潜った。
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石門の外とはいえ林道を歩くから、かなり簡単で間隔も開くが魔除けの小さな石柱は置いてある。
「雑な造りと管理だな。事故の元だぜ」
ボヤキながら進んでゆくと、脇のより細いがむしろきっちり管理されてる私道に入る。こっから私有地だ。つまり『見付かって怒られるリスクが増す』。対策は立ててある。手土産だ。
朝入ったパン屋でドワーフの木こりが数回買ったことのあるという『蜂蜜ココア玉子パン』を買ってきてる。
あまり村に入らないドワーフがわざわざ数回買うってことは結構好きなはず! ぬかりないぜ。
私道を進んでゆくとはたしてドワーフの小屋はあったっ。童話に出てきそうだ。屋根に苔や草木が生え出してる。家の周囲の魔除けはわりと厳重。強めの魔力を感じた。
低い塀や柵だけじゃ防げないだろうから獣避けの術も込められてるんだろうが、素人過ぎてわからないな。
「すいませーん! メジハ村から来ましたっ。ピロシ・シープランドと言いますっ! いらっしゃいますかぁ?」
簡単な木の門の外から呼び掛けるが返事無し、気配無し。
「······昼間は仕事か。まぁな、安息日でもないし」
俺はあっさり諦め、家の周囲を回ってみることにした。すると、お?
「この道か」
わざわざ改めて柱だけの魔除けの石門が設置された林道が家の裏手からさらに森の奥へと続いていた。
ちょっと迷ったが『洞窟』てのを確認くらいはしとくか。
奥の林道を進んでみることにした。
「······」
急に森が深くなってきたな。この林道にも魔除けは利いていて管理されてる。俺はビビりつつも進んだ。
思えば父方の爺さんは妙な人だった。『鉱石学者』を自称していて月のほとんどは森に入り、戻ってくると『そこそこ価値のある原石等』を拾ってくる。というのを生涯繰り返していた。
学者のわりにはなにも研究を発表せず、村でも変わり者とされてた気がする。
ダンジョンマスター云々は話半分だが、秘密には迫ってるんじゃないか? 一度捨てた平凡なはずの故郷に秘密がある。それ自体に高揚があった。
押し入れにしまってた玩具箱みたいなもんさ。
一歩一歩、俺は葉陰で暗い林道を進んだ。




