二
正直俺らみたいな、ただの高校生が。人様のご家庭に口出しするなんざ、思い上がりも甚だしいと理解してはいる。
虐待されているとか、千那が病んでるとかなら話は別だけど。
じゃあ、なんで首を突っ込むのかって?そりゃあ………
コイツが俺のケツを狙う可能性が、僅かでも残ってるからだよ!!!
義兄さんは大丈夫でも、千那は別の切っ掛けで俺に興味を持つかもしれん。
自惚れですって?ごめんなさいね。安全圏にいる奴には何も言われたくないがな!
なので千那の問題を解決して家庭円満、誰かに執着とかしませんよ、な方向に持っていきたい。
「さっきの。俺と珠々が付き合ってるの、なんで気になったんだ?」
「だから、忘れてくれって…」
「やだね。もしかして珠々狙ってた?だったら困るんだけど」
「そ、そういう訳じゃない!」
ならよかった。そろそろまだるっこしいのはヤメだ、正面から切り込む。
エレベーターを降りても部屋には戻らず、自販機の横にあるソファーに腰掛ける。千那にも勧めると、躊躇いながらも隣に座った。
「じゃ、なんで?」
俺の問いに、答えはない。けれど…五分程そうしていたら、か細い声が聞こえた。
「……別に。大橋に、妹を紹介したいな…って、思って…」
「ふうん」
…不自然すぎる。もしかして妹が、この美少年っぷりに一目惚れしたか?それなら納得しかないが、千那の態度から違うと察する。
だって今の千那は。
大橋家と縁続きになりたいが為に、自分の娘や孫を「優深くんの婚約者に」と差し出してきた大人と、同じ目をしている。
「それ、誰に言わされてんの?」
「えっ!?なんで……あっ」
千那は俯いてしまった。こいつ…誤魔化すの下手だな。いっそ楓よりも。
「妹さん?」
「違う…」
「………お母さん?」
「っ!?」
千那は弾かれるように顔を上げた。ビンゴか。
よし、大体分かった。
これ単にお母さんが妹さんを、俺みたいな好条件のところに嫁がせたいだけだわ。
ついでにお兄さんには、名家の女性に嫁入りしてほしい、と。
「先に言っとくが、楓は一華が好きだからやめときな。
拓馬は……絶対やめろ、俺は友達の妹さんが不幸になる姿は見たくない。
んでユキ先輩も駄目。聖一郎くんも……ちょっと無理。
つまり、俺周辺は紹介できる男いないぞ」
「沖原は何したの…?」
そのうち分かるよ。
否定しないっつーことは、俺の考えは正しそうだな。
「なんでお母さんはお前使って、妹さんのお相手探してんの?」
「…母親が娘の幸せを願うのは、普通のことだろ」
それは分かるけど、やり方おかしいだろ。なんで千那も言うこと聞いてんだか。
いっそ妹が大嫌いだから、追い出したくて手当たり次第に声掛けてる、って言われたほうが納得するわ。
「……お母さん厳しい人?」
「まあ…大橋のところは?」
「優しいよ、遅くにできた息子だからかもしれんが。
俺がいい子に育ったから、厳しくしつけする必要が無かったのかもな〜」
「………いい子…」
突っ込めよ恥ずかしい。
自販機で炭酸ジュースを二つ買い、千那に一つ渡す。
「ぷへぇ…まあアレだ。妹さんに、「自分で恋愛しなさい」って言っとけ」
「……………」
千那は缶を開けず、膝の上でぎゅっと握り締めている。
「……うちの母、さ。オレだけに…異様に厳しいんだ…」
きた!!!さあ、どんとこい!
「……なんで?」
「簡単な話だよ。まず兄は庵家の跡取りとして、大事に育てられた。
妹は末っ子で女の子だから。両親や使用人、みんなに可愛がられて育った。
オレは…ただの、兄のスペアだから。家の役に、兄の役に立ちなさいって言われて育ったんだ」
千那は缶を開け、ぐいっと呷った。
「本当にそれだけ。衣食住は不自由なく与えられたし、小遣いだって充分貰ってる。
……でも、オレ。物心ついた頃から。一度も……両親に褒められた記憶が、無くて」
「…………」
「悪さしても、引っ叩かれて終わり。
この間ベッドの上から落ちたってやつ。あれも母だよ。
月見山さんに見合いを断られて…どうしてそこで引いたんだ。彼女も兄と顔を合わせれば、絶対お気に召すはず。って…
母は兄のこと、世界最高の旦那候補だと思ってるから…」
すげえ…そんだけ自分の子育てに自信あんのかな。
でも一華の好きな人、楓だけど。東雲家を敵に回す覚悟はおあり?
と言ってみたら、「やっぱりそうなんだ」と笑った。…始めて見る笑顔だ。
千那は子供の頃から常に微笑んでたけど、やっぱ作ってたのかな。今のほうが疲れきってるけど、自然に見える。
「オレさ。将来は兄の役に立つよう、議員になれって言われてて」
「へえ…」
「大人になるってそういうもんだって思ってたけど。
最近は「それでいいのかな」って、わかんなくなって…。でもそれ以外に、オレの将来は無くって…」
……それは、俺にはどうにも…
けど、千那が本気で苦しんで悩んでいるなら…
「両親にとってオレは…息子じゃなくて。家を上手く回す為の歯車……
道具でしかないんだって、認めるしかないのかな…」
「…………道具……?」
その言葉に。なんだろう…胸が痛い。
違う…すごく、熱い?
胸の奥というか、腹が…ぐつぐつと、煮えたぎっているような。
どうしてかわからないけど。このままじゃ、いけない。
姉ちゃんも絶対、同じ事を言うだろう。
急に黙って俯いた俺の肩に、千那が心配そうに手を置いた。
大丈夫…ちょっと眩暈がしただけ、だから。
それよりも最後に、確認したい事がある。
改めて向き合うと、千那は背筋を伸ばして喉を鳴らした。
「千那。例えばの話なんだけど。
ご両親に「この人と結婚しなさい」って、祖父母世代の女性を紹介されたら。結婚する?」
「…!……………嫌、だけど……多分…する…」
そうか。うん、分かった。
これは一度、庵家と話す必要がありそうだな?
うちは金持ってるし、社会的地位もある。ま、あくまで親がでしかない。
庵みたいな歴史ある家系に、ただの高校生が口出しなんざ出来ねえ。だけど。
「俺、力になってくれそうな大人知ってるから。ただのガキじゃなくて、立派な大人が!
だからお前に何かあったら、絶対味方になってやる。分かったな?」
「………なんで、そこまで…」
千那は目に涙を溜めて、俺を見上げる。
あ ヤバい。
このままだと…BLルート行きそう。
あかん、今の俺スパダリっぽくね?
身も心もボロボロになった主人公(?)を救うヒーローっぽくね?駄目だ、俺のヒロインは珠々だけだ!!!
「か、勘違いすんなよ!俺は別に、お前のことが好きな訳じゃないんだからなっ!」
ツンデレかよ!!!千那はポカンとしてる、いっそドン引きしろよ!!!
背中を冷や汗がダラダラ流れるが、千那は小さく吹き出した。
「……ぷはっ!なんだそれ…何言ってんだお前!
あは…あはははっ!!」
「ぬう…」
くっそ、恥ずいわ。でもま、仕方ねえよな。
俺はいそいそとスマホを取り出し、電話を掛けた先は…
「おはよう義兄さん!!次日本に帰ってくんのいつ!?」
『………まず、優深。こっちは夜中なんだけど…』
「こんばんは。夏樹(※甥)と蘭(※姪)起きちゃった?」
『こんばんは、それは平気』
「よし!で、いつ来れる?」
『………全く、仕方ないなあ。ちょっと待って、スケジュール確認するから』
やったー。電話の向こうで義兄さんは苦笑気味、頼れる大人ってステキー。
横で千那が「いいのか!?迷惑じゃないか!?」と小声で言ってるが、手でシッシッと追い払う。
『……もしもし優深?日本に行けるのは、早くて九月だね』
「分かったよろしく!お土産も忘れないでね!」
『君はもう…ははっ』
ではおやすみなさい。大人確保!
「夏休み明けに、庵家突撃訪問ね」
「えっ!?え、えっ、え?」
語彙が無くなっとる。でももう決めたから。
そろそろ他の生徒も起きる時間だ、部屋に戻るか。
千那は俺と話したそうにしていたが。
この日はもう、全部笑顔でスルーしました。




