36.名前呼びをしたい綺都くん
<前回のあらすじを30文字以内で説明せよ。>
美織「フラれてぼっちな翼くん。」
綺都「ヘドロから人間に進化した翼くん。」
翼 「殺すぞ貴様ら。」
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「…なんで俺を連れてきたの広瀬。」
橋の下に連れてこられた綺都は掴まれていた手首をさすりながら自分を連れてきた張本人、広瀬翼に尋ねた。
翼は不機嫌そうな顔でそっぽを向きながら呟いた。
「俺にもわからない。頭の中の台本の予定では、命子を連れてくるつもりだった。」
「……みっちゃんお前のこと心配してたよ?」
「五月蝿い黙れ。」
理不尽だなと思いながら綺都は苦笑いをした。
いつものあの冷徹でクールな雰囲気の翼ではない。何か焦っているようにも感じた。
「俺でよかったら聞くよ。何か悩んでるの?」
「貴様に相談などしたくない。…と言いたい所だが今の俺は藁にすがる思いだ。聞かせてやる。」
「なんで上から目線…いいよ聞かせて。」
「どうしたら貴様のようになれる?」
「…はっ?」
綺都は双眼を大きく開いて翼の方を見た。
彼はうざったらしそうに眉間にシワを寄せながら「二度は言わん。」と綺都の返答を待っていた。
「俺みたいにって…性格のこと?」
「ああ…、貴様この間科学室で命子と言い合っていただろう。あの時アイツが泣いたとき抱擁して慰めていただろう。」
「あー…あの時のね。」
「貴様も初めアイツが美織に復讐しに来たと考えていたのだろう。……俺もずっとそう勘違いしていた。俺達は一緒だった。……だが異なる点があった。」
「異なる点?」
そう言うと翼は一呼吸して向こう側で独り退屈そうにしている命子を見ながら口を開いた。
「『思いやり』だ。貴様はあの時泣いていた命子を抱き締めて必死に謝っていただろう? 俺はそんなことしなかった。いや、出来なかった。あの後アイツと二人きりになった時謝ろうとしたが言葉が出なかった。…そのとき自分の情けの無さに失態した。」
「広瀬……。」
「だから謝る機会を作ろうとしたんだ。何度も作ることが出来たが結局謝罪をすることが出来なかった。」
綺都は昼休みに命子が言っていたことを思い出した。
最近彼が命子に優しくしていた理由がいまやっと理解することが出来た気がした。
「それで今日帰る時に言おうとしたが……また出来なかった。なあ上杉、どうしたら貴様のように優しくなれる?」
絹のような髪を揺らしながら勢いよく翼は顔を上げた。
彼の色素の薄い瞳は微かだが確かに揺れていた。
そんな彼の情けない表情を見て綺都は大きく息を呑んだ。
「…さっき広瀬、怪我した子を助けてたよね。もう十分優しいと俺は思うよ。」
「……。」
唇を噛み締める翼に対して、綺都は優しく微笑みながら己の手を彼にさしのべた。
「一緒に謝ろう。大丈夫、みっちゃんも優しいから。」
「……だが俺は言葉だけで許してもらえるようなものではない。俺は貴様よりもずっと前から……」
「何を根拠にみっちゃんが許してくれないと思ってるの?…広瀬の中のみっちゃんはそんなに人徳が無いのかい?」
「っ……。」
「大丈夫だよ。だから一緒に行こう。」
後ろに抗っていた翼の腕の力が抜けた事を感じた綺都はそのまま命子の方へと引っ張って歩いていこうとした。
だが再び翼の腕に力が入って綺都は後ろにのけ反ろうとする。
「どうしたの広瀬。大丈夫だって。」
「やはり貴様の力を借りて謝るのは間違えている気がする。なあ広瀬、アイツを…命子を呼んできてくれないか。」
掴んでいた綺都の腕を優しく払った翼は鞄から小さな可愛らしい包装紙で包まれた袋を取り出した。
それを見て翼はぎゅっと力強く握った。
「なにそれ?」
「別に、貴様には関係ない物だ。」
「うん……呼んでくるね。」
そう言って翼を背にして綺都は命子と所まで駆けていった。
あの袋の中身がなんなのかはわからないが、少なくとも彼女のために用意していたということだけはわかった。
「おかえり。話、終わったの?」
柔和な笑みを浮かべながら首を傾げる彼女に綺都は翼のいる遠くの方向を指さした。
「広瀬が呼んでる。話たいことがあるって。」
「翼が?」
綺都の指さした方向に視線を向けながら彼女はアーモンド形の瞳をぱちくりとさせた。
しばらくして彼女は「わかった。」と快く了承するとそのまま翼のいるところへと駆けていった。
「みっちゃん!」
大きな声で呼ぶと彼女は綺麗な髪を揺らして振り向いた。
「広瀬のこと、信じてあげて!」
綺都の言葉に一瞬だけ驚いたような顔をしたが彼女はすぐに無邪気に笑いながら親指を立てて、走って行った。
「…大丈夫だよ」
『どうしたら貴様のようになれる?』
彼の放った言葉が脳裏に甦る。
あんな追い詰められたような顔を見るのは初めてだった。
自分も彼と同様に道徳なんて大の苦手だ。
でも、誰かのためにあんな表情豊かになれるということは少なくともあれは『優しさ』の一種なんだと思った。
綺都は遠くで不安そうにしている彼に話しかける。
「お前はもう十分優しいよ……翼。」
その言葉は彼に届くはずもなく、橙色の大空の中へと吸い込まれていった。




