Another-1
この物語は綺都たちとは別のある高校生達の日常を描いたものです。
「あの、ひ、広瀬…くん。」
飛行機雲がよく映えて見えるほど綺麗な青空の下、陽の光を浴びながら昼食をとっていた少年、広瀬礼は怯えた様に自分の名前を呼んだ声の主を探そうと辺りを見回した。
しかし声の主は見当たらない。
空耳だったのだろうか、と不思議に思った礼は首をかしげて再び昼食を再開した。
「ライちゃん、後ろ後ろ。ほら。」
一緒に昼食を食べている友人、本多翔琉が礼の背後を青白い人差し指で指さした。
「わっ!?」
「お、」
振り向いたと同時に発された甲高い悲鳴。
その悲鳴に礼は耳元で大砲を撃たれたかのように驚いて、肩をビクリと震わせた。
振り返ったらそこには見慣れない女子生徒がいた。
胸辺りまで伸びた黒い絹のような髪にくりくりとした瞳。雪のように白い透明な肌にすじとおった鼻や締まった唇。
まだあどけなさが残るが、誰もが振りかえるような美しい蝋細工の様な美少女だった。
彼女は緊張しているのか大きな瞳を右往左往に泳がせている。
「何か用?」
礼がそう尋ねると彼女は手にもっていた袋を礼に渡した。
受け取った袋の中身を覗いてみると、そこには焼き菓子が丁寧にリボンでラッピングされて入っていた。
その隣で翔琉は驚いたかのように目を見開いて礼を見つめている。
「ライちゃんお前……彼女できたなら教えろよ。」
「彼女じゃねぇよ。」
「ならなんでこんな手作り貰ったりしてるんだよ。」
「…なんでだ?」
袋を片手に少女にそう訪ねると彼女は少し嬉しそうに微笑んで礼を見て恥ずかしそうに呟いた。
「昨日、怪我してた犬を助けてましたよね。」
「ああ。」
そう、昨日の下校中に草むらで足を怪我した犬を見つけた。歩けるのに難がありそうだった為、近所の動物病院に連れていって怪我を処置させてもらったのだ。
「あの犬、私の近所のお婆さんが飼ってる犬なんです。お婆さんがお礼としてそのパウンドケーキを広瀬くんに渡して欲しいと頼まれたので渡しに来ました。」
「…お婆さんが作ったのか、これ。」
何故だろう。
喜ぶのが普通なのだろうが何か複雑な気持ちになる。
一方隣にいる翔琉は笑いをかみ殺しているが耐えるにも耐えきれず口元の口角が上がっていかにも馬鹿にしているかのように嫌らしい笑みを浮かべていた。
そんな翔琉を気にもせずに(気にはしてるが)礼は少女に対して礼を言った。
「わりぃなわざわざ屋上まで。ありがとな。」
「いえ、私は何も。」
そう言って少女は白い歯を見せて笑った。
誰もが目を引くような眩しい笑顔を見て、礼は思った。
「あとこれはおせっかいなのかもしれないが、あまり高校生のうちで化粧をするのはやめておいたほうがいいと思う。」
「へ?」
少女は間の抜けた声を上げて自分の両頬に手を当てる。
翔琉も呆気にとられたかのように礼を呆然と見ていた。
「は?何言ってんのライちゃん。」
「そのままの意味のつもりだけど。」
勝手な意見だが礼はあまり化粧を好まない。する前とした後の顔が明らかに違いすぎて複雑な気持ちになるからだ。
今目の前の眉目秀麗な彼女も別人の顔面を貼り付けていると考えると気持ちが悪くて仕方なくなる。
困ったかのように眉尻を下げている少女は口を開いた。
「あの、私…化粧してません。化粧はやってみたいけど、やり方がわからなくて……。」
「え」
「え?」
驚いた。その顔は天然物なのか。
礼はやらかした、と心の中でひとり嘆いた。
「悪い。化粧してるように見えた。」
「あ、気にしないで大丈夫だよ…。クラスメイトとかには整形疑惑出されてるからそれよりは……。」
「言ってて悲しくなんないのかお前それ。」
「もう、慣れっこ。」
「そうか。」
なんかさらに墓穴を掘ってしまったような気がする。
さっきから自分に対して作り笑いばかりしているから少女の自分へ対する好感度はおそらく低いだろう。
初対面の人間に好感度が低く見られるのは礼自身としてのプライドが許せないので一生懸命彼女にかける言葉を考える。
『美味しそうなパン(パウンドケーキ)だね!』
いやこれはお婆さんをほめてしまっている。
『よく屋上にいるってわかったね!将来は探偵ものの刑事とかをめざしてるのかな??』
いやあまりにも馬鹿にしすぎだろう。
あまりの自分の語彙力の無さに脱力した礼は顔を見上げた。
見上げて視界にはいったのは、風で乱れる髪を耳にかけている少女の姿。
「……お前、可愛いな。」
「「!?」」
礼の発したその四文字の言葉に少女と翔琉は己の双眼を溢れるかというくらいに見開いて間抜けな声を上げた。
当の本人は無自覚だったらしく「ん?」と首をかしげて唖然としている二人を見つめている。
「ライちゃん、いm…
『キーンコーンカーンコーン……』
翔琉が口を開いたと同時に昼休み終わりのチャイムが学校中に鳴り響いた。
もうこんな時間か、と礼は腕時計を確認する。
「あ、昼休み終わったので…それでは、またいつか……」
「おう、ありがとな。またいつか」
少女はその場から逃げ出すようにそそくさと出ていった。
顔をゆでダコの様に真っ赤にした少女を手を振って見送った礼はその場から立ち上がり、「俺らも行くぞ。」と足を進める。
そんな彼の姿を呆然と眺めながら翔琉は呟いた。
「天然てこえぇ……」
透き通る青空の中、飛行機雲はいつまでも続いていた。




