第九十七話:可愛い猫ちゃん
可愛いものほど、この樹海では危ない。
「いいえ」
セラフィーナの返答は、簡潔な一言だけだった。
「そんなに楽じゃありません。他にも材料を採らないといけないので。ウリエルさん、なかなかユーモアがありますね」
ウリエルは溜息と諦めの間のような鼻音を漏らした。
目の前のこの女は、皮肉すら教科書を読むように平坦だ。
セラフィーナはすでに次の垂れ蔓をかき分けて前に進んでいた。
彼女の一歩一歩は最も安定した位置を踏んでいて、ウリエルは彼女の足跡をたどることで、ずいぶん楽ができたが、風景を見る余裕はなくなった。
二人は足首まで浸かる泥水を踏み、あちこちに転がる巨大な倒木を越えていく。
三十分後、セラフィーナは苔むした岩壁の下で止まった。
彼女は再び道具を取り出して、しゃがみ込んで慣れた手つきで掘り始めた。
ウリエルは十数歩離れた位置に立ち、太い広葉樹に背を預けて、警戒モードに入った。
最初の五分間、彼は真面目に周囲を何周か見渡した。
梢に異常な揺れはない。水面に異常な波紋はない。茂みに異常な震えはない。
さらに五分経つと、彼の視線は散漫になり始めた。
親指ほどの甲虫が樹幹を這って彼の肩の脇を通り過ぎ、彼はそれが二十センチ遠くまで這い、樹幹の割れ目に潜り込むのを見送った。
さらに五分経つと、彼は向かいの樹冠に実がいくつあるか数え始めた。
六個目を数えた時、自分が左から右に数えていたのか右から左に数えていたのか忘れた。
彼の注意力が実と一緒に地面に落ちかけた時、茂みからカサリと音が聞こえた。
ウリエルは瞬時に背筋を伸ばした。
橙黄色の塊が葉の間から押し出されてきた。
この小さな生き物は、頭がまん丸で、二つの耳が柔らかく丸い頭にぺたりと貼りついて、四本の脚は短く、尻尾を後ろに引きずって一度振った。
どう見ても、これはどこにでもいる普通の小さな茶トラ猫だ。
ただ耳がないみたいだ。
ウリエルはその茶トラ猫と二秒見つめ合った。
猫は動かない。彼も動かない。
そこで彼は地面の小さな茶トラ猫に向かって指を曲げた。
すると猫は彼に向かって二歩歩いてきた。
ゆっくりと、まるで自分の庭を散歩するように。
彼のブーツの先で止まって、頭を上げて彼を見た。
ウリエルは頭を下げてこの猫を仔細に観察した。
(これって茶トラじゃないか)
(異世界にも茶トラがいるのか)
猫は丸い頭を傾けて、従順にウリエルの革靴に寄り添い、頭の側面で彼の足首を擦った。
ふわふわの尻尾が彼の足首に絡みついてすりすりし、時々反対側の足首も掃いた。
ふわふわの触感がズボンの布地越しに伝わってくる。
ウリエルは一瞬で陥落し、たまらずしゃがみ込むと、手を伸ばして背中を撫でた。
猫は避けない。
この子は驚くほど気性がいい。シャーッとも鳴かないし引っ掻きもしない。
彼はまた耳の根元をもみもみした。
猫は頭を上げて顎を彼の掌に押し付け、喉の奥から微かなゴロゴロ音を出した。
「いい子だなお前」
ウリエルは声を落として、指で猫の顎を掻いた。
「お前、性格良すぎだろ」
猫は目を細めて、尻尾を彼の手首に乗せた。
毛先がくすぐったい。
セラフィーナの声が不意に背後から聞こえてきた。
シャベルが岩壁を削る音が混じっている。
「ウリエルさん、気をつけて。このあたりも円頭虎の狩猟範囲内です」
ウリエルの猫を撫でる手が激しく止まった。
「成体の円頭虎の討伐評価は金級。標準編制の冒険者パーティが必要です」
彼の指はまだ猫の顎に乗っている。
猫は不満そうに彼を押して、続けて掻くよう促した。
ウリエルの視線はゆっくりと目の前のこの茶トラ猫に戻った。
丸い頭。
橙黄色の毛。
——「円頭」虎?
彼は喉を鳴らして、平静を装って尋ねた。
「じゃあ……幼体は? 普通の子猫くらいの大きさ?」
セラフィーナは掘りながら答えた。
「違います。成体は体高三~四メートル、幼体は一メートルほどです」
ウリエルは目の前のこの猫を頭から足まで一通り見た。
頭から足まで合計四十センチを超えない。
身長と言っても大体そんなものだ。
彼は息を吐いて、両手をその脇の下に差し込んで、ひょいと抱き上げた。
猫はおとなしく彼に前足を托し、そのまま抱き上げられて、幼い声で「ミャー」と鳴いた。
(後でセラフィーナにも触らせよう。この手触り、反則だろ)
セラフィーナが突然手を止めた。
彼女は顔を上げて、視線を周囲に一周させた。
「何か音が聞こえませんでした?」
ウリエルは顔色を変えずに猫を懐に引き寄せた。
猫はとても協力的に、静かに彼の腕に伏せて、尻尾を垂らして揺れた。
「聞こえてない。何の音?」
セラフィーナの眉がわずかに寄って、耳を傾けてまた二秒聞いたが、何も聞こえなかった。
「……聞き間違えたはずです」
彼女は向き直って黙々と作業を続け、シャベルで大きな土塊を掘り出した。
「でも自分で注意してください。猫の鳴き声が聞こえたら、警戒を高めてください」
ウリエルは猫の両前足をそっと掴み、自分の目の高さまで持ち上げた。
下半身が宙でぶらぶらと揺れるその姿は、まるで奇妙なダンスを踊らされているようだ。だが猫は抵抗するどころか、コテッと丸い頭を傾け、琥珀色の瞳でじっと彼を見つめ返してくる。
さらにウリエルが前足を軽く振ってみせると、猫はされるがまま、ちょこんと彼の指先に肉球を乗せてきた。
「なんで?」
猫を撫でる幸せに浸って、ウリエルは頭も上げずに尋ねた。
「円頭虎の鳴き声って、猫みたいなもんなのか?」
刃が根茎を切る澄んだ音が向こうから聞こえた。
「そうではありませんが、書物に珍しい特殊個体が記録されています」
セラフィーナは冷静そのものの声で、とんでもない知識を披露しながらも、手は一切止めなかった。
「歴戦個体と呼ばれます。長期生存後、形態が顕著に変化し、体型が普通の家猫ほどに退化します。しかし力は完全に保持され、速度は普通の円頭虎の十倍です」
ウリエルが猫の爪を掴む動作が止まった。
より正確には凍りついた。
猫は彼を見て、彼は頭を下げて猫を見た。
猫の尻尾が彼の腕にゆっくりと一周巻きついて、彼が掻かなくなったのを見て、不思議そうに尻尾を振って、前足で軽く彼の指を叩いた。
セラフィーナの声が続けて漂ってきた。
「その個体は小型無害な外見を利用して獲物に接近し、まず可愛さで相手の警戒を解きます。獲物が完全に防備を解いたら、圧倒的な速度と力で一撃必殺します」
「カチャッ」という音で、彼女は最後の瓶の蓋を締めて、腰袋の留め金を留め、ちょうど採集を終えた。
「よし、この分は——」
彼女は振り返った。
ウリエルは電光石火の速さで手の中の猫を横の草むらに放り投げた。
腕が残像を引いた。
猫は空中であまり優雅ではない弧を描いて、彼が先ほど五分間見つめていた茂みの中に消えた。
茂みが激しく震えた。
続いて「ミャオォォォ——!」という怒号が伝わった。
音色はまだ猫のそれだが、音量が体型と完全に不一致で、茂みの葉が簌簌と落ちるほど震えた。
セラフィーナの視線は震える茂みからウリエルの顔に移った。
ウリエルは手を後ろに回して、顔色は平然としている。
「さっき言ってた猫の鳴き声」
彼は茂みの方向に顎を上げた。
「こういう音か?」
セラフィーナは彼を一瞥した。
また茂みを一瞥した。
「実際の鳴き声は聞いたことありません」
彼女は平静に答えた。
「でも、そうだと思います」
ウリエルは二の句も告げず、大股で一歩踏み出して、セラフィーナの手首を掴んで、走り出した。
彼は絶対にここで十倍速の金級魔物と真っ向勝負できない。
少しでも本気を出せば、こ苦心して築き上げてきた『普通の学生』というキャラが瞬時に崩壊する。
勝てなかったらもっと気まずい。
セラフィーナは彼に引っ張られて数歩走ってから反応した。
三十メートル走った後、彼女は口を開いた。
走っているせいで、声にわずかな息切れが混じっている。
「ウリエルさん。私たち、あれより速く走れません」
「弱気なこと言うな」
ウリエルは振り返らず、手の平で彼女の手首をがっちり掴んだ。
「早く走れ」
彼の靴底が渓流沿いの石を踏んで滑り、半歩よろけてまた安定して、前に突進し続けた。
さらに前方は人より高い密集した樹叢で、ウリエルは歯を食いしばって、肩で葉を突き破って、セラフィーナを引っ張って頭から突っ込んだ。
樹叢を抜けた途端、視界が開けた。
彼らは正面から太い樹幹にぶつかりそうになった。
二人は急ブレーキで止まった。
靴底が泥地に浅い溝を擦った。
その樹幹は黄褐色で、表面に短く密な産毛が覆っていた。
しかし樹幹は毛が生えない。
ウリエルはゆっくりと顔を上げた。
それは樹幹ではなかった。
それは太く力強い獣の脚だった。
巨大な足掌に繋がっていて、爪先が指の間から伸びて泥地に食い込んでいる。
さらに上は、人の倍以上の高さの巨大な体躯。
黄褐色の皮毛が隆起した筋肉の塊を覆い、尻尾が背後でゆっくりと地面を掃いて、ザザッという音を立てている。
背後の動きを聞いて、その頭が向き直った。
丸々としている。
耳が頭の両側に貼りついている。
琥珀色の目が上方から見下ろしてくる。
口には飲み込んでいない狐を咥えていて、狐の後ろ脚が牙の隙間から覗いていて、まだ痙攣している。
車輪ほどの大きさの双眸の中、金色の縦瞳が二人をじっと睨みつけた。
まさに前門の虎、後門の……チビ虎ってか。
【第九十七話・終】
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