第九十六話:初めての体験
冒険らしい冒険のない、初めての体験。
木漏れ日が、セラフィーナの淡い茶色の髪の上をちらちらと滑っていた。
セラフィーナは先頭を歩いていた。
しばらく進んで、彼女は足を止めた。
腰袋から地図を取り出して広げ、指先が一行の手書きメモに沿ってゆっくり動く。
地図の端が林間の湿気で微かにしわになり、めくる時に軽い擦れ音がした。
彼女は頭を下げて地図を一瞥し、顔を上げて前方の紫色の菌が生えた巨木を見比べた。
それから迷わず右へ進んだ。
ウリエルは彼女から二歩ほど遅れて歩きながら、右手で邪魔な大きな葉を払いのけた。葉の表面は冷たくぬるりとしており、指先に嫌な水膜が残る。左手には彼女の予備採集袋を提げ、その歩き方はひどく緩慢で、視線もあちこちへあてもなく漂っていた。
雨林の景観は彼にとって非常に珍しい。
見ていると、蛍光ブルーに光る奇妙な飛虫が鼻先を掠めた。
彼は手を振って虫を追い払った。
この様子は、週末に無理やり商店街へ連れて行かれて、終始荷物持ちをさせられる不運な彼氏と何の違いもなかった。
彼は首を傾けて、脇の幹に巻きついた蔓を眺めた。
蔓の身は腕ほどの太さで、表皮は不自然な暗紫色に染まり、血管のように微かに脈打っていた。
「これって……噛みつくのか?」
セラフィーナは首を捻って一瞥し、地図を畳んで腰袋に戻した。
「その株は噛みません。あなたの右手三歩先の低木の茂み、触れたら数時間麻痺します」
ウリエルの右足が宙に浮いて、黙って引っ込めた。
それから数歩も歩かないうちに、彼はブーツの先で足元のクラゲに似た巨大なキノコを蹴った。
キノコは激しく収縮して、黄緑色の粉末を噴き出した。
彼は素早く半歩後退して、その怪しい粉塵を避けた。
「ここをぶらついてたら、突然頭上から毒蛇が落ちてきたりしないか? それか拳大の毒虫とか? 腐食液を噴くキノコは? 人を一口で食べる食人花は?」
彼の視線は周囲の幹を飛び回った。
「それか、特殊な行為をしないと解毒できない魔物とか?」
「全部います」
セラフィーナは目の前の垂れ蔓をかき分けて、語調は平坦だった。
「ただ、銀級以上なら致命傷にはなりません。あなたが自分から頭を食人花の口に突っ込まない限り。怖いなら私が踏んだルートを歩いてください」
ウリエルは彼女の足跡をたどって、引きつった笑いを二度漏らした。
さらに十分ほど歩いて、セラフィーナは根系が絡み合った古木の下で止まった。
木の根の下方に湿った暗い隙間があり、隙間の縁には蒼白い色の植物が数叢生えていた。
葉の表面には細かな銀色の脈絡が浮かんでいて、影の中で微弱な幽光を放っていた。
「見つけました」
彼女は採集袋をウリエルの手から受け取って、片膝をついた。
腰の脇から細身の小刀を抜き出す。
ウリエルは周囲を一周見渡した。
樹影が重なり、鳥鳴きが高い所から伝わってくる。
地面は数枚の落ち葉以外、何の動きもない。
「手伝おうか? こういう泥にまみれて這いつくばるような力仕事は、俺みたいな男性に任せた方がいいだろ」
彼は頭を下げて、彼女が小刀で慎重に根系表面の苔を剥がしているのを見た。
セラフィーナの刀先は安定して髪の毛ほどの細い根を摘み出した。
顔を上げることなく言った。
「処理の仕方知ってますか? 切る位置を間違えて、汁液の流失が三割を超えたら、株ごと無駄になります」
ウリエルは素直に首を振って、黙った。
セラフィーナは脚環の携帯袋から小さな銀製のピンセットと、いくつかの透明な水晶薄片を取り出した。
「後ろを向いて。外を見て、見張りをしててください」
「おう」
ウリエルは声を返して、左へ二歩歩いて、松ぼっくりを蹴った。
それから右へ二歩歩いて、仰向いて樹冠から漏れる砕けた光を見て、指をズボンの縫い目でリズムを打った。
数分も耐えられず、また戻ってきた。
「そういえば、これって結局何に使うんだ?」
ウリエルは空気に向かって問いかけた。
「俺が読んだ冒険小説とかだと、こういう隅っこで光ってる薬草って、一口食べたらレベルの壁を突破できるとか、何十年分の魔力が一気に上がるとかあるじゃん。そういうやつじゃないの?」
セラフィーナは瓶の蓋を締めて、次の株を取った。
「違います。薬剤調合の補助材料。短時間で体を最良の状態に調整するのを助けます。大一番の前に使うものです」
ウリエルの眉間がゆっくりと寄った。
「最良の状態に調整……それって、要するにドーピングじゃないか?」
彼は声を落として、何か禁制品について話すように言った。
「これ飲んで学院の試合に出るの、違反じゃないのか? 運営委員会は何も言わないの?」
「いいえ」
セラフィーナは最後の処理した根を瓶に入れて、蓋をして、袖口で額の薄い汗を拭いた。
「あと、おしゃべりで見張りを忘れないでください」
ウリエルは肩をすくめた。
目の底に極めて淡い微光が掠めた。
観測者、起動!
彼の視界は一瞬で天地がひっくり返るような変化をした。
雨林の色が褪せて、空気中を流動するエーテルが無数の青紫色に光る糸に化けた。
彼は周囲を見渡した。
視線は幾重もの幹と低木を貫通した。
半径数百メートル以内、普通の虫鳥と小さな魔物を表す暗い緑色の光が緩慢に移動しているだけ。
危険な存在は何もない。
安全の極み。
「見てるから安心しろ」
彼は視線を戻して、彼女が渡してきた採集袋を受け取った。
「でも、こういう採集任務って冒険者ギルドに直接依頼出せばよくないか? 時間も労力もかかってこんな遠くまで来て、採集難度もそんなに高くないのに」
「自分自身で一から十まで通してやってみて、道のりと採集難度を実際に測ってこそ、いくら報酬を払うべきか分かります」
セラフィーナは膝の苔屑を払って、腰を起こし、彼を見た。
「一番重要な技術とノウハウだけは、絶対に他人に握らせない。それが基本です。そうすれば、他人に依頼を断られた時、いざという時に足元を見られずに済みますから」
彼女は真剣に言った。
説教の意味もないし、何かを自慢しているようでもない。
ウリエルは彼女が採集袋をバックパックに入れるのを見た。
バックルが一度引っかかって、彼女は二度引いてようやく留めた。
バックパックのベルトがまた肩から滑り落ちて、彼女は黙々と押し戻した。
動作は明らかに少し慣れていない。
「なんか手つきがぎこちないな。初めてか?」
ウリエルの容赦ないツッコミを聞いて、セラフィーナがバックパックを肩に担ぐ動作が一瞬止まった。
彼女は振り返って彼を見た。
口角の標準的な営業スマイルはきれいさっぱり消えて、全く波立ちのない、死んだ魚のような目を向けてきた。
「そうです。彼氏と一緒に来るのは初めてです」
語調は平坦だったが、その言葉には棘があった。
ウリエルは半秒も停滞せず、極めて自然に一言を継いだ。
「俺も初めてだ」
風が樹冠の間を通り抜けた。
鳥鳴きの声が急に遠くなった。
セラフィーナはその死んだ魚の目の表情を維持したまま彼を三秒見た。
ウリエルも荷物を提げた姿勢のまま固まって、彼女を三秒見返した。
一塊の鳥の糞が突然落ちてきて、ちょうど二人の間の腐った泥地に叩きつけられ、「ベチャ」と音を立てた。
「行きましょう」
セラフィーナは足を踏み出して、直接ウリエルを越えて、垂れ蔓をかき分けて帰る方向へ歩き出した。
「え?」
ウリエルは一瞬呆けて、すぐに足を踏み出して追いかけた。
「これで終わりか? もう帰るのか? 俺の『初めて』、こんなに短くていいのかよ?」
【第九十六話・終】
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