第九十五話:どこから来たんだその『|花露水《ファールースイ》』
ファールースイって何か知ってるか?
セラフィーナが予約した宿は「樹海宿場」という名で、古代樹海の縁に唯一ある星つきの宿だった、間違いなくハイエンドな選択だ。
馬車が着いた時にはもう夕暮れで、夕焼けが宿の白い外壁を暖かなオレンジ色に染めていた。
ウリエルは馬車から飛び降りて、一日中硬い板座席に座っていた腰と背を動かした。
腰と背中を伸ばすと、関節がコキッ、コキッと二度鳴った。
お約束のお色気イベントはなし。
一人一部屋。
セラフィーナがフロントでチェックインの手続きをしている時、指をカウンターで二回叩いて、自分の名前を告げた。
それから首を傾けて彼を一瞥した。
「あなたの部屋はもう支払い済みです。上級室、朝食つき」
彼女はルームカードを渡してきた。
効率優先、事務的。
ウリエルはルームカードを受け取って、裏返して部屋番号を見た。
三階、廊下の突き当たり。
セラフィーナの部屋は隣で、間にあまり厚くない壁が一枚。
二人は翌朝の集合時間を決めて、それぞれの部屋へ入った。
上級室は確かに悪くなかった。
寮として使っていた宿よりも良かった。
マットレスは柔らかくて人を弾ませるほどで、枕は二つ、浴室には湯が出て、清潔なタオルも用意されていた。
ウリエルはバックパックを椅子の上に放り投げて、シャワーを浴びた。
今回は浴室で歌わなかった。
その後、清潔な服に着替えて、ベッドに横になって天井を見つめた。
隣から音はしなかった。
とても静かだった。
話し声もない。
足音すらない。
セラフィーナもたぶん寝たのだろう。
彼は寝返りを打って、布団を肩まで引き上げて、目を閉じた。
翌朝、彼はノックの音で目を覚ました。
コンコンコン。
三回で止まる。
それからセラフィーナの声が、ドア板越しに入ってきた。
感情は特にない。
「ウリエルさん。起床時間です」
ウリエルは片目を開けて、ベッドサイドテーブルの懐中時計を手探りした。
懐中時計を見ると、六時一分だった。
約束は六時。
一分過ぎてる。
彼がまだ返事する間もなく、ドアの外で二度目のノックが響いた。
やはり三回。
やはり同じ語調。
音量さえ上がっていない。
「ウリエルさん。いますか」
「起きてる——」
ウリエルはベッドから飛び起きて、頭を掻いて、浴室に駆け込んで、冷たい水を顔にぶっかけた。
歯を磨きながら鏡の中の自分の髪が鳥の巣みたいになっていたのを見た。
手で二、三回撫でつけても直らず、面倒になって放置した。
昨夜用意していた普段着を着て、上着とバックパックをひっつかんで、部屋のドアを開けた。
セラフィーナが廊下に立っていた。
バックパックを背負って、きっちりと身支度を整えていた。
髪は一糸乱れず梳かされ、襟は平らで、袖口のボタンは一番上まで留められ、裾は滑り止めショートブーツに入れられ、靴紐は完璧に左右対称の蝶結びになっていた。
冒険に行くというより、何か重要な儀式に参加する準備のようだった。
彼女はウリエルを上から下まで一瞥した。
視線は彼の髪から始まり、半分めくれた襟口へ移動し、さらに上着のジッパーにかかった半端な糸くずへ、最後に、まだちゃんと履けていない靴へ落ちた。
「髪」
彼女が言い終わるや否や、ウリエルは手を上げて二度掻いた。
「襟」
また彼女が言い終わるや否や、ウリエルは襟を引き出して平らにした。
「上着のジッパーに糸がかかってます」
彼は下を向いて糸くずを引きちぎり、かかとを踏み込んだ。
「まだ目やにが」
「……それは言わなくていい」
ウリエルはセラフィーナがこれを言った時、嫌悪も気持ち悪さもなかったのに、自分の方が恥ずかしくなった。
セラフィーナは追撃を続けなかった。
彼女はバックパックのサイドポケットから油紙で包んだパンを二つ取り出して、一つを渡してきた。
「朝食。歩きながら食べます。時間がありません。日が暮れる前に森を抜けなければならないので」
ウリエルはパンを受け取って一口かじった。
普通の全粒粉パンで、中に薄くバターが挟まれていた。
冷めていたが、まだ柔らかかった。
(なるほど、いわゆる朝食付きって、こういう意味かよ)
彼はバックパックを肩に担いで、セラフィーナについて階段口へ向かった。
宿の玄関に着いた時にはパンはもう半分消滅していた。
セラフィーナはまたバックパックからきっちりと折られた紙を二枚取り出して、渡してきた。
「地図。一枚は古代樹海の全体図、一枚は今日の予定ルートです。樹海に入ったら道標はありません。分かれ道の地形特徴を覚えてください」
ウリエルは残り半分のパンを口に咥えて、手を空けて地図を開いた。
全体図はかなり精密で、魔獣の巣、泥沼エリア、採取ポイントまではっきり記されていた。
予定ルートの方はもっと小さく、赤線で樹海の縁から蛇行する経路を示し、終点に丸が描かれ、脇に鉛筆で植物名と採取ポイント番号がいくつか書き込まれていた。
ルートは「泥沼区」と記された濃い色の色面を避けて、小川の近くで曲がり、最終的に出発点に戻っていた。
彼はパンを噛みながら、ルートをざっと覚えた。
セラフィーナは相変わらず仕事が細かい。
二人は土の道を二十分ほど歩いた。
道端の植生は疎らな低木から徐々に高く茂った喬木に変わり、空気はどんどん湿っていき、土の生臭さと植物の清々しい香りが混ざり合い、鳥の鳴き声が頭上から幾層にも重なって降りてきた。
土の道の終わりに着くと、足元はもう乾いた固い砂利ではなく、厚い草地になっていた。
草の葉が足首を越え、踏むとふかふかした。
セラフィーナはバックパックのサイドポケットから小瓶を取り出した。
スプレーボトル。
瓶身のラベルには緑色の植物模様と数行の小さな文字が印刷されていた。
彼女はキャップを外して、自分の体に何度もスプレーした。
まず手首の内側、次に首の両側、最後に腰を曲げて裾と靴の表面にスプレーした。
空気に匂いが広がった。
濃厚な花の香り。
清涼で、少し草本の辛みを帯びた香り。
とても馴染みがある。
ウリエルがその匂いを目を細めて識別しようとしていた時、セラフィーナがボトルを彼の目の前に差し出した。
「スプレーしてください。虫除けです」
彼は自分には虫除けの小袋があると言おうとしたが、これは謎を解き明かすいい機会だと思って、ボトルを受け取った。
プラスチックのような瓶身、プッシュ式のスプレーヘッド、緑色のラベルにはミントの葉と彼が知らない植物のシルエットが印刷されている。
ラベルの中央に、大きな太字で商品名が書かれていた。
花露水
ウリエルの顔面が盛大に引きつった。
彼は慌ててボトルを裏返した。
成分表、使用方法、製造日、賞味期限、全部揃っている。
彼は一瞬呆然とした。
「これどこから?」
彼はボトルを掲げて、声がかなり高くなった。
セラフィーナは疑問げにまばたきした。
彼女はたぶん虫除けスプレー一つでウリエルがこんな反応をする理由をあまり理解できなかったが、それでも答えた。
語調はいつもと同じ。
先生の授業の質問に答えるような感じだった。
「買いました。マルヴォ大型スーパーで。そんなに驚いてどうしたんですか」
彼女は少し間を置いて、微かに首を傾げた。
「野獣でも追い払うつもりですか」
(マルヴォ? 何?)
「違う——」
ウリエルはボトルを手の中で裏返して、ラベルのあの三文字を指差した。
「これ。花露水。これ、花露水って言うの?」
「瓶にそう書いてあります」
セラフィーナはまたそのボトルを一瞥して、自分が見間違えていないことを確認した。
「何か問題でも。効果はすごくいいです。最近流行り始めたんです。スプレーしたら蚊に刺されないし、ダニもつかない、匂いもいい。推薦してくれた女子先輩が、お母さんが樹海に入る時はいつもこれを持っていくって」
ウリエルはボトルをセラフィーナに返して、彼女の質問には答えなかった。
彼はまずこの情報を消化する必要があった。
異世界に、蚊や虫を追い払う花露水がある。
冒険者ギルドで売っている錬金薬剤じゃない。
薬草屋で買ってその場で調合する民間療法でもない。
露店で小分けに売られているような代物でもない。
標準化パッケージがあり、成分表と賞味期限が書かれていて、商場の棚に明確な値段で並んでいる花露水だ。
彼の世界観が、乾いた音を立ててひび割れた。
彼は手の中のその緑色のボトルを見下ろして、異世界の産業構造とクロスワールド商品命名体系の一致度についての深い疑念に陥った。
セラフィーナは彼をしばらく見て、この反応は「緊急処理が必要」なカテゴリーには属さないと判断した。
ウリエルの手から花露水を取り戻して、バックパックのサイドポケットに収めた。
目の前の茂みをかき分けて、一足先に樹海へ踏み込んだ。
【第九十五話・終】
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