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第八十五話:昼と夜を裂く剣

「刻んでおけ。これが魔女の力だ」


剣を振りかぶった魔女の唇が、静かに動く。

ウリエルが何日もかけて教え込んだ、あの決め台詞——のはずだった。

だが、彼女の頭の中で鳴り響いていたのは、息子が口ずさむ、あのメロディー。


「I am the storm that is approaching.」



怒れる魔女がカルガスの前で立ち止まった。


カルガスは瓦礫の山から自分を掘り出そうとしていた。


半魔人化後の体は以前より頑丈になっていた。


だが筋繊維の一本一本が悲鳴を上げている。


(クソッ……一体何がどうなってんだ)


腫れ上がった瞼をこじ開けると、黄金の瞳が高みから自分を見下ろしていた。


無表情だった。


一切、何も。


だからこそ、どんな怒りよりも恐ろしかった。


「立て」


彼女が言った。


カルガスは動かなかった。


動きたくないのではない。


体がもう言うことを聞かなかった。




魔女は二度繰り返さなかった。


視線を外し、頭上の分厚い岩盤を見上げた。


幾重にも重なる岩と土の向こうに、蠢いているものの気配を感じ取っていた。


逃げたあの怪物だ。


今頃は地上で大勢に囲まれてボコボコにされているはず。


足りない。


その程度では全然足りない。


学院の襲撃のとき、ウリちゃんが一つのことを言っていた。


要求したのは「威嚇効果」だった。


彼女が敵をボンレスハムにして天井から吊るしたら、ウリちゃんは「そういう意味じゃない」と言っていた。


後で説明してくれたのは——カッコよく、派手に、動きは大きく。


今がまさに試すときだ。



彼女は右手を握った。


源質が彼女の身体から溢れ出す。

見えない力が地下空間を満たした瞬間、空気が震え、壁が軋み、天井から砂塵が落ち始めた。

カルガスは目を見開いた。

魔力感知が、その力に触れた瞬間に焼き切れる。


(何だこれは……マナが、マナが——)


マナそのものがここで抹消されていた。


源質がセラフィーナの前まで広がったとき、自動的に迂回した。


円形の、透明でほとんど見えない結界がちょうど彼女を外側に隔てた。


柔らかくも越えることのできない障壁のように。


セラフィーナは手を上げて結界に触れた。


掌に伝わる感触は涼しくなめらかで、巨大な水晶の表面に触れているようだった。


結界の向こう側で、魔女が立っているのが見えた。


銀髪が風もないのに揺れていた。




「ありえない——!」


カルガスが身を起こそうともがいた。


声はもはや低い唸りから掠れた叫びに変わっていた。


「こんなエーテル場、聞いたことがない——!」


自分が何を叫んでいるかも分からなかった。


マナ感知が完全に消えた。


周囲の全ての魔力元素が根こそぎ吸い尽くされた。


今の自分は真空に放り込まれた人間のようなものだ。


必死に呼吸しても、何も吸えない。


この感覚はどんな直接攻撃よりも恐ろしかった。


これは法則レベルの剥奪だ。


自分が知っている「力」そのものを、根底から否定されている。


周囲はがらんどうで、世界全体から見捨てられたかのようだった。


だが、体の方が先に動いた。


骨の髄まで刻まれた破壊本能が恐怖を踏み潰した。


歯を食いしばり、腫れ上がって変形した手を拳に握り、足下の石板を砕き、魔女へと突っ込んだ。


「ぶっ粉砕してやる——!」


全力を込めた一撃だった。


しかし魔女は避けさえしなかった。


拳が肉眼では見えない絶対的な障壁に叩きつけられたような感覚があった。


骨が砕ける乾いた音が手首から肘へ、さらに肩まで伝わった。


手首が砕け、橈骨が折れ、尺骨にひびが走った。


もはや痛覚すら消えた体が宙を飛び、瓦礫の山に叩きつけられた。


その腕が不自然な角度でだらりと垂れ下がり、また歪みながら自己再生を始めた。




魔女がちらりと彼を見た。


それから西洋剣を持ち上げ、剣身を胸の前に立てた。


「刻んでおけ」


声に温度はなく、抑揚もなかった。


「これが魔女の力だ」


剣身をわずかに引き、蓄力の構えを取った。


源質の気流に裾が激しく翻り、銀髪が空中で乱れ舞った。


彼女の唇が動いた。


次の台詞が口の端まで来ていた。


ウリちゃんが教えてくれたやつだ。


I am Holy Sword Witch。


あの音節を何日も暗記した。


ウリちゃんが書いてくれたローマ字表記は今もベッドサイドテーブルに貼ってある。


だが——この瞬間、頭の中が脱線した。



彼女はふと思い出した。


ウリちゃんが部屋で何かを書いているとき、ときどき歌を口ずさむことがある。


お風呂のときだって、浴室から同じ歌が流れてきた。


もっと伸びやかなバージョンで。


その歌には特に声が上がる一節があった。


毎回そこに差し掛かると、彼は無意識に音程を上げた。


まるで何かすごい役を演じているかのように。


I am the storm that is approaching——


あの発音は耳にタコができるほど聞いていた。


どんな台詞より染み付いていた。


今ここに立って、頭の中に浮かぶのはあのメロディーだけだった。


ウリちゃんが呪文のように繰り返していたあのフレーズが、耳の奥でぐるぐるとリフレインしていた。


自分がこの二つを取り違えていることに、彼女は気づいていなかった。


だから、口を開いた。


「I am the storm that is approaching.」


どこかおかしい気もした。


でも今は気にしないことにした。



剣身から光が溢れ出した。


純粋な光だった。


エーテルが刃先で高速回転し、密度が高まって周囲の空間を歪め、刃のそばを通る光線が奇妙な弧を描いて屈折した。


地下空間全体のエーテル場が収縮を始めた。


四方に広がっていた源質が一瞬にして巻き戻り、西洋剣の剣身へと凝縮した。


あの細い剣を、純粋なエネルギーだけで構成された剣へと変えた。


光柱が剣身から噴き出した。


直径百メートル、いや千メートルの光柱が地底を突き破り、第一学院の地盤を突き破り、天へと奔った。


学院全体が地底から迸る光芒に包まれた。


本館、大講堂、図書館、運動場、全ての建築物が光柱に照らされ、四方へ放射する影を投げかけた。


夜空が完全に照らされ、黒夜が数秒のうちに白昼へと変わった。


だがこれはまだ蓄力段階に過ぎなかった。



魔女が頭を上げ、一つの角度を見定め、足をわずかに動かした。


その角度はちょうど王都のどの建物も、どの通りも、まだ眠っているどの市民も避けられる位置だった。


二度確認した。


それから剣を振り下ろした。


光柱は剣先の落下に伴い方向を変えた。


垂直に天へ向かっていたものが、斜めに斬り下ろされた。


太い光柱が夜空に一本の真っ直ぐな、空を二つに割く光の痕を刻んだ。


光柱の末端が王都の外にある無名の山の山脊に落ちた。


山頂の正中央へと切り込み、山体の走向に沿って一気に割り下ろされ、山全体を真っ二つに剖った。


岩盤は触れた瞬間に消えた。

山肌は音もなく裂け、内部から白い蒸気が噴き上がる。


地面の震動が十数秒間続き、大地そのものが呻いているかのようだった。


光柱が消えた後、その山は二つの山になっていた。


その間には鏡面のように滑らかな切断面があり、月光がその上に反射して星の瞬きのような冷たい光を放っていた。



遠くで、エステラが破損した街道に立っていた。


たった今、三人の合撃の威力を目の当たりにしたばかりで、あの三人が何者なのかを考え始めたばかりで、第一学院へ向かおうとしたばかりだった。


突然、空の彼方から迸る光に体が竦んだ。


自分より強い存在が目の前で力を惜しみなく見せつけたとき、体の本能反応は頭より速い。


地底から天へと迸る光柱を。それが天頂から遠くの山へと振り下ろされる様を。そして、その山が一瞬にして真っ二つに両断される光景を——彼女はただ、呆然と見届けるしかなかった。


(……これじゃあ、月とスッポンどころの話じゃない)


自分の全力でも、せいぜいさっきの三人程度だ。


それが「提灯」で、これが「月」だというなら——


もしこれが王都に向けられていたとしたら、想像するだけで背筋が凍った。


輝光級。


いや——輝光級でも足りない。


輝光級にはこの範囲がない。


この解放方式、このエネルギー密度、この視覚的衝撃——これは魔王か勇者の戦いだ。


二つの念頭が同時に頭の中で炸裂した。


これは誰だ?


そしてこれは、どちら側だ?




宿屋の部屋では、文机の上に開かれたノートが広げられていた。


紙の端に折り目がつき、墨跡に新旧が混じっていた。


一番上の行にはこう書かれていた。


「I am Holy Sword Witch」


そのそばにはローマ字の読み仮名が振ってある。


その下には走り書きで幾つかのメモが並んでいた。


招式名、登場ポーズ、台詞のタイミング。


最後の一項目は一度消されて書き直されており、そのそばに星印が描かれていた。


「動きは大きく、派手に」


窓のカーテンが外からの尋常ならざる光芒に透かされ、部屋中が真っ白にフラッシュした。


ウリエルの眉が眠りの中でわずかにひそめられた。


強い光に晃かされたような気がした。


「……稲妻か」


寝返りを打ち、顔を枕に埋めた。


数秒後にまた寝返りを打ち、足で布団を挟み込んで、ぐっすりと眠り続けた。




【第八十五話・終】

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