第七十八話:書記官不在の夜宴
ウリエルが知らない場所で、部下たちの“忠誠”は、かなり危険な方向へ燃え上がっていた。
魔女はキラを連れて外へ出た。
部屋のドアが静かに閉まった。
制服姿で出てきた。
ウリちゃんが「先に制服で出ろ、早めに正体がバレたらまずい」と言ったから。
だから今、学生寮として借り上げられたこの宿の廊下を歩く魔女の姿は、どこから見てもごく平凡な一人の学生にしか見えなかった。
左肩にちょっとした布バッグをかけていた。
中身は西洋剣と一枚のスカートだった。
剣はウリちゃんが特注してくれた魔女の佩剣。
スカートもウリちゃんが買ってくれたものだった。
あの日、街を歩きながら魔女の衣装を注文していた時、このスカートが似合いそうだと言って、ついでに買ってくれたものだった。
魔女として出陣する機会があるかどうかは分からない。
でもウリちゃんが選んでくれたものだから、持っていけばそれでいい。
キラは二歩後ろについて歩いていた。
表情は引き締まっていた。
でも目が明るすぎた。
視線が魔女の背中に貼りついたまま剥がれなかった。
さっき、ウリエルが出口でキラを呼び止めた。
「ルミナとフェンリアと一緒に動いてくれ」と言った。
「今夜は三人一組だ」と言った。
キラはそのとき「魔女様への随行を希望します」と言いかけた。
でもウリエルの目を見たら、言葉が引っ込んだ。
柔らかい目だった。命令という感じでは全然なかった。
ただ、「なぜこの配置なのか、分かるよね」という静かな確信があった。
(……分かります)
キラは心の中で即座に答えた。
書記官は敵の戦力を既に読んでいる。
教団の中に強敵がいる可能性がある。
三人が揃わなければ対処できないと踏んでいる。
自分たちをあえて魔女様から引き離すのは、側翼を固めるためだ。
いや、それだけじゃない。
信頼だ。
三人なら独立して動けると信じているから、一番重要な部隊を任せてくれるのだ。
書記官様は私たちが独り立ちできると信じておられるからこそ、最も重要な一隊を任せてくださったのだ。キラは心の中で見事に論理的帰結を導き出し、ウリエルに頷いてから、魔女の後に続いた。
宿の正面玄関を出ると、夜風がさっと顔に当たった。
石畳の通りに街灯の暖黄色の光輪がいくつも並んでいた。
魔女は夜の空気を深く吸い込んだ。
風の中にウリちゃんが好きな焼き栗の屋台の匂いがあるかどうか、確かめようとした。
その足が止まった。
通りの向かい側に、男が二人、街灯の柱に寄りかかっていた。
私服姿だったが、ブーツが制式のものだった。
背の高い方が手についた殻のカスをパンパンと払い落とし、腰帯を正して通りを渡り始めた。
もう一人が種を口に放り込んで、歯で殻を割る動作が呼吸みたいに滑らかだった。
こちらを見ていなかった。
でも立っている位置からは宿の正面玄関がちょうど見えて、出入りする人間は全員視野に入る。
騎士団だ。
ウリちゃんを見張りに来ている。
魔女はその二人が種を一つかみ食べるのを黙って見ていた。
殻が無造作に石畳に捨てられた。
(……この人たちか)
ウリちゃんを連行して、三日間拘束した人たちだ。
硬い椅子で寝かせて、まともに食事もさせなかった。
帰ってきたウリちゃんは、髪がうねって、目の下にくっきりとクマができていて、肩が石みたいに固まっていた。
煮物と肩のマッサージで一日がかりで少し顔色を取り戻させた。
それなのに今もまだウリちゃんの窓を見張っている。
魔女の表情に変化はなかった。
ただ、歩く方向が変わった。
二人の騎士はまったく気づいていなかった。
最後の種をかみ割って、手の甲で口元を拭って、とりとめのない話をしていた。
「あ、出てきた」一人が宿の入口の方へ顎をしゃくった。
「どれ?」
「銀髪のやつ。あの男の子の同室の子とかいう話だったぞ」
もう一人が目を細めて確認してから、魔女の後ろ数歩のキラに視線を移した。
「隣にもいるじゃないか。こんな時間に二人で出てくるって——」
「そういう関係ってことじゃないか」
男は下卑た笑みを浮かべた。
表情が野次馬的な好奇心から、次第に思案顔へと変わった。
「待って。銀髪のあれ、前に本部へ来て連行した男を返せとか騒いでたやつじゃないか」
「そうだっけ」
「なら隣のはなんだ。あの男の指示で動いてるのか?」
二人は顔を見合わせて、同時に手の殻を石畳に放った。
背の高い方が腰帯を正して、通りを渡り始めた。
低い方がすぐ後ろにつき、反射的に腰の剣柄に手をかけた。
職業的な尋問前の準備姿勢だった。
三歩、歩いた。
魔女が動いた。
歩いていて、ほんの少し半歩だけ重心がずれたような、ごく自然な動作だった。
二人の間の隙間を、何事もないようにすり抜けた。
スカートの裾すら、相手のズボンに触れなかった。
二人の顎に、同時に何かが当たった。
「痛い」という感覚が生まれるより先に、意識が消えた。
視界に最後に映ったのは向かいの街灯の光で、それからすべての光が一度に消えた。
二人の膝が同時に折れて、うつ伏せのまま石畳に崩れ落ちた。
三歩後ろに立っていたキラの瞳孔が、驟然と収縮した。見えなかったのだ。彼女は秘銀級であり、その動体視力は雨の中で雨粒一滴一滴の落点を追うことができ、いかなる相手の拳の軌跡をも網膜にコマ送りで焼き付けることができる。それでも、見えなかった。今のあの一撃は——彼女が捉えられたのは、わずかな断片だけだった。
魔女のスカートの裾が揺れた弧度。
空気を一条だけ走った銀色の残光。
二人の顎に同時にクリーンヒットした際の、くぐもってほとんど聞こえないほどの微かな音だ。それは封筒の封を閉じるような、あるいは本のページを静かに閉じるような、人を殴ったとは思えないほど軽い音だった。
魔女が振り返ると、いつの間にか西洋剣が右手に握られていた。
街灯の下で刃が冷たく光った。
切っ先を下に向けて、伏せている二人の方へ向けた。
手首が静かに返った。
左から右へ、右から左へ。
切っ先が空気に二条の細い弧を描いた。
音はなかった。
キラの瞳の中に、その二条の弧が映った。
脳が、極致の美学的な衝撃を受けた直後の軽い酸欠状態に陥った。
(……止め、を……刺した……)
(二刀。無駄なし。生存者なし)
(魔女様は迷わなかった)
(書記官を痛めつけた者への、容赦のない粛清)
(これが強者……これが統治力……これが——)
(とにかく、最高すぎる)
キラは後頭部の奥で何かが弦楽器みたいにぴんと鳴るのを感じた。
尾てい骨からゾクゾクするような痺れが、背骨を一節ずつ這い上がっていく。
叫びたかった。
その場でくるくる回りたかった。
顔を枕に埋めて足をばたばたさせたかった。
今すぐ妄想日記を取り出して、この一幕を全コマ収録したかった。
街灯の光の角度まで書き漏らしたくなかった。
でも、できない。
重要任務の遂行中だ。
今まさに大粛清を執り行った魔女様の前で、よだれを垂らしながらノートを取り出して書きまくるような真似をしたら、自分は完全に手のつけられない変態だと思われるに決まっている。
冷静に。端然と。矜持を保て。魔女様に「変態の幕僚を飼っている」と思わせてはならない。
キラはすっと姿勢を正して、両手を後ろに組んだ。
左手が右手首を軽く握った。
指先が、気づかれない幅で、空中をさっさっさっと走り始めた。
(これが私の新技術——無実体空中速記法)
手を後ろに組んだまま書けば見られない。
指先が狂草で走った。
でも一字一字は崩れなかった。
魔女様月明かりの下で抜剣、二名の騎士即倒、動作は肉眼追跡不能、斬撃で止めを刺す、流れが鮮やか過ぎて、銀髪が夜風に少し揺れた、足元に血が——いや、血はなかった、書き直し。
一点の血も浴びずに立っている。
これぞ真の強者の風格あああああああっ!
記録完了。
キラはゆっくり息を吸って、手を背中から前に戻した。
両手を腹の前で重ねて、顔を上げた。
表情は落ち着いていた。
いつも通りだった。
ただ耳だけが、熱湯から引き上げたみたいに赤かった。
魔女はすでに西洋剣を布バッグにしまっていた。
地面に伏した二人を見下ろして、一人が落とした種の殻を靴先で路肩の方へ寄せた。
それから二人を引きずって路肩に移した。
歩道の邪魔にならないことを確かめてから、振り返ってキラに微笑んだ。
「さぁ、行きましょうねぇ」
キラは頷いた。
「はい」
声は安定していた。
魔女は前を向いて歩き出した。
胸の中でそっと息をついた。
さっき斬撃をちゃんと制御できてよかった。
本当に斬りはしなかった。
概念斬りで二人の記憶だけを削除した。
向日葵の種を食べ終わってからここに至るまでの、だいたい十五分ぶんの記憶を、時間軸から正確に切り取った。
二人が目覚めたら、種を食べていた記憶の続きから始まる。
顎が少し痛くて、気づいたら石畳に伏していた、という状況になる。
魔女を見たことも、キラを見たことも、残っていない。
なぜ打ったかといえば——
自分ちの子が道でうっかり段差に躓いて転んじゃったら、母親としては当然、子供の目の前で「めっ!」と、その悪い敷居を叩いてやらなきゃねぇ。
ウリちゃんは見ていないけれど、叩いておくのが正しい。
そういうことだ。
【第七十八話・終】
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