第七十話:旅団の大討論
信頼が行き着く先は時に、真実よりも雄弁だ。
王都のエニシダ・ホテル、最上階。
フロアが丸ごと貸し切られていた。
廊下を足音が時折通り過ぎる。
誰も休んでいるわけではないのに、不思議と皆、声を潜めていた。
スイートのリビング、角の丸テーブルを囲んで、三人の少女が座っていた。
テーブルの上には数枚のメモが広げられていた。
走り書きとメモ書きの矢印が、紙面を埋めていた。
お茶はとっくに冷めていた。
脇に置いたビスケットの皿は、ほとんど手つかずだった。
フェンリアの耳が最初に垂れ下がった。
三日三晩走り続けても息切れしないフェンリアですら、この重苦しい空気のせいか、尻尾を振る気力すら失っていた。
「書記官がミスをした」
キーラの声が沈黙を破った。
「能力の問題じゃない。感情が判断を鈍らせた」
指先が一枚のメモの上で止まった。
学院が襲撃された日付と、今回セラフィーナが姿を消した日付。
二つの間には、わずか一ヶ月しかなかった。
「学院の件を、書記官は口にしていないけれど、心の中では自分の責任だと思っている。優しい人ほど、いちばん自分を責める」
キーラは顔を上げた。
前髪の奥の目が、薄明かりの中で鋭く光っていた。
「そういう状態で動けば、注意が散漫になる。判断力が落ちる。だから今回、一歩読み切れなかった。セラフィーナを絶対安全な場所まで送り届けなかった」
フェンリアの耳がぴんと跳ね上がった。
「アタシもそう思うッス!」
力強い相槌だったが、明らかに脳は何も思考していなかった。
ルミナは黙っていた。
窓際の席に座って、両手を重ねてテーブルに置き、指先で自分の手の甲を軽く叩いていた。
その静かさにフェンリアはちらりと目をやって、それきり口を閉じた。
矢継ぎ早に分析を捲り立てていたキーラも口を閉じ、待った。
ルミナの視線はテーブルのメモに落ちていたが、どの一行にも焦点が合っていなかった。
別のことを考えていた。
ずっと昔のことを。
――数年前――
あの頃、三人はまだ十五歳だった。
北の辺境から一路引き返して、山を二つ越え、町を三つ抜けて、ようやくあの古い家に戻ってきた。
扉を押し開けると、埃が夕日の中でゆっくり舞い上がった。
テーブルも椅子も、そのままだった。
窓台には枯れた鉢植えだけが残っていた。
空気に竈の煙の匂いはなく、話し声もなかった。
上も下も、ルミナは部屋を一つひとつ確かめた。
タンスの衣類が半分以上なくなっていた。
寝台はきれいに整えられていた。
隅のおもちゃ箱は蓋が半開きで、中身が少し減っていた。
台所の乾燥食品と調味料は持ち出されていたが、鍋も椀も一つも欠けていなかった。
計画された転居だった。
突然の逃避行ではなかった。
ルミナは入り口のところで長い時間立っていた。
フェンリアが床に蹲って自分の尻尾の毛を引っ張り始めるくらい、長く。
キーラが部屋の埃を全部研究し尽くすくらい、長く。
「いつ出て行ったんだろう」
キーラが聞いた。
ルミナは指先で窓台の縁を一拭きした。
積もった埃の厚さから、二年以上、三年未満と分かった。
「三十ヶ月前後」
そう言った。
そして一つの問いを考え始めた。
あのとき、三人がこの家を出た理由は修行の旅だった。
戻ってきたとき、二人はいなかった。
ルミナの疑問は単純だった。
魔女様と書記官はなぜ去ったのか。
何らかの災厄がこの家に留まることを不可能にしたのなら、その災厄はどこへ行ったのか。
三人は外で二、三年転々として、無事に帰ってきて、無事に扉を開けた。
家の中に戦闘の痕跡はなかった。
爪痕も焦げ跡もない。
庭の物干し竿まで、以前と同じ場所に立っていた。
出発前、書記官はこう言うだけだった。
強大な災厄がいるから、自分と魔女様はここで鎮圧しなければならない、と。
でも帰ってきたとき、二人は去っていた。
それは、災厄がもう存在しないということだった。
その疑問は、何年も心の底に沈んでいた。
学院が襲撃されたあの日まで。
あの日、ルミナは教学棟の屋根に立って、書記官の口から直接聞いた。
「すべて計画通り」「すでに解決した」と。
それから魔女様が言った言葉も。
書記官はずっと前から学院長に目をつけていた、と。
もっと前から気づいていた。
もっと前から潜り込み、準備を整えていた。
あのとき、ルミナはそこまで考える余裕がなかった。
でも後になって、長年沈んでいた疑問が浮かび上がってきたとき、頭の中で時系列を繋ぎ合わせた。
三人がこの家を出た。
その後、魔女様と書記官も去った。
前後の間隔は、窓枠に積もった埃の厚さから逆算すると——およそ三ヶ月。
三ヶ月。
災厄が解決できなかったのではない。
三人がいる間は、解決できなかったのだ。
動けば、勇者級と魔王級の激突になる。
そのクラスの衝突が起こせば、余波だけで山一つが消し飛ぶ。
子どもが三人、立っていることもできない。
魔女様は三人を修行へ送り出した。
三人がいなくなってから災厄を片づけ、
すべてが終わったあと、書記官とともに旅立った。
ルミナはそこまで考えて、表情を変えなかった。
ただ、指先を窓台から引いて、掌の中に握り込んだ。
この結論を、キーラにもフェンリアにも話したことはなかった。
差がありすぎるのだ。
輝光級——今の三人を合わせても、ようやく山銅級の手前だった。
星辰級ですら遠い。
輝光級など、別の話だった。
話せば、自分たちには何もできない、と感じさせるだけだ。
「役に立てない」という感覚は、フェンリアにとって殴られるより辛く、キーラにとって計算を間違えるより苦しいことだった。
だからルミナはずっと黙っていた。
「ルミナ姉さん?」
フェンリアの声が回想を引き戻した。
ルミナが目を上げると、二人ともこちらを見ていた。
キーラの指はメモの縁で止まっていた。
フェンリアの尻尾が空中で固まっていた。
ルミナはもう一つのことを思い出した。
修行の旅の三年目に起きたことだった。
あの日、三人は王国北部のある町を通りかかった。
町に学院があった。
キーラが中を見たいと言い、フェンリアも見学したがった。
三人で塀を越えて教学棟に忍び込み、裏口の廊下から魔力理論の授業を立ち聞きした。
内容は三人が暗記するほど知っていることばかりだった。
信じられなくて、今度は上級学院の校区に忍び込んで、別の授業に紛れ込んだ。
それも魔女様に教わった基礎知識だった。
その夜、三人は野外に泊まった。
篝火を囲んで、フェンリアが膝を抱えてぼそりと言った。
「学院って、役に立たないことばかり教えてるんだね」
キーラはめずらしく長広舌を振るわなかった。
火を突きながら、しばらくしてようやく口を開いた。
「学院で教えてることは、魔女様も教えてくれた。教えてないことも、教えてくれた」
ルミナは討論に加わらなかった。
篝火の傍らに座って、別のことを考えていた。
魔力理論と実戦戦術は魔女様が教えてくれた。
でも世界史は?
どの本にも載っていない古帝国の興亡や英雄の事績は?
教団の腐敗や、商業帝国の版図は?
それは書記官が教えてくれた。
はっきり覚えている。
書記官が教えるとき、手元の教材は自分の手書きだった。
字は曲がりくねっていたが、内容はどの学院の図書館にも見当たらなかった。
史書に残っていない歴史。
教科書が書けない真実。
学院で学べることは、すでに魔女様から教わっていた。
そして学院では決して学べないことを、書記官は教えてくれた。
「魔女様と書記官が教えてくれたこと、覚えてる?」
ルミナは回想から戻って、ふいに言った。
フェンリアが勢いよく頭を上げて、瞬きした。
「アタシはもちろん覚えてるッス!」
それから指先をルミナに向けた。
「アタシもそう思うッス!」
キーラが横で目を丸くした。
「まだ何も言ってないじゃないの」
「ルミナ姉さんが何を言おうとしてるか分かる」
三人は目を見合わせて、微笑んだ。
空気が少し軽くなった。
「これからどうする?」キーラが聞いた。「騎士団本部に書記官を助けに行く?」
フェンリアの耳が真っすぐ立った。「あたしは行ってもいいと思う」
ルミナは両手を重ね直して、指先が一定のリズムで手の甲を叩いた。
「書記官が出たければ」
彼女は口を開いた。
冷静で、平坦な声で。
「ご自身でお出になられます。お出にならないのであれば、私共は不要だということでございます」
キーラが瞬きした。
フェンリアが一秒考えて、頷いた。
「そうだね。アタシもそう思うッス!」
「すべて、書記官の計画の内にございます」
ルミナはそう言って、少し間を置いた。
テーブルのメモを見た。
視線がセラフィーナの名前の上に止まった。
「だから」
目を上げた。
「ゆえに。すべては書記官の計算通りでございます」
キーラが追いつかなかった。
「わざと、何を?」
「相手が動くための時間を十分間、わざと与えられたのでございます」
ルミナの指が手の甲の上で止まった。
「セラフィーナをわざとああさせた」
フェンリアの尻尾が止まった。
キーラの目が一瞬細くなった。
「書記官はセラフィーナが誘拐されることを知っていた。駅まで送って、家から十分の距離で別れたのは、見落としじゃない」
ルミナは淡々と続けた。
「絶対に安全に帰宅させるつもりなら、玄関まで送る。そうしなかった。玄関まで送れば、相手は動けない。だから、送らなかった」
「ちょ、ちょっと待って」
キーラが前髪を押さえた。
言葉が追いつかなくなってきた声で言った。
「じゃあ書記官は、セラフィーナを囮に使ったってこと?」
「保護下の囮」
ルミナが訂正した。
「必ず後手を打ってある。教団には成功したと思わせて、その糸を辿って組織全体を引き出す。一網打尽にする」
部屋が、まるまる三秒静まり返った。
それからフェンリアがテーブルを叩いた。
「あたしもそう思ってた!」
キーラの指が顎の上で何周もして、目の中の光がどんどん強くなった。
「筋が通る。私が教団だったとしても、成功したと思うはずだった。学院の件もそうだった——オスヴァルトを直接告発することもできたのに、潜入を選んだのは、その方が証拠と名簿をもっと揃えられるから。今回も同じ。誘拐を阻止すれば、教団は別の手を打ってくる。受け身で防ぐより、一度さらわせてから辿った方がいい。さすが書記官」
言い終わるころには、声の中に慣れ親しんだ尊敬の色が混ざっていた。
ルミナはキーラが言い終わるのを待って、続けた。
「騎士団に連行されて取り調べを受けている件だけど」
指先がテーブルの天板を一度だけ軽く叩いた。
「騎士団の中にも、教団に堕ちた者がいると思う」
キーラの瞳孔が小さくなった。
フェンリアの尻尾の毛が一瞬逆立った。
「騎士団って」キーラが声を落とした。「王国騎士団? そこまで大胆に?」
「書記官は騎士団に連れていかれた。騎士団が完全に白なら、取り調べの流れがあんなふうにはならない」
ルミナの声は変わらず平坦だった。
「書記官が中に留まっているのも、観察のためだと思う。誰が動くか。誰が焦って書記官に嫌疑を押しつけようとするか」
「だから出てこない」キーラが手の中のメモを握りしめた。「できないんじゃなくて、したくない」
フェンリアの牙が見え始めた。「あいつら——」
「フェンリア」
ルミナがちらりと見た。
フェンリアは半分だけ牙を引っ込めた。
でも尻尾は背後でパチパチと音を立てながら揺れ続けた。
「じゃあ私たちは今、何をすればいい?」キーラがメモをテーブルに戻して、両手をテーブルの縁に突いた。「待つだけはさすがにできない」
ルミナは重ねた両手の上に顎を乗せた。
その姿勢のまま、しばらくいた。
窓の外を鳥の群れが飛び過ぎて、影が窓のカーテンを掠めて、テーブルの面を一瞬よぎって消えた。
廊下の外から細かな話し声が聞こえた。
魔法少女旅団のメンバーが控えの間で待っていた。
声を押し殺した会話の中に、「ルミナ姉さんたち、まだ作戦会議中?」と聞いている者がいた。
常に頼ってはいけない。
その言葉がルミナの頭の中を巡っていた。
「セラフィーナを見つける」
キーラが手を挙げた。
授業中に質問するような仕草で。
「なんで直接書記官に聞かないの?」
ルミナは目を上げた。
キーラを見る目に、責める色も苛立つ色もなかった。
「書記官はまだ騎士団本部で動いている。私たちは——」
少し間を置いて、言葉に重みを乗せた。
「常に頼ってはいけない。書記官に追いつく努力も、しないといけない」
この言葉が着地したとき、フェンリアの尻尾が止まった。
それから猛烈に揺れ始めた。
「分かった!」
椅子から弾き上がって、拳を掌に打ちつけた。
乾いた音が鳴った。
「その捕まったお嬢様を見つけ出すッス! 書記官に私たちだって一人でやれるって見せてやる!」
キーラも立ち上がっていた。
体の横に垂らした手が拳になっていた。
手の甲の静脈が浮き上がるほど握っていた。
何も言わなかった。
ただ前髪を一度押さえて、ドアの方へ向かった。
「キーラ」
ルミナが呼んだ。
キーラが振り返った。
「先に控えの間に行って」
ルミナは立ち上がり、見えない埃を払うように上着の裾を軽く整えた。
「全員に任務を伝える」
ドアへ向かう足取りは速くなかった。
フェンリアがその後ろについて、耳を高く立てて、尻尾をびゅんびゅん鳴らしながらついてきた。
扉が開いた瞬間、控えの間のすべての声が止まった。
二十人余りの少女が一斉にこちらを向いた。
背筋を伸ばして立っている者もいれば、まだ飲みかけのコップを手に握りしめている者もいて、窓台から飛び降りた者もいた。
年齢も種族もばらばらだった。
でも全員の目が同じだった。
命令を待つ目だった。
ルミナは入り口に立って、部屋を一通り見た。
「皆さん。今この瞬間から、すべての外勤任務を中断します」
誰も理由を聞かなかった。
「目標は一つ。王都内および周辺で、教団が人質を拘束している可能性のある場所をすべて特定する。廃棄された地下牢、地下倉庫、民間施設に偽装した建物——一ヶ所も漏らさず」
冷静な陳述だった。
でもフェンリアが後ろで牙を剥いた。
「聞こえた?」
フェンリアの声が室内のすべての音を塗り潰した。
「その攫われたツイてない奴を探し出すッス!」
控えの間が一気に弾けた。
「了解!」
「了解です、ルミナ姉さん!」
ルミナは少し顔を傾けて、窓の外を見た。
王都の屋根が午後の陽光の下に重なり合って広がっていた。
騎士団本部の塔の先は見えなかった。
セラフィーナがいる場所も、まだ分からなかった。
でも、それでいい。
ルミナは視線を戻して、キーラに手を伸ばした。
「地図」
【第七十話・終】
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