第六十七話:尋問
「何も話しません」──第一声で尋問官を硬直させたウリエル。しかし待っていたのは、まともな質問ではなく「白状しろ」とだけ繰り返す三時間の殴打だった。
騎士隊長はウリエルの話を聞き終えて、眉をわずかに寄せた。
数秒の沈黙があった。
ウリエルの顔を一瞬見てから、後ろのティアン、レオ、カイへ視線を流した。
それから傍らの副官へ顔を向けて、小声で何か指示した。
副官が早足で脇へ離れ、他の学生への聞き込みを始めた。
隊長が再びウリエルを見た。
今度は声の質が少し違った。
事務的な重さの下に、もう一枚、別の重さが敷かれていた。
「あなたが最後に接触した人物です。本部に同行して、捜査に協力していただく必要があります」
「協力」と言いながら、
実際には容疑者扱いだった。
背後の空気が変わった。
ウリエルは少し首を傾けて、目の端でティアンの顔を確認した。
表情はいつもと変わらなかった。
静かで穏やかな、銀髪のルームメイト。
でも目が変わっていた。
瞳の奥で、何かが冷えていた。
怒りより危険な種類の冷たさだった。
自分の子どもがいじめられているのを見たとき、お母さんが無言で立ち上がる前の静けさ、あの静けさだった。
このままだと王都の半分が吹き飛ぶ。
ウリエルは体の後ろに手を回して、彼女の袖口をそっと引いた。
小さな合図だった。
二人にしか意味の分からない仕草だった。
ティアンの睫毛が一度震えた。
瞳の奥の冷気が、指先一本でいったん止まった。
袖を離して、振り返り、レオとカイの肩をそれぞれ叩いた。
左右の肩を順番に叩いた。
軽くもなく重くもない力で。
「じゃあ、先に行っててください。遅刻しますよ。僕も後から行きますから」
コンビニに寄ってくる、くらいの口調だった。
レオが口を開きかけて、カイに肩を押さえられた。
カイは至って真面目な顔で言った。
「ノートは取っといてやるから、帰ってきたらジュース奢れよな」
それからレオを引きずって校門の中へ歩いていった。
レオは引きずられながら何度も振り返り、口だけ動かしていた。
「説明しろよ」という口の形だった。
ティアンはウリエルを見て、校舎を見て、もう一度ウリエルを見た。
視線だけウリエルに残したまま、足は校舎の方へ向かっていった。
ウリエルは騎士団隊長の後ろに続いた。
背後に完全武装の騎士が二人ついた。
朝の陽光が背中に当たっていたが、温かさは感じなかった。
傍から見れば、肩を落として歩いているようにしか見えなかった。
実際には、授業中にノートを取る速度をはるかに超えて、頭が回っていた。
尋問にどう対応するか。
プランA:全部話す。
ミルクティー屋台から電車まで、偽彼氏契約から五百ゴールドまで、全部洗いざらい。
問題がある。
騎士団が必ずしも安全な組織とは限らない。
学院が呪縛教団に浸透されて、学院長すら教団の中間幹部だった。
あれだけ大きな騎士団に、教団の構成員が一人もいないという保証はない。
話した情報がそのまま教団に流れれば、セラフィーナの弱点も、従姉の情報も、誘拐された場所に繋がる手がかりも、全部教団に渡る。
そのうえ、自分が協力者として疑われかねない。
駄目だ。
プランB:何も話さない。
これも無理だ。
普通の学生が騎士団本部に連行されて一言も喋らなければ、逆に「よほどの背景がある」と疑われる。
もう一つ問題がある。
ルミナが持ってきた情報のことだ。
呪縛教団の標的がセラフィーナだという情報は、魔女旅団の独自ルートで得たものだ。
情報源を明かすことはできない。
旅団の存在を漏らすこともできない。
これは絶対に口に出してはいけない。
三つの選択肢を頭の中で転がしながら、一つだけ生き残る道が見えた。
——そうだ。こうすればいい。
(クックックッ。ここは徹底的に無能なフリをして、後で痛い目を見せてやるか)
(まずは強気に通す。何も言わない。殴られたら、折れるふりをする)
話す内容は全部、ミルクティーを飲んで、
アイスを食べて、
電車に乗って、
停留所で別れた。
向こうが目を丸くするくらい普通の話を、絞り出すように喋る。
役に立たない学生に見えて、「最後に接触した人物」として出すべき情報はきっちり出す。
これで隠れた身分を疑われる心配もなく、金銭契約の話が掘り起こされる心配もない。
騎士団本部は薄汚れたグレーの建物だった。
入口の石段は無数の軍靴に磨き上げられて、つやが出ていた。
ウリエルは尋問前の小部屋に通された。
宿の部屋より狭かった。
テーブルが一つ、椅子が三つ、壁は単調なグレーがかった白、唯一の小窓には鉄格子があった。
テーブルを挟んで向かいに二人座った。
一人が主尋問官らしく、まるで一週間前の残飯を食わされたかのような、見事な仏頂面をしていた。
もう一人が紙とペンを持って記録担当だった。
部屋にはかすかにかびの匂いがした。
天井の魔光石灯がぼんやりと光を放っていた。
主尋問官がファイルを開いて、咳払いをした。
顔を上げて、最初の質問を口にしようとした。
「何も話しません」
主尋問官の口が半開きになった。
喉まで来ていた最初の質問が、そのまま引っ込んだ。
主尋問官は口を半開きにしたまま隣を見た。
記録員も同じ顔で見返してくる。
部屋の中が静かになって、魔光石灯の細かいうなり音が聞こえるほどだった。
「あの——まだ何も聞いてないんですが」
記録員が先に反応して、そっとペンをテーブルに置いた。
主尋問官は頭をかいた。
何度もかいた。
それから記録員の耳元に顔を寄せて、何か小声でやり取りした。
声は聞こえなかったが、多分こんな話だろう。
「どうする、いきなりそれ言われても、まだ何も聞いてないのに」
「ひとまず殴るか?」
「まずいだろ。こいつ、セラフィーナの彼氏だぞ。あのエステラの従妹じゃないか」
「あの、エステラ?」
「そう、王国最強の冒険者にして、勇者候補。今日王都に来るって話だぞ」
「じゃあどうすんだ」
沈黙が続いた。
主尋問官の顔が何度か変わった。
難しい択を迫られている顔だった。
こいつが本当にセラフィーナの彼氏なら、エステラの従妹婿にあたる。
従妹婿を痛めつけたらエステラが来たときどう説明する。
かといって何も引き出せなければ、騎士団として伯爵令嬢の失踪案を処理できない。
騎士団長が怒ったときも笑い事ではない。
主尋問官は折衷案を出した。
「尋問室に回せ。ルイスとジャックに任せよう」
尋問室は小部屋より暗かった。
窓が一つもなかった。
天井から吊り灯が一つぶら下がって、揺れるたびに人影が大きくなったり小さくなったりした。
若い尋問官が二人、ウリエルの前に立っていた。
一人はゴリラのように筋骨隆々な大男で、訓練場から直接引っ張ってきたような雰囲気だった。
もう一人は細長い体格で、本来は文官だが急遽駆り出された感じだった。
扉が閉まって、二人が始めた。
がっしりした方が先に動いた。
ウリエルの腹に拳を一発入れた。
力は十分あったが、ウリエルは事前に腹筋に力を入れていたので、枕で叩かれた程度の感触だった。
ウリエルはそれに合わせて前に折れ、「アッー!」というやたらと野太い悲鳴を上げた。
細長い方がすかさず肘をウリエルの背中に落とした。
ウリエルはもう一度叫んだ。
「白状しろ! 白状しろ!?」
拳が雨のように降ってきた。
ウリエルは殴られながら、昨日注文した魔女用の剣の鍔をもう少し狭くすべきか考えていた。
広すぎると抜剣の速度に影響が出るかもしれない。
頭の中は上の空だったが、口先だけの演技には一切手を抜かなかった。
三発か五発に一度、これ以上ないほど悲壮な叫び声を上げた。
痛みはほとんどなかった、演技には本気を出した。
そのまま、三時間が経った。
三時間、二人の尋問官が交代しながら、殴り、蹴り、テーブルを叩き、「白状しろ」と怒鳴り続けた。
しかし最初から最後まで、具体的な質問は一度もなかった。
「白状しろ」という三語だけが繰り返された。
まるでその三語が万能の呪文で、十分な回数唱えれば自動的に真実が出てくると信じているかのようだった。
三時間後、二人の若い尋問官は完全に出し尽くされていた。
ルイスが壁に背中をつけて肩で息をしていた。
汗が滝のように流れていた。
ジャックが両手でテーブルを支えていた。
制服のシャツの脇の下に、大きな汗染みができていた。
がっしりしたルイスが最後の力を振り絞って、もう一発入れた。
「白状しろ——! 白状しろ!?」
ウリエルは顔を上げた。
口の端に少し血がついていた。
さっき自分で噛んで出したものだ。
髪が乱れていた。
制服に拳の跡と靴の跡がついていた。
表情は妙に落ち着いていた。
心から不思議そうな顔だった。
「聞かないと何も話せないんですけど。何を聞きたいんですか」
がっしりした方が止まった。
宙に浮いた拳が止まった。
口をぽかんと開けた。
全身がスロー再生になった。
ゆっくり横を向いて、細長い方を見た。
「お前、聞かなかったのか?」
細長い方も止まった。
記録帳がパタンとテーブルに落ちた。
「お前が聞いてると思ってたわ」
「俺はずっと『白状しろ』って聞いてたんだぞ。具体的な質問はお前が補足するもんじゃないのか」
「分担の話だろ。実際に動くときはどっちが口を挟んでもいいだろ」
「俺が『白状しろ』と言った後に続けて具体的に聞けばよかっただろ」
「お前が具体的な質問まで担当してると思ってたから黙って記録してたんだよ」
二人はウリエルの目の前で互いに押しつけ合いながら、声がだんだん大きくなっていった。
ウリエルは二人を眺めながら、騎士団の研修プログラムは、根本から見直した方がいいんじゃないかと本気で呆れた。
廊下の奥から足音が近づいてきた。
軍靴が石畳を踏む音だった。
拍子が完璧に安定していた。
四分の二拍子で、一歩たりともズレなかった。
その足音は廊下の端から一定のペースで近づいて、尋問室の扉の前でわずかに止まった。
それから、扉越しに女の声が聞こえてきた。
特別な抑揚があるわけではない、普通の声だった。
でも意外なほど壁を通した。
扉一枚隔てた尋問中の二人が、思わず言い合いを止めるくらいには。
「中で誰を尋問してる?」
もう一つの声が、恭しく答えた。
「セラフィーナ様の——その——彼氏です。疑いがあって」
扉の外が少し静かになった。
それから、時計のように正確な軍靴の音が再び響き始めた。
今度は一秒の迷いもなかった。
冷たい嵐を纏って、廊下の奥、最高権力が座する騎士団長室の方向へ、まっすぐ向かっていった。
【第六十七話・終】
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