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第六十五話:真相

すべては、距離感の壊れた天才の従姉と、清秀すぎる顔の男の子への恐怖——つまり、超弩級の勘違いだった。オズワルドの壮大な計画をバタフライエフェクトで粉砕した真のMVPは、会ったこともないレズビアンのお姉さん。合掌。

車内に静寂が落ちた。


ウリエルはそのまま固まった。


今聞いたことを頭の中で整理した。聞き間違えじゃない。一言一言、何度も何度も反芻した。それでも出てきた答えは同じだった。


目の前の景色をぼんやり見つめたまま、しばらく動けなかった。


セラフィーナは背もたれに体を預けた。


目の光が消えて、静かな薄灰色に戻った。


「あの人はいつも絡んでくるし、話を聞かないし。どうしようもないんですよ」


棒読みと大差のない声だった。


他人事の報告書を読み上げているような、そういう声だった。


「こんな世界、滅んでしまえばいいと思うことがあります」


言い切って、二秒黙った。


その二秒の間、車両はガタンガタンとカーブを揺れながら抜けて、窓の外の街灯が彼女の顔の上で何度も明暗を繰り返した。


ウリエルは重たくうなずいた。


薄れかけた前世の記憶が少しだけ蘇った。


毎日残業で土日も出勤していたあの頃のこと。


(わかる)


(めちゃくちゃわかる)


「だから、同性に馴れ馴れしくされると、安全な距離を取るか、反射的に逃げ出してしまうんです」


ウリエルは「うん」とだけ返して、それ以上は何も言わなかった。


肩がわずかに沈んだ。


何かに憑りつかれたように追い求め、奔走する人間を、彼は何人も見てきたからだ。


ルミナたちは魔女への信仰を追いかけて三年を費やした。


オズワルドは秘薬を追いかけて自分を追い詰めて死んだ。


セラフィーナも逃げている。


永遠に振り切れない従姉から、ずっと逃げ続けている。


「ちょっと厄介なことがあって」


セラフィーナは視線を窓の外から引き戻し、車内の前方の一点に落とした。


両手を膝の上で重ねた、品のある座り姿だった。


姿勢と口から出てくる言葉が、見事にかみ合っていなかった。


「女の子みたいに見える男性にも、同じ反応が出てしまうんです」


それから、一言付け加えた。


「たとえば、あなたのルームメイトとか」


ウリエルは首の骨がゴキッと鳴るほどの勢いで振り返った。ポカンと口を半開きにし、目は普段の倍くらい見開かれている。


頭の中が猛スピードで逆再生を始めた。


ティアンがセラフィーナに告白しに行ったとき、彼女の反応は冷や汗と「眠くなりました」の一言だった。


あのとき、「眠くなりました」という断り方が奇妙すぎると思っていた。


今、謎が解けた。


あれは嫌悪じゃなかった。


逃走だった。




セラフィーナの目に光が戻った。


礼儀正しい微笑みは戻ってこなかったが、さっきより表情が少し緩んでいた。


重い話題の中に、やっと一つ、息を抜ける足場を見つけたような顔だった。


「まあ、それもあって、告白は受けたんですけどね」


彼女はウリエルの方へ顔を向けた。


打算のない、淡々とした正直さが目の中にあった。


「あと、学院が襲われた日に休んだのも、実は同じ理由で。翌日またあの人が来るかもしれないと思って、思い切って休んでしまいました」




ウリエルの心中を、一万頭のアルパカが猛スピードで駆け抜けていった。


彼がこれまで丹念に築き上げてきた陰謀論を粉々に踏み砕き、その脳内妄想の廃墟の上で『江南スタイル』を踊り狂っているかのようだった


これまで積み上げてきた陰謀論が、音を立てて崩れ落ちた。


セラフィーナが自分の正体を探っていると思っていた。


ティアンの素性を調べ上げていると思っていた。


一手一手を読んで、大きな盤面を動かしていると思っていた。


その実態は——清秀な顔をした男の子が翌日また告白しに来るのが怖くて、休んだだけだった。


あの日、屋上で千字近くのシナリオを書き上げた。


母親が対空砲で蚊を撃ち落とすようなオーバーキルぶりで黒衣の集団を処理するのを見届け。


ルミナたちが壁をよじ登って駆けつけた。


全部が完璧に噛み合って、シナリオ通りに動いた。


その起点にあったのは——レズビアンの従姉と、清秀すぎる顔。


ウリエルはゆっくりと手を上げて、顔を覆った。

手越しに、こもった息を一つ吐いた。


それから手を下げて、深く息を吸った。


(学院長も知ったら絶句するだろうな)


いや、知らない。


死ぬまで知らなかった。


あの中年男は一ヶ月かけて仕込んだ計画を、一度も会ったことのないレズの従姉にバタフライエフェクトで粉砕された。


生きていたとしても、二度死ぬほど腹が立っただろう。


(まあ、もう死んでるけど)


合掌。




「その従姉が近々会いに来るみたいで」


セラフィーナの声が、故オズワルドへの黙祷を終わらせた。


彼女は立ち上がり、スカートの裾を軽く整えた。


電車が減速していた。


窓の外にホームがゆっくりと滑り込んできた。


「だから、よろしくお願いしますね。彼氏役さん」


ウリエルは返す言葉を失った。


ただ立ち上がり、無意識に前の座席の背もたれを掴んだ。


セラフィーナはその動作を見て、承諾と受け取った。




ホームに降りると、ウリエルは左右を見回した。


商業街よりずっと静かな通りだった。


石畳の舗装が整然としていた。


街路樹は定規で測ったように刈り揃えられていた。


両側に一軒ずつ独立した邸宅が並んでいて、それぞれの前に小さな庭があった。


アイアンフェンスに蔓薔薇とアイビーが絡んで、今ちょうど花盛りだった。


「ここ、一体どの辺りですか?」


「高級住宅街です。うちはこっちで」


ウリエルは頭の中で家賃換算をした。


自分が払っている月五百ゴールドの宿代と比べると、この辺のポーチ一つ分ですら、飲まず食わずで何年働けばいいのか見当もつかない。


計算を頭から追い払った。


「せっかくですし、家まで送りますよ。もう遅いですし」


「送ってもらったら、礼儀上ご飯を食べて行ってもらうことになりますよね。そうするとそのまま泊まっていただくことになるかもしれないし。十分もかからない距離ですから、大丈夫です」


ウリエルが「泊まっていただく」の部分が貴族の社交辞令なのか、それとも従姉が既に家にいるための警戒なのかを考えはじめた瞬間、セラフィーナの追撃が来た。


「あ、そうそう。ここから宿まで、すごく遠いですよ。完全に逆方向で」


ウリエルのこめかみがずきりとした。


(なんで連れてきたんだ)


文句を言おうとした瞬間、手に何かが押し込まれた。


紙の切符だった。


彼女の指先の温もりが、わずかに残っていた。


「切符を二枚買ったのは、帰りに使ってもらうためです」


「あなたの分は?」


「ICカードがあります」


この女、最初から全部計算していた。


ミルクティーの屋台から今この瞬間まで、一手の無駄もなかった。


電車でここまで連れてきて、道を覚えさせて、帰りの切符を渡して、自分はICカードで帰る。


公共交通の切符まで計画の中に入っていた。


(この人……恐ろしい子)


ウリエルは切符をポケットに突っ込んで、軽く手を振った。


ホームの方へ向きかけて、ふと足を止めた。


「あ」


セラフィーナは数歩歩いていたが、声を聞いて止まり、横を向いた。


「気をつけて帰ってね」


言ってすぐ振り向き、さっさと歩き出した。


制服の袖が夜風の中で二度揺れた。




帰りの電車を降りたら、商業街はまだ動いていた。


仕立て屋も開いていた。


鍛冶屋で剣を注文したとき、ちらりと覗いた隣の店だ。


看板に「各種服飾仕立て承ります」とあって、ショーウィンドウに数種類の礼服と普段着が飾ってあった。


聖剣の魔女、正式版衣装。


今夜中に片付ける。


黒と白を基調に、金縁取り、飾緒、ゴシック式のマントコート。


店主に一通り説明し終えたとき、「こういった意匠は珍しいですが、なかなか素敵ですね」と言われた。


五日後に受け取りの約束をした。


宿に戻ったとき、食堂にはすでに夜食が並んでいた。

ウリエルは小脇に、クラフト紙で厳重に包まれた細長い包みを抱えていた。中身はさっき仕立て屋から受け取ってきた服——といっても、ショーウィンドウに飾られていたスカートが妙にしっくりきたので、とりあえずそれだけ現物を買って帰ってきたのだ。

彼はその包みを抱えたまま、部屋の扉を押し開けた。


暖かい空気と食べ物の匂いが一緒に飛び込んできた。


部屋の中に、二人いた。


ティアンがベッドの端に腰かけていた。


部屋の中でのいつもの格好に戻っていた。


手に小皿を一枚持っていて、テーブルには七、八種類の料理が並んでいた。


どれも盛り付けがきっちりしていた。


仔羊の丸蒸しに、フェニックスのロースト、雷狼のテールシチュー、さらにはドラゴン卵のオムレツといった、ロースト野菜、さらに湯気を立てるニンジンとシログワイの特製スープまで。


一品一品、丁寧に選んで持ってきたのが見てわかった。


もう一人は、隣の椅子に座っていた。


緑色のショートヘア。


髪の間からエルフ特有の尖った耳がのぞいていた。


アイスブルーの瞳が、扉が開いた瞬間にまっすぐウリエルを捉えた。


ルミナはすぐに立ち上がった。


片手を胸に当て、背筋を伸ばし、軽く礼をした。


「書記官」


ウリエルは脇の紙袋を自分のベッドに放り投げて、軽くうなずいた。


まだ口を開く前に、ティアンがトレイを持って立ち上がった。


「ウリちゃぁん、お腹空いたでしょぉ。ママがご飯取ってきてあげたよぉ、ぜぇんぶウリちゃんの好きなものばかりだよぉ」


トレイをテーブルに置いて、箸とスプーンを丁寧に並べた。


メンチカツが照明を受けてつやつやと光っていた。


ウリエルは皿を一通り見回した。


メンチカツが三枚。


マッシュポテトは山になるほど盛ってある。


野菜のローストは柔らかそうな部分だけ選んで盛ってある。


「ルミナも食べる?」


椅子を引いて腰を下ろし、箸を取った。


ルミナは首を横に振った。


「すでに済ませております。今夜参りましたのは、重要なご報告があるためでございます。魔女様にはすでにお伝えしております」


ウリエルはメンチカツを一枚つまみかけた。


箸が止まった。


ティアンの方を見た。


ティアンはスープをこちら側に押し寄せていたが、視線に気づいて顔を上げ、ぱちぱちと目を瞬いた。


「まずご飯食べて」


いつもと同じ、柔らかい声だった。


でもウリエルにはわかった。


もう聞いている。


それでも飯を先に食わせようとしている。


メンチカツを口に押し込み、二口噛んで、ルミナに顎をしゃくった。


「もう一回話して」


ルミナは姿勢をわずかに正した。


腰に手を当てて、背を崩さなかった。


「呪縛教団が再び活動の痕跡を残しています」


「場所は?」


「王都です。第四学院のすぐ近く」


ウリエルの箸がピタッと止まり、挟もうとしていた次のメンチカツが落ちそうになった。


次の言葉を待った。


その言葉は、予想より重かった。


「調査と推測によれば——」


ルミナの視線がウリエルと合った。


「標的はほぼ間違いなく、セラフィーナ・ヴァルドリッチです」




【第六十五話・終】

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