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第五十七話:恋愛の匂い

わざと無礼を働き、嫌われるはずが、セラフィーナはまるで柳に風。むしろ午後の格闘授業への同伴まで申し出てきた。背中合わせの準備運動で感じる、彼女の温もりと微かな紅茶の香り。完璧なモブ計画は音を立てて崩れ、ウリエルの平穏な日常はかつてない危機を迎える。

「こちらに座っても、よろしいでしょうか」


ウリエルが口を開く前に、レオがスイッチを押されたように跳び上がった。


椅子がひっくり返りそうになった。


「もちろん! どうぞどうぞどうぞどうぞ!」


声が一オクターブ跳ね上がった。


そのまま横にずれて、ウリエルの隣のスペースを大きく空けた。


カイも同じタイミングで、いかにも自然な動作を装いながら食器をそっと端に寄せた。


ウリエルは横を向いた。


隣でずっと黙々と食べていたティアンを見た。


ティアンは茶碗を持ったまま、箸で挟んだ角煮を宙に浮かせていた。


半分も口に運んでいない。視線はすでに食事には向けられていなかった。


セラフィーナを、頭の先から爪先まで、また爪先から頭の先まで、静かに、隅々までじっくり眺めていた。


そして、ふわりと頷いた。


浅く、満足げに、微笑んだ。


(……あの笑顔だ)


ウリエルの胸の中で、何かがごとりと音を立てた。


この表情を見るのは何度目か。前回お母さんがこの顔をしたのは、フェンリアの頭を撫で続けたら尻尾がプロペラみたいに回りだした時だった。


(あの目、完全に嫁をチェックする姑のやつだろ)




セラフィーナは礼を言って席に着いた。


着くなり、ずっと少し後ろを歩いていた従者役の女子生徒がお盆を持ってさっさと近づいてきた。


艶やかな照り焼きのスペアリブが一皿、鮮やかな緑のニンニク炒めが一皿。


整然とセラフィーナの手元に並べられると、女子生徒は二歩下がって、でも離れずに脇に控えた。


ウリエルは二皿を眺め、それから自分の前の素朴な牛肉ラーメンを眺めた。


麺はまだ湯気が立っていて、パクチーが数枚浮いていて、牛肉は大きく切ってあって、味は悪くない。


しかし同じ卓に並んだとたん、階級差は一目でわかった。


このラーメン一杯と、あの数皿の料理の間に横たわる深い溝。それを世間では“伯爵家”と呼ぶのだろう。


(格差社会、リアルで体感するとは思わなかった)




ウリエルは箸を取り、余計なことを考えるのをやめた。


麺を一口分持ち上げて、口に運ぼうとしたとき。


視界の端から、何かが伸びてきた。


一膳の箸がスペアリブを一切れ挟み、ウリエルの丼の中に静かに置いた。


麺の上に乗せて、軽く押した。


スペアリブが麺の隙間に沈んでいく。


「どうぞ」


ウリエルは丼の中の、出所不明のスペアリブを見つめた。


対面の二人の視線が刃だったら、もう何度も死んでいる。


目の端でこちらを刺している。表情にはありありとこう書いてある。


「なんでこいつが」


レオの箸が指の間から滑り落ち、テーブルの上で二回跳ねた。


カイが手帳を握りしめ、ペン先が紙を貫通した。


羨望、嫉妬、そして憎悪。見事なトリプルコンボだ。

羨ましくて死にそうなのに、悔しくてハンカチを噛みちぎりそうな顔。もし視線で人が殺せるなら、ウリエルはすでに二度殺されている。

だがその直後には、死体に向かって土下座し「どうか師匠と呼ばせてください!」とすがりついてきそうな、そんな矛盾した感情が同居していた。


ウリエルは数秒迷った。


スペアリブは丼の中で罪もなく湯気を立てていた。


セラフィーナに視線を向けると、彼女は静かにスープを飲んでいた。


動作は優雅で、何事もなかったような顔をしている。


ウリエルは結局、箸で挟んで食べた。


旨かった。食堂のより一段上で、出汁がしっかりして、余計な味付けがない。


「おいしいですね」


セラフィーナが小椀を置き、口元がわずかに上がって、何か言おうとした。


その前に、ウリエルの箸が卓上の中心線を越えていた。


彼女の前のスペアリブの皿から、もう一切れ、自分の丼へ。


まるで自分の皿の料理を取るかのような、無遠慮な自然さで。




セラフィーナの言葉が唇のところで止まった。


箸が宙に浮いたまま、目の中にほんのかすかな驚きが走った。


でもすぐに消えた。


彼女は一度笑い、それからスペアリブの皿を静かにウリエルの方へ押し出した。


対面の二人の顎が、テーブルの下まで落ちそうになっていた。


レオがカイに向かって口だけで何かを言った。カイが同じく口だけで返した。


口の動きから判断するに、「何やってんだこいつ」と「わからんけどすごい」だった。


セラフィーナの後ろに控えていた女子生徒が目を丸くして、思わず半歩前に出た。


この極めて無礼な平民の振る舞いを大声で叱責しようとしたらしい。


しかしセラフィーナが一本の指を静かに持ち上げて、止めた。




ウリエルは二切れ目を口に入れながら、内心で悲鳴を上げていた。


(計算通りにいかない)


作戦はシンプルだった。


あえて非礼を犯し、セラフィーナを怒らせる。


貴族というのはテーブルマナーを最も重んじるはずだ。


目の前で皿から無断でおかずを奪えば、冷たくあしらわれるはずだった。


なのに彼女は冷たい顔をするどころか、皿ごと差し出してきた。


(なんで怒らないんだ。なんで怒らないんだよ)


視線をティアンへ移した。


ティアンは茶碗を持ってスープを飲んでいたが、目は茶碗の中にない。


セラフィーナに向いていた。


口元の弧が、もう隠せていない。


品定めしているようだった。


一目見るたびに、心の中でチェックを入れている。


礼儀正しい、チェック。


気遣いができる、チェック。


ウリちゃんにおかずを横取りされても怒らない、チェック、チェック。


満点。

満点の嫁だこれ。


(最悪だ。完璧にお義母さんの顔になってる)


ウリエルは絶望しながら視線を戻した。


(まずい。お母さんと同じ系統の人間かもしれない)


(こっちが逃げ道を用意すれば上品に歩いて渡り、面倒を押し付ければ見事に柳に風と受け流す。付け入る隙を一切与えてくれない)




まだその考えを消化しきれていないうちに、セラフィーナが箸を置いた。


ナプキンで口元をそっと押さえ、顔を上げた。


微笑みは穏やかで、整っていた。


「そういえば、午後の屋外授業ですけれど――格闘、剣術、魔法と、ご一緒にいかがかしら?」


食堂の喧騒が、まるでスイッチを切られたかのように遠くへ引っ込んだ。


レオとカイが同時に咀嚼を止めた。


まるで一時停止ボタンを押された二匹のプレーリードッグだった。


箸がカチンと丼の縁に当たった。


ウリエルの箸から麺が丼に落ちて、小さな油の花を咲かせた。




ウリエルは口に残った最後の麺を全部すすり込み、頬を膨らませて咀嚼しながら、ティアンへ助けを求める目線を投げた。


この目線には情報量が多かった。


お母さん助けて、シナリオと違う、断る口実を考えてくれ、全部込みの一瞥。


ティアンは茶碗を持ったまま、その目線を受け取った。


たぶん受け取り方が少し違ったのだろう。


目を三日月の形に曲げた。


それから茶碗を置いて、両手を膝に乗せ、ウリエルに向かって静かに頷いた。


頷くリズムが軽かった。


こくり、こくり、こくりと、三回頷いた。それぞれが「いっ・て・らっ・しゃい」の完璧な三拍子にハマっている。


さらに片手を持ち上げて、掌を外に向け、指先をセラフィーナの方へ向かってふわっと払った。


まるで巣から出たがらない小動物を優しく追い出すように。


行け行け。


ウリエルは目を閉じた。


抵抗を放棄した。




午後。格闘課外授業。


第四学院の訓練場は第一学院より一回り小さかった。


露天のグラウンドには砂が敷き詰めてあり、四方には防具架と武器架が並んでいる。


日差しが真上から降り注ぎ、砂がじりじりと熱を帯びていた。踏むたびに底から熱が伝わってくる。


踏むたびに足の裏がちくちくする。


学生たちがそこかしこで準備運動をしていて、何組かはすでに教官の笛のもとで基礎の対練を始めていた。


ウリエルは場の端に立ち、袖口を折り返していた。


存在感をこれまでで一番薄くしており、セラフィーナが彼を見つけられないまま別の相手を探してくれることに全力で賭けていた。


顔を上げると、セラフィーナはすでに目の前に立っていた。


手に防具セットを二組持ち、片方をウリエルの前に差し出した。


「準備運動、ご一緒にいかが?」


周囲でストレッチ中の男子生徒が何人か、一斉に振り向いた。


後頭部に「なんでこいつが」という視線が複数、同時に突き刺さった。




準備運動の中に、背中合わせで腕を組む伸展の項目があった。


背中を合わせて立ち、腕を絡め合い、交互に前傾して相手を背負い、腰と背中、肩関節を伸ばす動作だ。


動作そのものは何でもない。


全学年がやっている。


しかしセラフィーナと組んでやる感覚は、適当な同級生と組むのとは、全然違った。


薄い夏の運動服越しに、女子の背中の温度と柔らかさが、はっきりと伝わってきた。


ウリエルが前傾して力を込めると、セラフィーナが背負われて、足が地面から離れた。


軽かった。


しかし異性の温もりの重さは、ずっしりと背中に乗っていた。


高級紅茶と朝露が混ざったような、かすかな香りが、耳元を通り抜けて鼻に入ってきた。


この基礎的な伸展動作は、二つの人生合わせて数え切れないほどこなしてきた。


目を閉じていても最適な重心を見つけられる。


でも、セラフィーナの温かい吐息が後頭部のすぐ近くから聞こえてきたとき。


ウリエルは自分が息を止めていることに気づいた。


背中の筋肉が、石のように固まっていた。


彼は正面の教室棟の壁のある一点を強引に見つめ、注意を引き戻した。


伸展のカウントを無言で数えた。


大丈夫。


何もない。


普通の授業だ。




【第五十七話・終】

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