第五十五話:告白作戦
好きです、付き合ってください
「彼女に告白してきてよ。ちょうど九十人目だし」
レオの目玉が飛び出しそうになった。
口が開いて閉じて、閉じて開いて、何往復かしてからようやく声が戻ってきた。
「え?俺?ていうか、なんで九十人目にカウントされてんの?数合わせ要員扱いかよ!!」
脳内で二つの思考による熾烈なキャッチボールが始まった。
片手で自分の髪をわしづかみにして、もう一方の手でウリエルを指さして、顔の表情が「お前頭おかしいだろ」と「でもまあ、なくはないか」の間を猛スピードで行き来している。
「無理無理無理、急すぎる……って待って、何で俺が緊張してんだよ、俺様レオが振られるわけないだろ……いや違う違う、相手はセラフィーナだぞ、八十九人連続で返り討ちにしてきた相手だぞ……でも万が一ってのがあるだろ? もしかしたら俺が記録を打ち破る一人なんじゃ? そのとき彼女が俺の目を見て、ずっと待ってたのはこの人だって気づいて……」
カイが横でうんうんとうなずいていた。
顎に手を当てて、どこまでも澄み渡った、救いようのない阿呆の目つきに変わっていく。
「そうだな。じゃあ俺も告白しに行く。成功するかもしれないし」
ウリエルの表情に、ごく微細なひびが入った。
ちょっと待ってくれ。
さっきレッテル貼られた仕返しをしただけだ。
なんで二人とも行く流れになってるんだ。
レオがカイの肩をぐっと引き寄せた。
二人の目の中に、同じものが燃えていた。
それはたぶん、「八十九の失恋先輩たちが生んだ根拠のない自信」とでも名付けるべきものだった。
「相棒!作戦会議しようぜ!」
二人は肩を組んで寮の方向へ歩いていった。
木陰の下にウリエルだけが残されて、花壇から風に運ばれた葉っぱが足元でくるっと二回転した。
しばらく一人で風に打たれた。
それからぼんやりして、ウリエルはこの件を真面目に考え始めた。
普通の学生生活って、こういうものじゃないのか?
誰が誰に告白したと話題にして、野次馬に行ってはやし立てて、賭けに負けたら互いに厄介ごとを押しつける。
俺も告白、してみるべきか?
告白して、振られて、傷ついたふりをして、寮に帰る。
このプロセスを、普通の学生なら誰だって経験しているか、少なくとも身近で見ているはずだ。
あいつらが「女に興味のない変なやつ」と思い込んでいるなら、今のうちに一回告白しておけば、その不名誉なレッテルを剥がせる。
形式だけでいい。フラれて『いい人』の烙印を押されれば、それが「普通の男子高校生の履歴書」に新たな一行として加わるのだから。
今後また疑われたとき、堂々と言えるようになる。
「俺のどこがおかしいんだよ、告白だってしたことあるし」と。
これが青春だ。
目立たない、普通の学生がやるべきことだ。
そこまで考えたとき、別のことが頭に浮かんだ。
ティアンとセラフィーナ……二人は接触している。
あの襲撃があった日、セラフィーナはちょうど欠席していた。
欠席する前に、ティアンがクラスメートとして彼女に一言告げていた。
「学院長には気をつけて」と。
あのときは何気ない一言だと思っていたが、振り返ってみれば、あの忠告のタイミングは出来すぎている。
セラフィーナほど頭の回る人間が、何かに気づいていないはずがない。
ウリエルの眉がゆっくりと寄っていった。
まずい。
先手を打たないといけない。
セラフィーナが本当に疑っているかどうか、確かめる必要がある。
もし疑っているのなら、告白という口実でその注意を別の方向へと逸らせる。
疑っていないとしても、そのときの反応を観察できる。
それに、これは一人で行くべきじゃない。
ティアンを連れていく必要がある。
一つ目の理由は、ティアンこそが忠告した本人だから、直接顔を合わせることで相手の態度を確かめられる。
二つ目の理由は、ティアンにも告白させることで『男子生徒』という身分を補強できる――よし。
この「平凡な学生としての身分維持計画」、今すぐ動かさないといけない。
ウリエルは踵を返して、大股で旅館の方向へ歩き始めた。
頭の中では、今夜ティアンにどう切り出すかを考えていた。
旅館に戻ると、ティアンはベッドの端に腰かけて、どこから持ってきたのかわからない本を読んでいた。
表紙はド派手なピンクとゴールドで、タイトルが大仰な筆記体で書いてある。
『恋心の百通り告白術 ~好きな人を落とす甘い言葉集~』
真剣な顔で読んでいた。
眉が少しひそまっていて、唇が声を出さずに動いている。
重要な知識を暗記しているときの顔だ。
「母さん、ちょっと手伝ってほしいことがあって」
ティアンがぱたんと本を閉じて、顔を上げてまばたきした。
「いいよ~、何?」
ウリエルは向かいに座って、今日の考えをざっくり話した。
要点はこうだ。
普通の学生らしく見せるため、セラフィーナに告白する。
本気じゃない、ただの形式だ。
振られて『いい人止まり』の宣告をもらって終わり。
主な目的は、先日の件でセラフィーナが何か疑っているかどうかを確かめること。
ついでに自分の「背景のない学生」という立場を補強すること。
ティアンにも一緒に来てほしい。
一つは、告白という形で男子学生の身分を裏づけるため。
もう一つは、横でセラフィーナの反応を観察するため。
ティアンは聞き終えて、こくりとうなずいた。
それから手元の本を持ち上げて、あるページを開き、一段落を指さして、ふわふわした声でとんでもない質問をした。
「恋愛小説みたいに、相手の顎を持ち上げて『この女、どうしようもなく甘いな』って言えばいいの?」
ウリエルの拳が宙で止まった。
あやうく落としそうになった。
「何読んでんのそれ!!」
ド派手な本をティアンの手から引ったくって、表紙をひっくり返して見た。
口の端が引きつる。
どこの出版社がこんなものを出してるんだ、完全に有害図書じゃないか。
「普通に真面目な顔で『好きです、付き合ってください』って言えばいいから」
ティアンが首をかしげて、ベッドから立ち上がって、両手を前で重ねた。
そして正確に一字一句繰り返した。
「好きです、付き合ってください」
「そう、それ」
「でも、これだと失敗するんじゃない?」
困惑した顔で、さっきウリエルが取り上げた本の方向をちらっと見る。
「恋愛小説の中ではあのやり方でうまくいってたよ」
ウリエルは両手を伸ばして、ティアンの両頬をつかんで、そっと外側へ引っ張った。
金色の目がぱちくりした。
タコみたいに唇が尖って『うー』とくぐもった声を出した。
「フラれるのが目的なんだよ。あと、そういう安っぽい恋愛小説は全部デタラメだから、絶対に信じるな」
ティアンはほっぺたを挟まれたまま、もごもごと「んあ」と言った。
ウリエルが手を離すと、両頬にうっすら赤い指の跡が残った。
ティアンは手を当ててそっとなでた。
翌日、休み時間を狙って、二人作戦が始動した。
第四学院の教棟の廊下は休み時間になるとにぎやかになるが、メイン廊下を曲がった先の西棟の一角だけは、少し静かだった。
セラフィーナがよくこの時間帯にここへ呼び出されていた。
彼女が自分で選んだ場所ではない。
告白してくる相手たちが示し合わせたように選ぶ、相対的に人気の少ない角だ。
より改まって見せるためだろう。
今日も同じだった。
ウリエルとティアンが着いたとき、角の向こうに第四学院の男子学生が一人立っていた。
うつむいて、両手でズボンのわきをぎゅっと握りしめている。
耳が赤い。
セラフィーナが向かいに立っていた。
廊下の抜け風に髪がそっと揺れている。
いつもの礼儀正しい微笑みを浮かべて、唇が小さく動いた。
数歩離れると聞こえないくらい小さな声だったが、男子が背を向けて立ち去るとき、肩がすとんと落ちていた。
またしても『お友達の盾』が発動したわけだ。
彼女は苛立つ素振りさえ見せなかった。
カードを渡し終えると軽くお辞儀して、相手が遠ざかるのを見送った。
姿勢は廊下の終わりまで崩れなかった。
まるで礼儀作法の授業の模範演技を終えたばかりのようだった。
ウリエルは角の後ろに引っ込んで、ティアンの脇腹を肘で突いた。
「先に行って。俺はここで待つ」
ティアンがはいと返事して、角の後ろから出ていった。
セラフィーナは足音を聞きつけて、習慣でくるりと振り返った。
礼儀正しい微笑みがすでに準備されていた。
そして相手の顔を確認した。
銀色の短い髪。
柔らかい輪郭。
他の誰でもない。あの日、寮で「学院長には気をつけて」と自分に告げたクラスメート……ティアンだった。
セラフィーナの表情が固まった。
凝視しなければ気づかないほどの、極めて微細な顔のこわばり。
口元の弧度はそのままだったが、目の奥に、はっきり読み取れる緊張がよぎった。
指先が無意識にスカートの裾をつまんだ。
ウリエルは隠れなかった。
角の後ろからすっと出てきて、少し横へずれ、壁にもたれて腕を組んだ。
何も言わない。
ただそこに堂々と立っていた。
表情は「俺も告白の列に並んでます」という顔だ。
理屈は単純だった。
近くにいればセラフィーナの反応を観察できる。
母さんの方で何かあればすぐに対処できる。
ティアンはセラフィーナの正面に立った。
両手をまっすぐ体の脇に垂らして、表情は先生に課題の発表をするときみたいに真剣だった。
「好きです、付き合ってください」
口調は真摯で、一字一字はっきりしていて、いっさいの装飾がなかった。
昨日ウリエルが教えた標準版をそのまま実行した。
あのド派手な恋愛本とは一ミリも関係ない。
セラフィーナは答えなかった。
でも口元がぴくりと動いた。
何かのスイッチを押されたみたいに、抑えられないまま小さく引きつり始めた。
冷や汗が額から滲んで、廊下の蛍光灯の光に光った。
ティアンのあの、雑念がゼロの真剣な顔を見つめながら、セラフィーナの瞳孔がかすかに揺れた。
傍目には理解できない何かが、彼女の中で嵐のように渦巻いていた。
「か、帰ってください」
いつもの一ミリ単位で計算されたような礼儀正しさが、声から消えていた。
語尾が震えている。
「ね、眠気が襲ってきましたので……っ」
【第五十五話・終】
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