第四十七話:聖剣の魔女、降臨
我は、聖剣の魔女──汝らに、破滅と終焉をもたらす者である
書類を置いて、ウリエルは窓辺に立った。
まだかすかに揺れている「ソーセージ」の列を見つめて、しばし黙り込む。
「茶色いコートのやつも仲間だったみたい。あれも片づけたよ。ただ、吊るしてはいないけど」
魔女がそう言う口調は、「今日は新鮮なお魚が買えたのよ」と報告するのと大差なかった。
ウリエルは特に何も思わず、外に出て一目確認した。
死体はまだそこにある。
目立った傷はない。
ただ眼球が飛び出して、全身の穴という穴から血を流しているだけだ。
その手練れに、少しだけ同情した。
死んではいるが、観測者ならまだ温かいうちに実力を覗ける。
秘銀級の光。だが、その輝きは既にひどく濁っていた。輝光級とやり合って、原形を留めて死ねただけでも立派なもんだ。
この実力、外に出せばどこでも名の通った人物だっただろう。
惜しいことだ。
来世はまっとうに生きてくれ。
(にしても、あの吊るし方はあまりにもオカルトだ、あまりにも……オカルトが過ぎる)
そういうわけで、ウリエルは屋根によじ登った。
一人ずつ引っ張り上げ、縄を一本ずつほどき、下ろしていく。
屋根の縁の平らな場所に、一つ、また一つと積み重ねた。
人間ピラミッドのように、縁ぎりぎりに山を作る。
積み終えて、二歩下がって全体の造形を眺めた。
(うん、古戦場で敵の首を積んで築くアレと、本質的にはそう変わらない気がする)
とはいえ、ソーセージよりはほんの少しだけまともに見える。
ついでに武器を一本拾って、飾り用にと魔女に持たせておいた。
院長室の書類は、ざっと目を通した。
結論はもう明白だった。
オズワルド・ラザフォード。
学院長ともあろうお方が、動かぬ証拠つきの邪教信者。
ウリエルは当初、あの男はただのスケベだと思っていた。
それが今や、格上げである。
セクハラ予備軍から、正真正銘のカルト中間管理職へ。
しかも当の本人は、どこかへ雲隠れしている。
さっきのソーセージの列に、あいつはいなかった。
つまり、母さんが一掃する前に、この棟からとっくに抜けていたということだ。
「……行こう」
ウリエルは手をぱんと払った。
視線を隣の魔女に向ける。
黒白の軍服をまとった魔女は、屋根の縁で静かに立ち、彼の次の言葉を待っていた。
「まず講堂の屋根へ。歩きながら、この後の台本を考える」
頭をかきながら、そう言った。
言い終わった瞬間——腰に腕が回った。
がっちりと、横抱きにされている。
ウリエルはぎょっとした。
次の瞬間、重心が完全に崩れて、体が後ろへ傾いだ。
コンマ数秒、何が起きたのか全くわからなかった。
浮遊感が足の裏から一気にせり上がってくる。
反射的に下を見ると、地面はもうずいぶん遠かった。
首をねじって確かめる。
自分は、魔女の腕の上に座っていた。
お姫様抱っこ、ならぬ、子供を抱くみたいな抱え方。
(いや、俺はもう五歳児じゃないんだが)
ウリエルは魔女とほとんど背丈が変わらない。
そんな男が、幼子みたいに尻を支えられて、腕のくぼみに乗せられている。
視界が一気に高くなった。
普段まっすぐ立ったときより、頭半分は高い。
風が高所から吹きつけて、首の後ろがひやりとした。
「母さ——」
この状況で魔女をなんと呼ぶべきか、それすら忘れていた。
「しーっ」
魔女がわずかに眉をひそめた。
呼び方を正そうとしたわけではない。
ただ、姿勢が少し不安定だっただけだ。
ウリエルはもう彼女と同じ背丈で、昔みたいに片手でひょいと抱え上げられる小さな子ではない。
とはいえ問題は重さではなく、支える角度のほうだった。
魔女は腕の位置を調整して、それから顔を上げて彼を見た。
金色の瞳が、真剣で、そして穏やかだった。
「ウリちゃん、ママの頭につかまって」
ウリエルは全身が硬直した。
反応する間もなく——ふわりと、体が宙に浮いた。
(待て待て待て、これほんとに大丈夫か羞恥プレイにも程がある成人間近の男が母親に抱えられて、しかも屋根の上から空飛んで移動って——)
脳内で警鐘が鳴り響いた。
だが体のほうが、一足先に反応していた。
魔女が重心を整えようと軽く彼を弾ませたので、本能的に前へつんのめり、両手が彼女の頭をがっちり抱え込んだ。
そのまま頭のてっぺんに突っ伏す。
指が、銀色の短髪の中へ全部埋まった。
浮遊感が、見えない手みたいに胃をぎゅっと掴んだ。
風が耳元をびゅっと駆け抜ける。
屋根が足の下で縮み、空が頭の上で広がっていく。
口を閉じて、出かかった情けない悲鳴を無理やり飲み込んだ。
地面までどれだけの高さがあるのか、目を開けて確かめる勇気はなかった。
どれくらい経ったのか——たぶん、ほんの数秒。
足の裏がかすかに震えて、風の音が止んだ。
「ウリちゃん、着いたよ。ママ、下ろすね」
魔女の声が下のほうから聞こえてきた。
やわらかく、あたたかく、一言一言の語尾がとろけるように甘く間延びしている。
ウリエルは目を開けた。
足元は講堂のドーム屋根。
固くて、冷たい。
すぐさま彼女の体から飛び降りた。
両足が地面に触れた瞬間に跳ねるように離れ、手を上げて、その額をこつんと叩く。
「俺、もうこんなにデカいんだけど!!」
そのジト目は少しも崩れていない。
「いつまで子ども扱いで抱っこして運ぶんだよ!!」
魔女は叩かれてわずかにのけぞり、叩かれた額を手で撫でた。
けれど目は、三日月の形にゆるんでいた。
「ママにとっては、いつまでも子供だよ」
ウリエルは口を開きかけた。
額を撫でるその仕草を見て、続く言葉を全部飲み込んだ。
大きく息を吸って、意識を無理やり講堂の現場へと引き戻す。
屋根の縁に腹ばいになって下を覗いた。
半透明のドーム越しに、階下の光景が丸見えだった。
黒ずくめ、大勢。
生徒、大勢。
生徒たちは講堂の中央に囲い込まれていた。
寝間着姿のままの者もいる。
寮から叩き出されてきたのは明らかだった。
黒ずくめが外周を固めている。
数はおよそ二、三十人。
何人かは武器を手に、生徒を威嚇している。
講堂の大扉は固く閉ざされ、外から施錠され、両脇に一人ずつ見張りが立っていた。
ウリエルは頭の中で素早く状況を一巡させ、指を三本立てた。
「母さん、よく聞いて」
魔女が顔を寄せて、真剣な目で見つめてくる。
「その一。屋根をぶち破って直接降りる。登場は、派手に」
魔女、頷く。
「その二。戦い方はできるだけ優雅に。速くなくていい。とにかく、映えるように」
魔女、また頷く。
「その三。ルミナたちが来るまで持たせればいい。全員叩きのめす必要はない。結界が解けて、旅団が入って場を収めるまで持ちこたえられれば、それで十分」
魔女はこくりと頷く、それから、こてんと首をかしげた。
その傾げ方は、こう尋ねている。
——他には?
ウリエルは指を伸ばして、彼女の頬の縁をちょんとつついた。
「表情、声。どっちも忘れずに。“魔女”のスタイル。覚えてるね?」
魔女が立ち上がった。
くるりと向き直り、半透明のドームと相対する。
悪ガキと、非常識な親のことを思い浮かべた。
瞬間、戦闘顔に切り替わった。
階下——講堂の空気が、ふっと変わった。
ウリエルにも感じ取れた。
押さえつけられていた魔力が、突然解き放たれる微妙な感触。
気圧の変化でふさがっていた耳が、ぽんと通ったときのような。
結界が、消えた。
「よし」
ウリエルは一歩下がって、舞台を空けた。
「行動開始」
言い終えるが早いか——一つの影が、天から降ってきた。
ドームの半透明のステンドグラスのドームが、正面から撃ち抜かれた。
破片が豪雨のように降り注ぐ。
だがその落下点は、生徒たちが固まっている区域を、寸分の狂いもなく避けていた。
一番大きなドームの残骸が、講堂のど真ん中の空きスペースに叩きつけられ、深さ半メートルのクレーターを穿った。
煙塵がまだ晴れきらぬうちに、彼女は最大の瓦礫の上に足をかけ、それと共に降り立った。
黒と白の軍服。
膝丈のコートの裾が、着地の衝撃波にあおられて翻る。
暗紋の刺繍が、埃の中を差す光の筋——チンダル現象の中で、ちらり、ちらりと閃いた。
片手を背に回し、もう一方の手を胸に添え、腰を折って一礼する。
舞台の、開幕の礼。
講堂全体が、たっぷり三秒、静まり返った。
生徒たちは顔を上げ、口を開け、ただ呆然と——「空から降ってきた」「夢を見ているのか」、そんな顔をしていた。
黒ずくめたちの反応は、もっと本能的だった。
手にした武器を、取り落とす者までいた。
ようやく、一人の黒ずくめが声を張り上げた。
「何者——!!」
彼女は上体を起こした。
金色の瞳が、場内を一巡する。
声を低く落として、答えた。
「我は、聖剣の魔女」
抑揚が、一切ない。
凍らせた刃のように、鋭く、澄んでいた。
「汝らに、破滅と終焉をもたらす者である」
言い終えると、彼女は瓦礫の塊から飛び降りた。
ブーツの踵が着地する。
右手は剣の柄にすら触れていない。
かかとが、かつん、と澄んだ音を立てた。
そして手を上げることすらせず——ただ着地したその瞬間。
彼女を中心に、環状の衝撃波が、轟と炸裂した。
純粋な物理の一撃。
空気さえ圧し潰されて、白い輪になるほどの速さ。
黒ずくめたちは刀を構える暇もなく、範囲内の人間がまるごと、例外なく綺麗に宙を舞った。
壁に激突し、地に倒れ、宙を舞い、これでもかというほど盛大に飛んでいった。
着地、一撃。
黒ずくめ十二名、同時に戦闘不能。
それを見て、講堂の反対側で、一人の生徒が試すように手を挙げた。
手のひらに、魔法の光が一つ灯る——その光は掌の中でぴくりと跳ね、そして安定して、燃え上がった。
「魔法が、使えるっ!!」
その叫びが、何かに火をつけた。
押さえつけられていた生徒たちが、はっと我に返る。
椅子を掴んで、隣でまだ呆けている黒ずくめに叩きつける者。
両手で魔法陣を展開し、扉の見張りをそのままぶっ飛ばす者。
「さっき俺を突き飛ばしたのは誰だ!!」と叫びながら、素手で黒ずくめの群れに突っ込んでいく者。
講堂は一瞬にして、静寂から、煮えたぎる鍋へと変わった。
そしてその大混乱の中心で、聖剣の魔女は、微動だにせず立っていた。
もう手は出さない。
ただそこに立ち、あの冷え切った姿勢を保つ。
それだけで、彼女を見た者は——生徒も、黒ずくめも——本能的に一つのことを悟った。
この人は、自分たちの手に負える相手ではない。
まさにそのとき。
講堂の三面の高窓が同時に砕け散り、三つの影が別々の方向から飛び込んできた。
一つは軽やかに音もなく、一つは短く鋭く、一つはどすんと鈍い音を立てて。エルフ、亜人、そして人間。緑の髪に、犬の耳、そして暗色の短髪。
混乱の中、壇上に残る一人一人の敵を、寸分違わず捕捉した。
ルミナが講堂二階の観覧席に降り立ち、バサッと腕を振り下ろした。
声は、清冽な、宣告のよう。
「魔女旅団、参上」
生徒たちは何がどうなっているのかわからなかったが、どうやら助けに来てくれたらしい。
講堂の秩序は、見る間に立て直されていった。
ウリエルはその隙に、生徒の群れに紛れ込んだ。
女子生徒を襲おうとしていた黒ずくめを、こっそり一人蹴り倒す。
ついでに、少し離れたところで盾破りの呪文を詠唱している魔法系の生徒に、一言かけた。
「左に五センチ」
魔法使いはきょとんとしたが、角度を調整した。
放たれた音爆弾が、ちょうど起き上がろうとしていた黒ずくめの顔面に、寸分の狂いなく命中する。
標的、再び転倒。
顔から青い煙。
ウリエルは手についた埃をぱんぱんと払い、聖剣の魔女から視線を外して、戦場をぐるりと見渡した。
生徒たちは、すでに優勢だった。
黒ずくめは、さっきの魔女の衝撃波一発で、ほぼ半数を失った。
残った者も浮き足立って、扉のほうへ退き始める者、投降すべきか顔を見合わせる者。
(——うん。全部、計画どおり)
【第四十七話・終】
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