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第三十九話:学園大舞台

混乱を鎮める最速の方法は、もっとデカい混乱をぶつけること。

正体がバレるのが怖いなら、わざと派手な偽の標的をでっち上げて、向こうの注意を根こそぎ引っ張ればいい。

「今は魔法の授業をしてる場合じゃない」


ウリエルはさっきティアンに教わったコツを頭の中にしっかり刻み込んだ。


今はもっと大事なことがある。


「あいつら、生徒をどこに連れてった?」


彼は立ち上がり、服に残ったザクロジュースの塊を払い落としながら、周囲をぐるりと見渡した。


「わかんないわぁ、まだよく見えてないのよぉ」


「ケイとリオがどこにいるかもわかんないな」


ウリエルは眉をひそめた。


「今頃どうなってるんだか」


ティアンが首を傾けて、彼をちらりと見た。


「こんな時でもお友達の心配するんだぁ。ウリちゃんって情に厚いわねぇ」


「はいはい、褒めなくていい」


彼は手を上げて、校舎の方を指した。


「行くぞ、屋上だ。まず状況を把握する」


校舎の方へ一歩踏み出しながら、ついでのように聞いた。


「お前のその『姿を消すやつ』、俺も一緒に行けるか?」


「屋上?」


ティアンの声が、後ろから返ってきた。


「そんなの簡単よぉ」というニュアンスがにじんでいた。


「それなら潜行はいらないわねぇ」


ウリエルは振り返った。


ティアンはその場に立ったまま、もう目を閉じていた。


表情は淡々として、まるでごく日常的な作業をこなしているかのよう。


眉間がわずかに寄り、意識がある一点に集中していく。


空気の中で、何かが裂けた。


空間が歪み、虚空を指で押し破るかのように、裂け目が走る。


その切れ目は上から下へ広がり、縁にはほとんど見えないほど微細な光が流れていた。


一つの扉。


ティアンが目を開け、首を傾けて彼を見ると、もう片方の手を伸ばして手首を握った。


「行こうねぇ」


手を握られた感触は、なじみ深いものだった。


その扉をくぐる一瞬、ウリエルはふと昔のことを思い出した。


旧い家の近くにあった市場。


自分の背丈はまだ彼女の肩にも届かなくて、人混みの中、はぐれるのを心配した彼女がしっかりと手を握ってくれた。


掌は大きくて、温かくて、柔らかくて、自分の手をすっぽり包み込んでいた。


あの頃は見上げると、風に揺れる彼女の髪先が見えた。


気づけば、もう同じくらいの背丈になっている。


自分の手も、いつの間にか彼女より一回り大きくなっていた。


彼はそれ以上深く考えなかった。


考えないようにした、というべきか。


足の裏の感触が変わった。


屋上特有の石畳の感触。


風が一段と強くなり、思考をまとめて吹き飛ばした。


「着いた」


ティアンが手を離した。




屋上からの視界は開けていた。


学院全体が見渡せる。


廊下、広場、各校舎をつなぐ連絡通路、そして黒装束の人影。


三々五々、あちこちに散らばっていて、想定していたより数が多い。


ウリエルはしゃがみ込み、体を低くして、下を一通り見渡した。


いくつかの小隊が、それぞれ生徒の集団を連行していた。


進む方向は同じ。


「全員、大講堂に向かってる。集めるつもりか」


彼は考えを巡らせ、推理を組み立て始めた。


(なんで集めるんだ)


(一人ずつ探すのは効率が悪いから、まとめて選別するつもりか?)


(何を選別する?)


少し考えてから——。


(あいつら、特定の誰かを探してる)


そこまで考えた瞬間、ある可能性が脳裏をよぎった。


(まさか——俺と母さんのことか?)


その可能性は、まさに青天の霹靂だった。


すぐに否定せず、きちんと逆算してみる。あり得るかどうか。


(……あり得る。だが確率は低い。もし俺たちが標的なら、こんな大掛かりな布陣を敷く必要はない。普通に考えれば、寮を直接封鎖すればいいだけの話だ)


(じゃあ別の誰かか。学院の中の、あいつらが探してる誰か)


ウリエルは屋上にどっかり座り込み、両手を膝に乗せて、目を閉じて考え込んだ。


今の局面を、もう一度頭の中に広げ直す。


問題その一。


この集団には明確な目的がある。ランダムな騒乱ではない。


問題その二。


大規模な結界で魔力出力が封じられている。これは相手が事前に準備し、しばらく計画していた証拠だ。


問題その三。


このまま放置するにしても、直接手を出すにしても——だ。


(放置すれば、生徒が連れ去られるかもしれない。何かあれば、面倒な調査が後を追ってくる)


(直接手を出せば——母さんが本気を出した瞬間、この学院の校舎がいくつか消し飛ぶ。騒ぎが大きすぎる)


(どっちも駄目だ)


彼はこめかみを揉んだ。




そして、三つ目の選択肢がふっと浮かんできた。


眉を軽くひそめながらその方向を検討してみると、考えれば考えるほど、悪くない気がしてきた。




火を消す一番速い方法は、水を探すことじゃない。


その隣に、もっとでかい火をもう一つ点けることだ。


酸素を使い尽くして、最初の火を勝手に消させる。


混乱の中で勝機を掴むなら、まずもっと大きな混乱を作ればいい。


正体がバレるのが怖いなら、わざと派手な偽の標的をでっち上げて、向こうの注意を根こそぎ引っ張ればいい。


そうすれば、相手が本当に自分たちを狙っているかどうかに関係なく、まんまと誘導されるはずだ!


(よし)


(今、この瞬間)


(この状況こそが)


(魔女、再臨の時!)




ウリエルはポケットから小さなメモ帳と、ついでに挟んでいた鉛筆を取り出した。


ノートを開き、膝の上に押さえつける。


「ちょっと書き物する」


顔も上げずに言った。


「先に、はぐれてるやつらを片付けてきてくれ」


ティアンが彼の隣にしゃがみ込み、それを聞いて眉をひそめた。


「……殺すの?」


声はとても小さかったが、真剣そのものだった。


ほとんど天然と言っていいレベルの聖母感がにじんでいた。


「あの人たち、悪い人だけど、家族もいるんだよぉ」


ウリエルの鉛筆が止まった。


そのままその鉛筆で、彼女の頭を軽くこつんと叩いた。


「母さん」


落ち着いた口調で言う。


「優しいのは知ってる」


「でも、その優しさのせいで、もっと多くの善良な人間が死ぬかもしれない。お前が手早く処理して、相手に痛みを感じる暇すら与えずに一瞬で終わらせるなら——それなら問題ないだろ?」


ティアンの眉間のしわは完全には消えなかった。


真剣にその言葉を咀嚼しようとしている。


ウリエルは顔を伏せ、再びノートにペンを走らせながら、彼女の目を見ずに付け足した。


「それに、せっかくできた友達なんだ……万が一ケイとリオに何かあったら、俺はまた独りぼっちになる。お前以外、一緒に遊べる相手がいなくなる」


言い終わった瞬間。


ウリエルは周囲の空気が一瞬震えたような気さえした。


さっきまで悪人たちのために黙祷していたティアンが、勢いよく背筋を伸ばした。


両手を握りしめ、それまで穏やかだった瞳の奥に、行き過ぎた過保護の光が宿る。


「うん!」


力強く頷いて、声には元気が満ちていた。


「任せて! ママが絶対にウリちゃんの友達、守ってみせるから!」


(……やる気満々だな)


(前にこんなに張り切ってたのは、お嫁さん候補を物色しようとしてた時くらいか)


彼女は立ち上がり、屋上の縁まで歩いていって、下をちらりと覗き込んだ。


表情は穏やかだった。


「ママが悪い人、全部やっつけてくるね」


ウリエルは答えず、ノートに何かを書き続けていた。


隣で、ティアンが指を一本立てた。


指先にマナが集まる。


光が一筋、鋭く正確に放たれた。


まるでピカピカの実でも食べたような光る能力者だった。


校道で孤立していた黒装束が、操り糸を切られた人形のように、ぱたりと崩れ落ちた。


ティアンは方向を変え、指先を微調整する。


また一筋の光。


また一人、倒れる。


ウリエルは屋上にあぐらをかいて座ったまま、下で何人倒れていようと一切構わなかった。


膝の上のメモ帳に視線を釘付けにして、鉛筆を紙の上で猛烈にこすり続けている。


冒頭に、これでもかというほど力を込めて書きなぐった。


【我は聖剣の魔女、王殺しの王、神々の神なり】


書き終えた瞬間、自分でその一文を二秒ほど見つめた。


そして、ぶるっと盛大に震えた。


強烈な羞恥心が脳天を直撃し、顔から火が出るほどの羞恥心に悶絶した。


最後に舌を出して、その一文をぐしゃっと線で消した。


(無理無理、これは無理。このセリフは自分じゃ口に出せない)


(……まずは具体的な登場プランから決めよう)




風が屋上を吹き抜け、遠くの混乱したざわめきを運んでくる。


ウリエルはノートを押さえながら、鉛筆の擦れる音だけを細く均等に紙の上に刻んでいった。


(全員の注意を引きつけるなら、とにかく強くて、震えるくらい派手で、理屈なんか一切通用しないやつじゃないと)


(講堂の天井をぶち破って、上から降ってくるのはどうだ? そう、ちょうど黒装束たちが生徒に手を出そうとした、まさにその瞬間——降臨!)


(着地は衝撃波つきが絶対条件。ホール中の黒装束を一発で全員ぶっ倒す!)


(その場にいる全員の脳裏に、極限の恐怖と衝撃の中で「聖剣の魔女」という名前を完全に焼き付けてやる!)


「……何書いてるの?」


ティアンは振り返りもせず、次の標的に切り替えながら聞いた。


「台本。後でお前に使ってもらう」


「私の台本?」


「魔女旅団、新章追加だ。大舞台、絶対にあいつら震え上がらせてやる——」


ティアンが口を開きかけた。


褒めようとしていたらしい。


「ウリちゃんが自分で考えたお話なんだ? すごいね」


ウリエルの突っ込もうとした言葉が、ふと喉の途中で止まった。


顔を上げて、ティアンに視線を落とす。


今日のティアンは自分と同じ学生制服を着ていて、体からは女の子らしい匂いがふわりと漂っていた。


だが、その装いはどう見ても、ちょっと整った顔立ちの生徒にしか見えない。


スカートに着替えさせても、せいぜい中性的な女の子止まりだ。


登場の仕方は決まった。


無敵の実力もある。


恥ずかしいセリフもできた。


(あ。)


ウリエルは鉛筆を握りしめたまま、眼球が裏返りそうなほどの衝撃を脳天に食らった。


(魔女の見た目が、ない——!!!)




【第三十九話・終】

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