第三十二話:やっと友達ができた
男同士の友情とは、時に恐ろしく安上がりで、恐ろしくどうでもいいきっかけで成立する。
第三十二話。ウリエル、高等学院でついに初めての友達ができる。
それからの毎日は、少しずつ形を持ち始めた。
朝のホームルーム、昼食、午後の選択授業、夕方に寮へ戻る。
ウリエルはそのリズムの中で二週間を過ごして、高等学院の生活には自分の予想と一つだけ大きくずれているところがあると気がついた。
以前の冒険者ギルドと等級制度の授業は、まだ触れたことのない社会常識だったので、集中して聞いた。
しかし「魔法理論」や「エーテル循環の法則」といった専門的な授業になると、話が変わってきた。
難しいとは思わなかった。
授業が簡単なわけではない。
講師の水準は中学時代の三年間とは比べ物にならないほど高く、黒板に書かれたエーテル回路は細かく複雑で、専門用語が次から次へと飛んでくる。
問題は、全部もう知っているということだった。
(……エーテルの効率的な循環と運用? ママの魔法講座、最初の授業でやった内容だ)
(……多重詠唱時の精神力分配? 俺はもちろん、ルミナたちだってとっくにできる)
ウリエルは片手で頬杖をつきながら、教壇の上で熱く語る教授を眺めた。
なぜこんな基礎的なことをこれだけ丁寧に解説しているのか、だんだん焦点が合わなくなってきた。
あの旧い家での年月、ティアンは一番日常的で、一番地に足のついた方法でこれらの知識を子どもたちに教えてくれた。
ただ彼女は一言も言わなかった——これが、普通なら学院で何年もかけて学ぶような内容だとは。
全部わかっているとなれば、ウリエルの頭は自然と省エネモードに切り替わった。
彼は三人がけの机の真ん中に座っていた。
右側には、端正な顔立ちの男子学生「ティアン」。
左側には、この数日で仲良くなったばかりのクラスメイト、レオ。
レオは標準的な普通の男子学生だった。
成績は中の中、顔つきはどこにでもいる感じで、唯一の特技は「どの食堂のどのメニューが一番安いか」についての驚くべき直感力だった。
普段は口数が少ないが、打ち解けてくると庶民派男子高校生の雰囲気が隠しきれなくなってくる。
教授が黒板に向かって板書を始めた。
レオが机の下からウリエルの靴の側面を軽く蹴って、声を潜めた。
「おい、おい。起きろよ、爺さんがこっちに振り返るぞ」
ウリエルのまぶたが細くひらいた。
ノートを取っているような姿勢を保ったまま、唇だけ動かした。
「寝てない。深度瞑想中だ」
「嘘つけ、今頭が机に落ちかけてたぞ。ヒヤヒヤしたわ」
レオは白目を剥いて、それからふと視線がウリエルの前のノートに落ちた。
目が丸くなった。
「……え?」
レオは目を擦って、身を乗り出した。
ウリエルのノートには、この授業の要点がびっしり書き込まれていた。
黒板の核心的な数式はもちろん、余白には赤ペンで「間違えやすいポイント」と「改良案」まで添えてある。
字は丁寧で読みやすく、レイアウトも見惚れるほど整っていた。
「これ……寝ながら書いたのか?」
レオが化け物を見る目でウリエルを見た。
「目ほぼ閉じてたし、手も全然動いてなかったぞ。このノート、自分で生えてきたの? 新型の自動筆記魔法でも使えるの!?」
ウリエルは一瞬固まって、手元のノートに目を落とした。
(……あ)
確かに、自分では書いていない。
視線をさりげなく右にずらした。
「ティアン」は背筋を伸ばして黒板を真剣に見つめていた。
優等生そのものの姿勢だった。
しかし注意深く観察すると——机の下に垂らしていた右手が、肉眼ではほぼ捉えられないほどの残像の速さで、ウリエルの指の隙間にペンを滑り込ませるところだった。
一連の動作は、流れる水のようにスムーズで、左側のレオはまったく気づいていなかった。
ウリエルが自分で書いていたとしか見えなかったはずだ。
(……そういえば最近、授業がやたら楽だと思ったら。代筆サービスがここまで進化していたとは)
心の中で静かにため息をついた。
この全方位的な世話焼きには、いつの間にか慣れすぎていて、さっきまで気づかなかった。
とはいえ「普通の学生」という看板を守り抜くためには、レオに気づかれてはいけない。
同級生だと思って気軽に話しかけてきた相手のルームメイトが、実はその母親で、しかも現役で授業中に息子の代わりにノートを取っている——そんな事実は、絶対に漏らせない。
「こほん」
ウリエルは軽く咳払いして、さりげなくノートをぐいっと手前に引いた。
顔色ひとつ変えずに言った。
「魔法だよ。俺の地元に伝わる瞑想法で、ペンが自分で動いてノートを取るやつ。絵を描く派生版もある」
「マジか兄弟、すごいな」
レオはまったく疑わなかった。
むしろ目に宿ったのは、落ちこぼれが優等生を見るときの、素直な尊敬の光だった。
彼は両手を擦り合わせて、少し媚びた笑顔を浮かべた。
「そんなわけで、その技術力の高いノート……授業終わったら貸してくれない? さっき寝てる君を観察するのに夢中で、授業ほぼ聞いてなかった」
「頭おかしいだろお前、寝てる顔見て何が面白いんだよ……まあいいや、持ってけ」
ウリエルは白目を剥いて、ノートを押し渡した。
(……あっぶねぇ、なんとか誤魔化せた)
(それはそれとして、あの人が場所を弁えずに母性本能を爆発させ続ける限り、俺の「普通の学生」って設定はいつか確実に崩壊する)
夕方、寮に戻った。
錠前がかちりと鳴って、外部からの視線が完全に遮断された。
一瞬前まで清秀な男子学生「ティアン」だったティアンが、手慣れた動作で偽装を解いた。
知らない曲を鼻歌しながら、フリルのついたエプロンを腰に結んで、厨房へ消えた。
ウリエルはカバンをベッドに投げ、椅子を引いて座った。
両手を顎の下で組んで、厨房で忙しそうにしている背中を真剣な面持ちで見つめた。
「母さん、話がある」
「ん? どうしたのウリちゃん、今夜は何が食べたい?」
ティアンがお玉を持って、厨房から半身を乗り出した。
「何でもいい。ただし今後の授業中は——絶対に、絶対に、あの肉眼で見えない残像でノートを代わりに書かないこと」
ウリエルはチベットスナギツネのような顔で厳粛に言った。
「今日レオに、俺が失われた魔法を操る規格外の天才だと勘違いするところだったじゃないか。俺たちの今の最重要作戦は『普通』だ。わかってる?」
「だってぇウリちゃん、授業中ずっと目を閉じて『瞑想』してたからぁ、知識が抜け落ちちゃったらかわいそうだと思ったんだもーん」
ティアンはぱちぱちと瞬きした。
声の端に、ちょっとした拗ねた気配があった。
「それでもだめ」
ウリエルは断固として言ったが、その顔を見ていると若干の罪悪感が湧いてきて、一歩だけ折れた。
「今後は自分のノートに書いて、寮に帰ってから俺に貸してくれ。それならばれないし、誰も怪しまない。これでどう?」
ティアンはしばらく考えた。
自分から直接息子の世話ができる楽しみは減るが、結果は同じだ。
彼女は満開の笑顔になった。
「はーい、じゃあウリちゃんの言う通りにするねぇ」
厨房に包丁の音が戻った。
ウリエルは椅子の背にもたれて、今日あのティアン代筆ノートをめくりながら、思い出したことがあった。
「そういえば、今日もう一人知り合いができた」
「え、また新しいお友達?」
「うん。レオの同室生で、カイって言う」
男の子同士の友情というものは、時として信じられないほど安上がりで、信じられないほど他愛のないきっかけから始まる。
今日の午後の休み時間、レオが隣のクラスの同室生のカイにノートを貸した。
カイはそれを返しに来るついでに、オレンジサイダーを一本おごった。
三人は廊下の窓枠に背を預けて、「魔法史を教えてる爺さんのあれはカツラなのか否か」と「第二食堂のカツはまた薄くなったのではないか」という、非常に深みのある二大テーマについて、十分間にわたって激論を交わした。
議論の末に三人が辿り着いたのは「カツはやっぱりうまい」という共通認識で、それをもとに革命的な友情が成立した。
カイはレオと同じく、人込みに紛れたら探し出せないタイプの普通の男子学生だった。
家柄も特になく、突出した才能もなく、毎日の最大の悩みは単位と食費だった。
「カイもレオと同じで、普通のやつだよ。騒がしいけど」
ウリエルは椅子の上でスライムのように溶けた姿勢を取って。
(若いっていいな。学院生活ってやっぱりこういうもんだよな)
厨房の包丁の音が止まった。
ティアンが煮込み牛丼を二皿持って出てきて、机に置いた。
エプロンで手を拭いながら、その金色の目に、ウリエルがよく知っているやわらかい光が浮かんだ。
「よかったね」
両手を胸の前でそっと合わせた。
声の中に、満ち足りた安堵が滲んでいた。
「よかったって、何が」
ウリエルはギョッとした。
この人が読心術まで使えるなんて、今まで知らなかったぞ。
「そういう友達ができて、よかったなって」
ティアンはにこにこしながらウリエルを見た。
「ママにもわかるよ。あの二人の子には、うるさくて、元気で、裏のない生命力がある。本当に可愛い子たちだねぇ」
そう言いながら手を伸ばして、習慣でウリエルの頭を撫でようとした。
ウリエルは首を傾けてさっと避けた。
ティアンは気にした様子もなく、母親のような口調で続けた。
「ウリちゃんが同い年の子たちと一緒にいて、食堂の文句を言い合ったりできるって——本当によかった。ママ、安心した」
ウリエルは彼女のその、慈愛で今にも発光しそうな顔を眺めて、しばらく黙っていた。
(……あのさ)
(もしその『普通で元気な男の子たち』が、ノリで絡んだダチのルームメイトが実はそいつの母親で、しかも元勇者だって知ったら——その豊かな『生命力』とやらも、ショックのあまり一瞬で天に召されるんですけど)
(俺はどうしてこんな人生設計になったんだ)
心の中でわめき散らした。
しかし、机の上の煮込み牛丼から立ち上る濃い香りを嗅いで、暖かい黄色の灯りで満たされたこの小さな寮室を見渡すと——「普通」を死守しようとして張り続けていた弦が、空腹にあっさり切られた。
「……別に普通の同じクラスの奴らだよ。初めての友達みたいな顔しないで」
ウリエルはぼそりと言って、箸を手に取り、一番よく煮えた牛肉をすかさず拾い上げた。
(まあ本当に初めてなんだけど。中学の三年間、あなたのおかげで)
「早く食べよ、ティアン。食べたら君のノート借りるから」
「はーい」
【第三十二話・終】
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