第二十九話:新学期、開幕
ここより、高等学院での生活が本格的に幕を開ける。
入学式は午前九時開始だった。
広場に数百脚の椅子が並べられていて、ウリエルは新入生の列の中に自分の席を見つけて座った。
周りをぼんやりと見渡した。
制服は全員同じ。色も同じ。周りの顔は、同年代特有のあどけなさを帯びている。
普通。
非常に普通。
最高だ。
その心地よい事実を心の中で確認したところで、右側から抑えた興奮の声が届いた。
「あ、ウリエルくん、その制服すごく似合ってる! でも襟元がちょっと……」
黒い革手袋をはめた両手が右からするりと伸びてきて、ごく自然にウリエルの折れかけた襟を直した。
そのついでに肩の埃まで払おうとしていた。
ウリエルは全身が固まって、勢いよく振り返った。
右隣にいつの間にかガラティーナがいた。
今日は短い髪を全部帽子の中に収めて、帽子のつばを深めに下げている。
同じ男子制服、背筋はまっすぐだ。
さっきの慣れた手つきの世話焼きさえなければ、きちんとした端正な男子生徒に見える。
「……止めて」
ウリエルは気づかれないように彼女の手を払い、声を落として歯を噛んで言った。
「お前は今、俺の室友だ。室友、わかるか? 課題を見せ合って、たまに一緒に夜更かしする、そういうやつだ。そういうやつが、あんな優しい目で人の襟を直したりするか?」
「え、そうなの?」
ガラティーナは無邪気に瞬きをした。
明らかに残念そうな顔をした。
「でも……ご、友達として、室友を褒めるのは普通じゃない?」
「普通じゃない。男同士はそんな褒め方しない。早く席に戻って、『室友モード』をちゃんと固定しろ。ちょっとのすきにお母さんモードに戻るな」
(男子なら「息子よ今日も気合入ってんな」くらいしか言わないが、俺は本当に息子なので、それも違う)
視線を正面に戻して、強制終了した。
(……よし。隣は少し元気のいい普通の男子クラスメートだ。ただそれだけだ)
式のプログラムが順番に進んでいく。
学院長の挨拶、教務長の挨拶。
ウリエルは肘を膝の上に乗せて、ぼんやりとため息をついた。
少し右に傾いて、小声で空気に向かって呟いた。
「次は来賓の挨拶で『未来はあなたたちのもの』系の話が続いて、最後に新入生代表のスピーチだ」
「ウリ……ウリエル、なんでわかるの?」
ガラティーナが耳をそばだてた。
「経験則だ」
ウリエルは生気のない目で正面を向いた。
「それとこういう式には、ある種の引力が働く。新入生代表の席には、王女だの侯爵令嬢だの由緒正しい家名の直系だのが、吸い寄せられるように座る。金髪で、表情が高貴で、歩くたびに風が起きるようなやつが」
言い終わった直後、式典係が拡声魔導器に声を吹き込んだ。
「続きまして、新入生代表——アンジェリカ王女殿下によるご挨拶——」
壇上に少女が上がった。
金髪。
小さな王冠型の髪飾りをつけていて、スカートの裾には一本のしわもない。
貴族の佇まいそのものだった。
ガラティーナが少し目を開いて、ウリエルの方を向いて、声を抑えて言った。
「すごい! 全部当たった!」
「……誇れるもんじゃない。テンプレ通りの怠惰な世界設定だ」
ウリエルは耳をほじった。
誰も見ていない隙に、指先で弾いた何かが前の席の生徒の首筋に当たった。
そいつは電気が走ったみたいに首をすくめて、後ろ首をかきながら振り返った。
壇上では、スピーチが流暢かつ格調高く続いていた。
締めに近づいたところで、王女がわずかに顔を上げた。
その端正な目が、会場をさらりと流した。
前列から、抑えきれない声が漏れた。
「アンジェリカ殿下だ! こっちを見た!」
ウリエルは無表情のまま、周りに合わせて拍手をした。
音量は中程度。ちょうど十回叩いて止めた。
多くも少なくもなく、完璧にモブNPCとして背景に溶け込んだ。
式が終わって立ち上がり、ズボンを軽くはたいて、教室の方向へ歩き始めたところで、誰かに軽く肘を突かれた。
振り向いた。
ガラティーナが隣に立って、上目遣いで見ていた。
二人だけに届く声で、純粋に不思議そうに言った。
「さっきの王女、きれいだったね」
ウリエルの足が、ぴたりと止まった。
深くガラティーナを見た。
「……そういうこと言うなよ」
「ただ言っただけだよ」
彼女は歩幅を自然にウリエルに合わせながら、帽子の陰からつぶやいた。
「ウリエルも見てたでしょ?」
ウリエルはその言葉を拾わず、足を速めた。
(……見ていない)
心の中で自分に言い聞かせた。
(見ていないし、見てはいけない。あれはこの学院の目から見れば天才で、男子にとって手の届かない存在だ。化け物スペックのお前の目には小娘でも、俺は今日から普通の新入生なんだ)
一限目は等級制度と冒険者ギルド制度についての講義だった。
ウリエルは窓際三列目に座って、片手で頬杖をつきながら、壇上の中年講師が黒板に等級の階段を描くのを眺めた。
「聞けよ、ひよっこども。お前らの家がどこの伯爵家の坊ちゃんでも、百年に一人の天才でも、十五歳でそのまま冒険者になったら、ギルドじゃ全員『石級』からのスタートだ」
講師はチョークで黒板を叩きながら、レベル1から5あたりの区間に印をつけた。
「これが見習い。最初の一週間はおばさんの猫を探すか、倉庫のスライムを片付けるかだ。少し腕が立てば早めに『鉄級』まで上がる、5から10レベル前後。安全ルートの商隊護衛や、ゴブリン数体の討伐ができる。『銅級』、つまり10から20レベルになれば、ようやく一人前と呼べる。オーガの巣穴を一個潰せるくらいだ」
その話し方には、実際に現場を踏んだ人間にしか出せない味があった。
教科書には載らないやつだ。
ウリエルは聞きながら、ノートにキーワードをいくつか書き留めた。
まとめると——石級、鉄級、銅級と積み上げていって、金級まで来ると王宮護衛を任せられるエリート。さらに上の秘銀、山銅、星辰はもはや怪物の領域。そして頂点の輝光級は、存命の伝説だ。会いたければまず土下座の心構えが要る。
(……輝光級。歴代勇者の等級)
心の中で呟いて、ペン先が止まった。
その瞬間、【観測者】に変化があった。
「等級」と「戦闘力の区間」という具体的な概念が認識に組み込まれた時、エーテルを感知するだけだったあの受動スキルが、静かにバージョンアップした感覚があった。
(……等級概念のロードが完了した?)
その新しい感知を、そっと外へ広げてみた。
なるほど。クラスの生徒の多くが銀色の光で覆われていた。
一部は充ちた黄色、やや暗いものが銅級相当に見える。
エーテルの明暗差は思ったほど大きくはない。白熱灯が一列並んでいるような感じで、ワット数は微妙に違うが、どれも正常な範囲で灯っている。
銀色の中でも特に明るいものと平均的なものの差は、集中して魔力を使えば24と28程度の違いは読める。
(これが名門校の水準か。新入生がほぼ全員、銀級の入り口にいる)
満足してうなずいて——習慣で、感知の向きを右斜め後ろへ、わずかにずらした。
ガラティーナが座っている方向だ。
視線が完全に向く前に、目の端で先に焼かれた。
(……うそだろ!)
太陽が視野に直接ぶち込まれた。
【観測者】の視界で、その方向の光量は物理的な痛みを感じるほどの輝度になっていた。
エーテルの濃度が、燃えているみたいに濃かった。
(目が焼ける!! 目が焼けるんだが!! これが「輝光級」のスペックか?! 前勇者様、男子生徒に変装してても少しは抑えてくれませんか! 一緒に来てるのか成仏させに来てるのか、どっちですか、母さん! ただちょっと実力を確認したかっただけなんだよ!)
心の中で盛大に叫びながら、目を細めて観測強度を落として、その「光の塊」の戦闘力を何とか読もうとした。
固まった。
数字が、ない。
「99」でもよかった。常識を超えた天文学的な数字でも驚かない。
何も、ない。
眩しい光の奥が、果てのない暗い深淵になっていた。
システムが解析できない。ステータス画面が出ない。
ただ、心臓が少し縮む種類の「空白」だけが広がっていた。
(……読めない? 差が大きすぎて探知失敗したのか、それとも勇者の体質が索敵免疫を持ってるのか)
感知を引き戻して、頭を下げて、ノートに太い線を一本引いた。
メモを取っている振りをした。
ペンを持つ指が、うっすら白くなっていた。
(……)
信じられなくて、もう一度探った。
空白。
三度目。やはり探知無効、そして魔力消費がかなり重い。
三度やったら諦めると決めている。
ペンを紙に置いて、視線を自然に黒板へ戻した。
表情は変わっていない。ただ目の光が半分死んでいた。
(……認める。母さん、ありえない)
終業のベルが鳴った瞬間、ウリエルは一番に立ち上がって、迷わず、なんでもない足取りでトイレへ向かった。
洗面台の前に立って、両手で縁をつかんで、鏡の中の自分の顔を見た。
蛇口から水滴が落ちていた。
深く息を吸って、【観測者】を鏡の中の顔に向けて、軽く探ってみた。
あのチートまみれの母さんの底が見えないなら、せめてこの転生した体の潜在値くらいは読めるだろう。
空白。
数字もない。エーテルの微光も一粒も灯らない。
体を包む光も何もない。
電源を抜いたモニターみたいに、きれいさっぱり何も映らなかった。
(…………)
鏡の中の自分をしばらく見つめた。
(いや、母さんが読めないのはまだわかる。なんで自分も読めないんだ)
(差が大きすぎるから? でも一桁すらないのか? 石級のスライム以下の雑魚キャラか俺は? UIプラグインを積み忘れたバグ人間か俺は?)
蛇口をひねって、手を水に当てた。
澄んだ水が指の間を流れた。
その目に、達観した者だけが持つ、ある種の枯れた深みがあった。
(……サンプルが不足している。比較できない。たぶん俺のチートは配送遅延品だ。とりあえず保留)
(比べるなら自分の母さんだけはやめておけ。あれは参考にならない)
スキルを閉じようとした、その時だった。
何人かの男子生徒が笑いながら後ろを通り過ぎて、洗面台の向こうの大きな鏡の前を横切った。
ウリエルは無意識に視線をそちらへ向けて——そのまま止まった。
そちらも読めなかった。
(……なるほどな。鏡に映ったものは全部読めない、そういう仕様か。さっき五分間、鏡に向かって暗澹としていた時間を返してほしい)
図書館は学院東棟の独立した建物の中にあった。
ウリエルが行ったのは午後の空きコマだ。
目的ははっきりしていた——歴代勇者の公開記録を調べること。
ガラティーナの実力を知るには、史料に当たるのも一つの手だ。
彼女は前代の勇者で、間違いなく「輝光級」だ。
だがそれならなぜ——あれほどの頂点に立つ存在が、当時追われ続けて、ウリエルと一緒に田舎に隠れ住まなければならなかったのか。
(一体何をやらかしたんだ……聞いても「上の連中に嫌われた」としか言わなかった。それだけか)
知りたいという気持ちを胸に持って、ウリエルは図書館の重い扉を押し開けた。
【第二十九話・終】
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