第二十四話:赤い彗星
「ティナは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」
「ティナ、が? ……うわあっ!」
二年。
長いといえば長いし、短いといえば短い。
ウリエルは寮の机の前に座って、しばらく窓の外を眺めてから、この二年間のことを頭の中で振り返った。
学院生活はあまりうまくいかなかったし、これは客観的な事実だ。人間関係も微妙で。
特に女子のほうは、礼儀正しいが確実にガラス一枚向こう側にいる、という距離感に終始した。
でも、なんとか乗り越えた。それもまた、客観的な事実なのだ。
ウリエルは視線を窓から机の上の本へ戻して、ぱたりと閉じ、椅子の背もたれにもたれかかって、こめかみを押さえた。
問題は——その「乗り越えた」という事実そのものが、別の問題を生み出していたことだ。
二年間、ウリエルは「普通の十四歳の学生ウリエル」と「ティナの正体を知っている成人の魂を持つウリエル」の間を、ずっと行き来し続けた。
容姿については、ティナは文句のつけようがない。
気質についても——あの、穏やかさの中に根拠のない神聖さが滲み出るような雰囲気は、今は十三、四歳の少女の姿になっても少しも薄れていない。
むしろ、妙に危険な落差が加わっていた。
そして何より致命的なのが、「母性が際限なくあふれ出す過剰な気遣い」だ。
二年経って、その体感は薄まるどころか深まる一方だった。
そのうえ——その重すぎる三つのプレッシャーの底に、前世の三十年で培ったウリエル自身の認識体系と審美眼と、ある種の判断力が埋まっていた。
転生しても消えることなく、十四歳の体の底に沈んで、蠢いていた。
特に、あの「クラスメートが義父になろうとした」一件の後からは。
ウリエルはもう一度こめかみを揉んだ。
自分の危うさには、とっくに気づいていた。
何かやばい方向に気持ちが傾き始めるたびに、脳内で猛烈にブレーキを踏んで、自分の後ろ衿をわしづかみにして、理性を地獄の縁から引きずり戻して、何事もなかったような顔でお茶をすすっていた。
ただ最近、ティナのオーラが精神攻撃なのかミーム汚染なのか知らないが——こめかみを揉む頻度が上がるにつれて、脳裏にふとある男の影が浮かぶようになっていた。
仮面をつけて、「赤い彗星」と呼ばれ、十四歳の少女に向かって「彼女は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」と叫んだ、あの総帥だ。
あの総帥を思い出すたびに、ウリエルは深呼吸して、手を合わせて、心の中で清浄の呪文を繰り返した。
俺にはそんな煩悩はない。
ダメだ。
その道は選べない。
その道の先には、少女に向かって「お母さん」と叫ぶ未来が待っている。
まだそこまで堕ちていない。
ため息をついて、本を開き直した。
最終学期が始まってしばらく経った頃、ウリエルはずっと棚上げにしていた問題が、ついに目の前に積み上がっているのを感じた。
卒業後、どこへ行くか。何をするか。
この世界の十五歳は分岐点だ。
一方の道は、外の世界へ出ること。
冒険者になるか、腕一本で仕事を探すか、どこかの商会に弟子入りするか——とにかく世界に飛び込んで、自分の力で生きていく道だ。
もう一方の道は、進学だ。
上位の学院に進んで、もっと専門的な方向へ研鑽を積む道。
どちらも頭の中でしばらく転がしてから、ウリエルはふと気づいた。
——まだ母さんの意見を聞いていない。
正確には、忘れていたのではなく、答えが読めていたから、ずっと見て見ぬふりをしていた。
その夜、ティナが夜食を持ってきた。
卓の上に、きれいに切り揃えられた果物の皿が追加された。
ティナは隣に腰かけて、ウリエルが今日最後の課題を書き終えるのを待ってから、口を開いた。
「ウリちゃん」
「うん」
「もう最後の学期だね」
ティナが尋ねた。
「その後、どうするか、もう考えた?」
ウリエルはペンを置いた。
「母さんはどう思う?」
ティナは頬杖をついて少し考えた。
「ママはねぇ、もう少し勉強を続けたほうがいいと思うなぁ」
やはりそうか。
「外で働くのは大変だし」
ティナは続けた。
まるでずっと前から考えていたかのような口ぶりだった。
「冒険者は怪我をするかもしれないし、ママが心配だから」
ウリエルは聞き返した。
「じゃあ進学、どこに行くつもりで?」
「ウリちゃんが行きたいところなら、ママも一緒に行くよぉ」
ウリエルはクリティカルヒットを食らって、思わずその言葉をオウム返しした。
「……ママも一緒に」
「母さん、進学するのは俺だから、母さんは別に——」
彼は急いで理を説こうとした。
「ママの成績はいいから」
ティナは静かに遮った。そこには一切、交渉の余地がなかった。
「どこの学院でも、入れるよぉ」
「……」
「それに」
ティナの口元に笑みがこぼれた。
「ウリちゃん一人だと、ママが心配だからぁ」
ウリエルはその「心配だから」という言葉を聞いて、思わず絶句した。
彼は言った。
「母さん、俺、もう十四歳だけど」
ティナは真剣な顔でうなずいた。
「十四歳なんて、まだまだ子供だもん」
「……」
「進学してからも二年あるし、二年経ったら、ウリちゃんも大人だから。その時はもう、ママは止めない」
ティナは続けた。指先でテーブルの上にぐるぐると円を描きながら。
「二年後になったら、また考えるもん」
ティナは少し考えた。
「二年後になったらまた考える」
予想していた答えだった。
それでもウリエルは心の中で、静かにため息をついた。
「母さん、母さんの実力で高等学院に入ったら、目立ちすぎない?」
彼は角度を変えた。
「手を抜くのは慣れてるから、大丈夫」
「……慣れてるって言うなら聞くけど、入学試験の時はどうだったの」
「あの時は本当に忘れてただけ、今度はちゃんと覚えてる」
ティナは真剣に言った。
「前回も覚えてると言ってた」
「今回は本当に覚えてる」
ウリエルは彼女を見つめて、反論しかけて、止まった。
これは証明のしようがない。
この方向は諦めるしかない。
別の角度から攻めた。
「母さん、高等学院でも俺たちが一緒にいたら、周りの人が……」
「変だって思うんじゃないかって、でしょ」
ティナが先に言った。
「うん、ウリちゃんが前に言ってたこと、ママ覚えてる」
「覚えてるなら、なんで行くの」
「ウリちゃんがいるから」
この論理、ウリエルはもう何度も目の当たりにしていた。
毎回、どこから崩せばいいかわからなくなる。
隙間のない壁の前に立たされたみたいに、どこにも刃が立たない。
黙って机の上の果物を一口かじった。
甘かった。
ここ数日、これが好きだと言ったばかりのやつだ。
ウリエルは果物をモグモグと噛みながら言った。
「仮に、高等学院でもまた、あの、告白してくる人がいたとして」
「ホームシックで泣いてる子は、ちゃんとなだめる」
「……いや、そっちじゃなくて」
ウリエルは一拍置いた。
「告白してくる人がいたとしたら」
ティナは少し考えてから。
「そういう気持ちはないって言って、その子がなだめてほしそうなら、なだめる」
ウリエルはそのプランを頭の中でシミュレーションした。
実行した結果、やっぱり誰かが泣くことになる気がした。
でもそれは他人の問題だから、今は置いておいていい。
頭の中で反論できそうな材料を全部並べて、一つずつ出口を探した。
一つずつ、全部塞がれた。
最終的に果物を食べ終えて、皿を端に寄せて、ペンを手に取って、課題の続きに向き直った。
まだ書き始める前に口が動いた。
「母さん、高等学院の入試、手加減どのくらいにする気なの」
「ウリちゃんが決めていい」
「……中の上くらい。特待生は絶対取らないで。今度こそ本当に覚えてる?」
「覚えてる。中の上、特待生は取らない」
ウリエルは続けた。
「それから、特待生に個室寮の特典がついてても、絶対に要らないって断って」
「……なんで?」
「俺、思春期だから。個人のスペースが必要なので」
ウリエルは真顔ででたらめを言った。
ティナは一秒沈黙した。
「……でも普通の寮だと、ママが別の人と同室になるから」
「そうなったら、ウリちゃんに朝ごはんをどうやって届けたらいいの」
ウリエルはペンを止めた。
机の表面を見た。
深く息を吸った。
(母さん、母さん、自分で買いに行けるっての)
窓の外で夜風が梢を揺らしていた。
部屋の灯りは暖かな黄色で、机の端の果物皿はきれいに空になっていた。
こめかみがまたじわじわと締めつけられてきた。
「母さん、その話はまた今度にしよう」
ウリエルは頭を抱えた。
ティナは立ち上がって皿を手に取った。
「わかった、早く寝なよ。また明日続きを話そう」
それだけ言って、バルコニーへ皿を洗いに行った。
ウリエルは閉まった扉を見つめて、「また明日続きを話そう」という言葉が頭の中でぐるぐると回った。
明日の会話がどうなるか、もう見えていた。
そのとき、ふいに——あの仮面の総帥の背中が、また脳裏に浮かんだ。
赤い彗星。
あの孤独な後ろ姿が、今この瞬間だけは、妙に身近で、甘美な誘惑に思えて……。
ウリエルはその考えを即座につかんで、脳の一番深い引き出しに無理やり押し込んで、ドンと鍵をかけた。
見ない。聞かない。知らない。
頭を下げて、課題の続きを死ぬ気で睨みつけた。
【第二十四話・終】
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