第十七話:俺、クラスの敵になっちゃったみたい
「普通の学生として友達を作りたい」
ただそれだけを願い、まだ自分からは何もしていないはずなのに、なぜか気づけばこんな状況に……。
限りなく透明なモブを志していたウリエルですが、早くもクラスの男子全員を敵(?)に回してしまったようです。
一体どうする、ウリエル君!
来たからには、腹をくくるしかない。
ウリエルが「距離を置く」という計画を正式に諦めたのは、入学してから三日目のことだった。
理由は単純だ。
寮は二人部屋で、ティナと同室だった。
ベッドとベッドの間には、ベッドサイドテーブルひとつ分——だいたい一メートル半の距離がある。
彼はその間取りを「各自の縄張り」だと思っていた。
甘かった。
ティナにとって一メートル半というのは、「夜中に起きて布団をかけ直しにいくための、ちょうどいい移動距離」でしかなかったのだ。
朝、まだ半分夢の中にいる頃、隣のベッドから微かな物音がした。
次に、猫のように音を立てない足音が近づいてきて——その足音が、彼のベッドの脇で止まる。
目を開けなくても分かった。
彼女は今、彼が布団を蹴っていないか確かめているのだ
目が完全に覚めると、枕元の小さなテーブルに朝食が並んでいた。
湯気が立っていた。
脇に小さなメモが添えてある。
「ウリちゃん、昨夜ずっと寝返りを打ってたみたい。悪夢でも見た?」
彼はそのメモを指でつまんだまま、ベッドの上でぼんやりした。
(母さん、メモに書かずに直接聞いてくれていいのに……)
夜、机に向かって本を読んでいると、いつの間にかテーブルの端に温かいお茶か牛乳が置いてある。
持ってきた気配が、一切しない。
他の誰かだったら恐怖を感じるレベルだ。
ウリエル自身、「これ、短編のネタになるな」とちょっと思った。
ちょうど衣替えのタイミングで、タンスを開けると、彼のサイズで仕立てた厚手の服が二着、ぴっちり畳まれて増えていた。
説明は一切ない。
でも縫い目を見れば、誰の手仕事か一目で分かった。
ウリエルはその二着の服を見つめ、心の中でため息をついた。
(このままじゃ、どう考えても自立できない。完全なるダメ息子、爆誕の予感がするな)
おまけに、母さんが裁縫を覚えてからというもの、家では外で服を買ったことがない。
袖を通すと、袖口の長さがぴったりだった。
一分の狂いもなかった。
彼は振り返らずに、空気に向かって言った。
「……母さん、ありがとう」
背後で、ティナがほんの一瞬、キョトンとした気配がした。
無理もない。これまでずっと「ママ」と呼ばれていたのだから。
けれど、(あの子ももう、そういうお年頃なのね)とすぐに納得して受け入れたように――
背後から、聞いただけで口元が緩むような声が返ってきた。
「お礼なんていらないよぉ。ウリちゃんが気に入ってくれたなら、それだけでいいのぉ」
ウリエルは少し複雑な気持ちになった。
気づけば、本物の子供と同じように、ツンデレになってきている。
……気に入っているのは、まあ、少しは気に入っている。
それを口に出す必要は、別にない。
入学から二ヶ月が経つ頃には、ウリエルはこの学院の全体像をかなり正確に把握していた。
結論はひとつ。
「ティナ」という人間は、この学院において、明らかに特殊な存在だった。
成績については、特待生の資格を取った時点で説明が済んでいる。
先生方の彼女への態度は、すでにこんな感じだ。
「何か分からないことがあれば、いつでも聞きにきてね。……私が答えられるかは、ちょっと分からないけど」
訊く側が逆転している。
それに、彼女がどこかに立っているだけで、周囲の視線が自然と吸い寄せられる。
体育の授業では「一緒に組まない?」と声をかけてくる人がいる。
休み時間には、ノートを借りるふりをして少し長く隣に座っていく人がいる。
食堂の列では、前後左右から誰かしらが話しかけてくる。
話題は「授業のこと」から「今日の天気」、「今日、髪の結び方変えた?」まで多種多様で、皆飽きる様子がない。
ティナはそのすべてに、柔らかく微笑んで返した。
断りもしなければ、それ以上踏み込みもしない。
近すぎず遠すぎず——相手が「ちゃんと聞いてもらえてるのかな」と迷うくらいの、絶妙な距離感だった。
ウリエルはその横に立ち、その一部始終を見ながら、だいたい予想通りだと思っていた。
なんというか、近所のおじさんが他所の子どもたちのおしゃべりを聞き流してる、そんな感じだ。
問題は、入学最初の週に行われた実戦演習の授業だった。
クラスで一番人気がありそうな男子が、意を決した様子でティナの前に立った。
爽やかな笑顔を向ける。
「ティナさん、あっちの魔法陣の謎解き、すごく面白そうで。よかったら一緒にやらない?」
ティナはすぐには答えなかった。
代わりに振り向いて、ぼんやりそこに座っていたウリエルを真剣な目で見た。
「ウリエル、謎解き、行きたい?」
男子の笑顔が、かちん、と固まった。
ゆっくりとウリエルへ視線が移動してくる。
ウリエルはその男子を見た。
男子はウリエルを見た。
空気が、じわじわと重くなった。
(あ、すんません、俺お邪魔でした?……)という気まずさと。
(やっぱりこいつ、独占欲激重のヤバい弟じゃん……)という呆れが、無言のまま混ざり合っていた。
「……あっ! そういえば杖、教室に忘れてきた気がして! また今度ということで!」
男子は乾いた笑いを残して、そそくさと逃げていった。
ウリエルは座ったまま、その一部始終を見届けた。
静かに思う。
(終わった。これで男子たちの目には、極度な過保護で厄介な変態弟として映ってしまっただろう)
同じことが、結局五回は繰り返された。
五回目を境に、誰もティナを誘わなくなった。
ティナが高嶺の花になっただけでなく、ウリエル本人まで、わけもわからずクラス全員から孤立し、遠巻きにされるという最上級の待遇を楽しむ羽目になった。
女子からの視線は、礼儀正しい距離感の中に「……分かった、関わらない」という静かな信号が混じっている。
男子からの視線は、もっと直接的だった。
前世と今世、両方で見たことのある種類の目だ。
二つの視線を合わせてみると、外からどう見えているかはだいたい分かった。
(……まあ、こっちは精神的にはもう大人だから、別にいい)
本当にこの年齢の子どもだったら、さすがにきつかっただろうな、と思った。
食事の時間、ウリエルは盆を持ってティナの向かいに座った。
おかずを一品、彼女の方へ押しやる。
声を落とした。
「姉さん、」
「ほかの人と組む時は、俺のことは気にしなくていい」
ティナは顔を上げた。
「でも、姉さんはウリちゃんと同じ班がいいの」
「……」
「それに」
彼女は続けた。
「ウリちゃんが一人でいると、姉さん、心配だもの」
ウリエルはご飯を一口かき込んで、それ以上何も言わなかった。
(何が心配なんだか)
(母さん、俺、前世じゃ酸いも甘いも噛み分けた立派な大人だったんですけど)
(……まあ、今生ではずっと子ども扱いなんだろうけど)
遠足は、前期の折り返しに行われる秋の行事だった。
告知が張り出された日、ウリエルは掲示板の前に立って、内容をざっと読んだ。
目的地は近くの山野。
一日行程。
集団行動あり、自由行動あり。
夕方までに集合。
標準的な内容だった。
隣を見ると、ティナも読んでいた。
「楽しそう」
「……まあ、そうかもな」
ウリエルは答えた。
【第十七話・終】
最後までお読みいただきありがとうございます!
無自覚な鉄壁ガードでクラスメイトを遠ざけるティナお姉ちゃんと、なんだかんだ言って手作りの服を受け入れているツンデレ気味なウリエルでした。
さて、次回は秋の遠足です。




