第十六話:僕のお姉ちゃん、ティナ
入学試験で実力を露呈してしまうのは王道の展開ですが、ウリエルにとっては、決して良いことではないようです。
ここまで来たら、腹をくくるしかない。
ウリエルは両手を顔から下ろした。
向かいの——「ママ」と呼ぶべきか「同級生」と呼ぶべきかわからなくなった何か——を改めて見た。
深く息を吸い、問題を一つずつ理性的に並べていくことにした。
「別の手がある」という考えを、椅子に座ったまま、きっぱりと消した。
(ママの対策能力は本物だ。説得に時間を使うより、これから踏む地雷を先に全部数えた方がいい)
「わかった、生徒として行くとして」
ウリエルは言った。
「いくつか決めておくことがある」
「うん、聞いてる」
「一つ目、学院では能力を使わない」
「うん」
「二つ目、毎日ベタベタしない」
ガラティーナが首を傾げた。
「ベタベタ?」
「つまり」
ウリエルは言葉を選んだ。
過保護の意味をどう伝えるか、考えた。
「ママの“母性”がダダ漏れになってる。俺への接し方が、他の人から見るとすごく変に映る」
「どこが変なの?」
彼女は真剣に聞いていた。
目は澄んでいて、反省の色は欠片もなかった。
「たとえばママが生徒として入学して」
ウリエルは続けた。
「同じクラスで、俺の隣に座って——」
「ノートを取ってあげるわぁ」
即答だった。
あたりまえのように。
「ノートの話じゃない、さっきもそれ言ったよね!」
ウリエルが卓をぱんと叩いた。
「俺たちの接し方を誰かに見られたら、とんでもない誤解が生まれる!」
「熱愛発覚」という喉まで出かかって——止まった。
口にした瞬間、会話が収拾不能な方向へ転がる確信があった。
「私たちの関係、何か問題ある?」
「問題はないけど」
ウリエルはこめかみを揉んだ。
頭が痛くなってきた。
「でも! ママ、俺たちは今、見た目が同い年でしょ。毎日ぴったりくっついてたら、周りがどう思うか」
ガラティーナは真剣に考えた。
「仲がいいと思う?」
「……そう、というか、違う、というか、いや合ってるけど合ってないというか——つまり誤解される」
「わかった」
素直に頷いた。
「気をつける」
「それと」
ウリエルは続けた。
「名前の話」
何日も考えてきたことだった。
ガラティーナという名前は、この世界で決して無名ではない。
特に年配の者にとって——勇者の名は、家ごとに語られるほど有名ではないにせよ、どこかで引っかかる可能性がある。
「学院では名前を変える」
「何に?」
彼は少し考えて、名前を真っ二つにぶった斬った。
「ティナ」
ガラティーナがぱっと手を打った。
嬉しそうに。
「じゃあウリちゃんはママのことをティナって——」
「名前で呼ぶ。ママとは呼べない」
「……」
静かになった。
「それは、ちょっと難しい」
「ママ」
ウリエルは真剣な目で見た。
「ここは交渉の余地がない」
ガラティーナは目を閉じ、少し困ったような顔をしながら、それでも小さく頷いた。
「……わかった。ティナ」
「うん」
「でもよく聞いて——学院の中では、生徒のティナであって、俺のママじゃない。これは大事なことだ」
「わかってる」
「おかずを取り分けてはダメ」
「……うん」
「緩んだ靴紐を結んであげるのも禁止」
「……わかった」
「もし俺が病気になったら——」
「通りがかったふりをして、薬をこっそり机の上に置いておく」
即答だった。
ウリエルは眉を寄せた。
問題が解決されたのか、別の問題に置き換わっただけなのか、判断が難しかった。
でも、これ以上の対策が思いつかなかった。
「……まあ、いい」
最終的に言った。
「とりあえず、それで」
入学試験は数日後だった。
義務入学のはずなのに試験があることに、ウリエルはいまいち納得がいかなかった。
聞き込んでみると、学院が各生徒の資質を前もって把握して、クラス分けと資源配分に活用するらしかった。
十日間で参考書を数冊読み込んで、試験範囲を把握した。
難易度は高くない。
心配なのは自分ではなく、もう一人の方だった。
「ママ」
試験前夜、卓の前に座って、真顔で言った。
「明日の試験、加減すること」
ガラティーナが向かいで、真剣に頷いた。
「基礎問題は速く解かない。“ちゃんと考えてる”という雰囲気を出して」
「わかった」
「記述はゆっくり書く。適度に誤字も入れて」
「うん」
「魔法の実技は——実力を、普通の入学レベルまで抑えて。日頃俺の体調を確認する時の、その十分の一の程度にして、そこからさらに半分くらいに抑えて」
(もう少し抑えるべきか、百分の一とか? それでも多いか?)
自分の「二十分の一」という判断に、あまり自信が持てなかった。
試験会場は、町の公共の大広間を一時的に借りたものだった。
受験する子供たちが、だらだらと庭先に並んでいた。
一番幼そうな子はぎりぎり年齢に届いたばかりに見えて、一番年上は十五歳、締め切りぎりぎりに駆け込んできた雰囲気だった。
ウリエルはひと通り見渡してから、視線を戻した。
隣に。
ガラティーナが静かに立っていた。
制服姿で、髪型もきっちりしていて、変身後の顔は周りの子供たちに年齢的に完全に溶け込んでいた。
気質だけが、少し飛び抜けていた。
でも、これが彼女にできる最大限だと、ウリエルも知っていた。
筆記は特に問題なかった。
解答速度を意識的に落として、混乱しやすい計算問題でわざと間違えた。
裏面をめくると、記述式の自由記述問題が一問あった。
「エーテルと魔法詠唱の関係について、理解を述べなさい。字数制限なし」
この問題に、十分ほどかけた。
「平均より上だが、飛び抜けてはいない」という着地点を探しながら全力で捻り出した。
「知っていることを知らないふりで書く」というのは、思いのほか難しかった。
これが「知識の呪い」というやつだと、身に染みた。
書き終えて、筆を置いて——そっと横を覗いた。
ガラティーナはまだ書いていた。
彼の視線は彼女の答案用紙に落ちたが、少しして再び前を向き、表情も内心も、まるで何も見ていないかのように完全に落ち着き払っていた。
ただ心の中に、四文字だけが横切った。
(終わった)
彼女の記述欄は、びっしりと埋まっていた。
(ママ、「字数制限なし」って書いてあるのを見て——本気で書いたんだ……)
実技は、魔力感知の発揮を見るものだった。
他の受験生の出力を確認してから、自分の目安を決めた。
家で練習していた頃より全員だいぶ弱かったので、さらに抑えることにした。
目立って首位になるのも得策ではない。
精密にコントロールして、ぎりぎり合格圏の「普通の子」として着地させた。
何とか通った。
待合スペースに座って、自分の出来を振り返った。
まあ、悪くない。
ガラティーナが隣に座って、膝の上に手を置いて、背筋を伸ばしていた。
ウリエルはちらと見て、念を押してあったことを思い出して、そっと目を逸らした。
ガラティーナの実技の番が来た。
ウリエルはそちらを見なかった。
ただ足元を眺めながら——《観測者》が捉えるエーテルの流れだけで、全部わかった。
(また終わった)
会場の空気が、丸ごと一つ変わった。
ウリエルはゆっくりと顔を上げた。
試験監督の先生が、その場に立ち尽くしていた。
手の測定水晶が——ウリエルの位置からでも、眩しすぎるくらい輝いていた。
周りの子供たちが動きを止めて、一人ずつそちらを見ていた。
試験監督は長い間水晶を見て、声の震えを抑えきれない様子で口を開いた。
「あの……そこの生徒さん、普段はどんな勉強を?」
ガラティーナは目を瞬かせた。
真剣な顔で答えた。
「あの、ママに教えてもらってます」
「……」
「その」
試験監督が別の聞き方に切り替えた。
「今見せてくれたのは、普通の状態ですか?」
「えーと」
ガラティーナが頷いた。
「ママが手を抜けって言うからぁ、ほんのちょっとだけにしたのよぉ」
会場に、一瞬、完全な沈黙が落ちた。
(まだ『ママ』って言ってくれてよかった。もし『息子』って言ってたら即アウトだった)
(いや待て、何が正常レベルだ『ママが手を抜けって言うから』ってなんだよ、助けてくれ!)
ウリエルは待合スペースで頭を抱えた。
「終わった」という言葉を出す気力も、もうなかった。
試験監督は困惑と衝撃の中間のような顔をしていた。
「これは私の判断を超えています」という文字が、その表情に全部書かれていた。
一人が答案用紙を手に取り、三枚目を開いて、また一枚目に戻した。
もう一人の試験監督と目を合わせた。
それから二人でガラティーナに何か言って、ガラティーナが頷いて、ついていった。
ウリエルは対策を考える間もなかった。
(まあ、いい)
ガラティーナが先生たちに囲まれているのを見た。
こちらをちらと見た。
「ウリちゃん心配しなくていいよ」という顔をしていた。
別室の扉が閉まった。
ウリエルはその扉をじっと見ていた。
生意気な同級生が手を出してくるのは想定していた。
道に迷って教室を間違えるのも想定していた。
でも——入学試験の実技で、こんな形で崩壊するとは。
加減するよう念を押した。
普通に見せるよう念を押した。
それでも「ちょっとだけ」の一言が、試験監督を全員集合させた。
(ママ、その『ちょっと』って、もしかして『兆』と聞き間違えてない?)
扉が開いた。
ガラティーナが戻ってきた。
顔に、何もなかった。
台所に何かを取りに行っただけ、というような顔だった。
ウリエルが立ち上がって、口を開こうとした——
その背後に、先生が一人ついてきていた。
手に書類を持って、「何が起きたかはよくわからないが、なぜか全て丸く収まってしまった」という顔をしていた。
「ウリエル君」
その先生が口を開いた。
声が少し浮ついていた。
「あなたのご……このティナさんの特別な事情を考慮して、学院側では西区の独立棟に個室を用意することになりました。環境が静かで、深い学習に適した場所です」
(「あなたのご」で止まったのは何? 「家の方」と言いかけた? 間違ってはいないけど、響きが妙だった)
ウリエルは頷いて、この配置の利点と欠点を素早く並べた。
(個室、悪くない。ママの気配が周りの宿舎に漏れない)
「それと」
先生が書類をめくった。
「その部屋は特待生専用の配置でして、学院の慣例で同室者を一名指定できます。ティナさんがすでに記入されています」
書類が差し出された。
一行に指が示された。
ウリエルは俯いて読んだ。
「同室者:ウリエル」
丁寧な字だった。
一画一画。
彼が家で備忘録をつける際のあの字と、まったく同じだった。
ウリエルはその行を、一生分くらいの長さの間、眺めた。
先生がもう一枚めくって、付け加えた。
「ティナさんのご発言によりますと、こちらは彼女の……弟君で、面倒を見る必要があるとのことで」
弟。
面倒を見る。
ウリエルはロボットのようにぎこちなく、首をゆっくりと動かして、隣に立つガラティーナを見た。
彼女は金色の目で静かにこちらを見ていた。
表情から読み取れた。
完璧な段取りをした。
あとは承認を待っている。
口の端に、ほんのわずか、満足の色があった。
ウリエルは言いたいことを全部、喉の奥に押し込んだ。
(褒めない。絶対に褒めない)
背中に、じわりと冷や汗が滲んでいた。
先生は書類をまとめて頷いた。
声が明るかった。
「では決まりということで。西区独立棟、明日入居可能で、明後日から授業開始です」
それからウリエルに——少し同情するような、気のせいではないかもしれない——微笑みを向けた。
「ウリエル君、あなたのお姉さんは……個性的な方ですね」
「……」
「はい」
最終的に、その一言だけが出てきた。
「そうです」
大広間に二人だけが残った。
ウリエルは深く息を吸った。
「ママ」
「なあに」
「中で先生と何を話したの?」
「エーテル場の二次振動の原理を説明して」
ガラティーナは平静に答えた。
「あと、呪力の相殺構造の基礎もちょっと。たくさん聞かれたから、全部答えた」
「……それで?」
「特別な手配をするって言われたから」
「ついでにウリちゃんの名前も書いておいた」
ウリエルは一つの、疲れきった、でもどうにもならない結論に達した。
ママの一手一手には、それぞれ筋が通っている。
一つ一つ取り出せば、反論できない。
でも全部が合わさると、結果は毎回——
「ママ」
彼は言った。
「明日、同じ部屋に入ることになったけど、それが何を意味するかわかってる?」
「ウリちゃんが学院にいる間」
彼女はあたりまえのことを言う声で。
「お布団を畳んであげられるわぁ」
——毎回、こうなる。
ウリエルは顔を上げて、空を見て、深呼吸した。
今、自分の頭は完全にオーバーヒートして赤熱化してるな。
試験監督が去り際に見せたあの目と、ひそひそ声を思い出した。
(あー、もしかして名家の子供たちが遠出してきたと思われてる。あの理論、普通の人には馴染みがないもんな)
頭の上を、鳥の群れが翼をはためかせて通り過ぎた。
のどかな音だった。
「ママ」
歩き出しながら言った。
「学院に入ったら、さっき決めたこと、覚えてるな?」
「覚えてる」
ガラティーナがついてきた。
「能力は使わない。ウリちゃんにべったりしない。ティナって呼んでもらう」
彼は答えず自室のように前を歩き、ガラティーナもその隣をついて歩く。その足取りは軽く、歩くリズムに合わせて銀髪がサラサラと揺れていた。
ウリエルは俯きながら、これから三年間に踏むかもしれない地雷を、頭の中で一つずつ数え始めた。
途中でやめた。
多すぎた。
数えきれなかった。
(普通、学院に通う歳になれば『ママ』から『母さん』に呼び方を卒業するもんだろう。なんで俺は『姉さん』にジョブチェンジしなきゃならないんだよ……)
二人は並んで、秋の長い帰り道を歩いた。
背後で、学院の屋根がゆっくりと小さくなっていった。
明日もまた来る。どうせまた騒ぎが起きるのはわかりきっているけれど。
【第十六話・終】
最後までお読みいただきありがとうございます!
「ママ」から「お姉ちゃん」へジョブチェンジし、まさかの同室生活も確定。ウリエルの胃痛はまだまだこれからが本番です。
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