第百七話:どうして全員女なんだ
王都に戻ったウリエルを待っていたのは、金雀花ホテルの最上階に整列した、二十四名の魔法少女たちだった。
年齢も、背丈も、髪の色もバラバラ。それでも全員の目が、同じ熱でこちらを見つめている。
ウリエルはルミナについて路地の出口まで歩き、二人並んで王都の大通りに曲がった。
たった二日離れていただけなのに、ダンジョン攻略から帰還したと思ったらすぐさまメインクエストに強制参加させられた気分だった。
王都の通りはいつもと変わらない。
行人、馬車、行商人の呼び込み。
何も起きていないかのように、全てが穏やかだった。
ルミナの歩調は相変わらず無駄がなく、表情は主人の買い物に付き合う侍女のように無関心だった。
ただしこの侍女が醸し出す威圧感は、向こうから歩いてきた通行人を反射的に半歩退かせるには十分すぎた。
半ブロック歩く間に、ウリエルの思考はすでに二転三転と目まぐるしく巡っていた。
母さんが突然拠点を移したのは、どう考えても吉報ではない。考えられる可能性はいくつかある。身バレした、王国側に目をつけられた、あるいは教団側が何か動いた。
普段なら即座にルミナの肩を掴んで大声で問い詰めていたところだ。
しかし今はできない。
……「冷徹な書記官」というキャラを死守しなければならない。
ウリエルは呼吸を整え、何の動揺も見せない顔を作り、できるだけ何でもないような口調で口を開いた。
「王国側に動きはありますか? 教団の方は?」
ルミナの背筋が瞬時に張り詰め、反射的に足を揃えて直立しようとした。
王都の賑やかな大通りを素早く見回し、敬礼の動作をぎりぎりで止める。
右手を上げ、すらりとした指が空中を素早く数回走った。
かすかな魔力の波動がウリエルの耳元をかすめ、次の瞬間、彼女の声が直接頭の中に響いた。
口は全く動いていないのに、いつも対面で報告を受けるのと全く同じ声だった。
「王国側ですが、エステラが騎士団本部に直接乗り込みました。呪縛教団の手がかりを掴んだようです」
一拍置いて、ウリエルには微妙に聞こえる言い回しを使った。
「ただし、王国公式の教団浸透への察知は……非常に鈍いです」
「呪縛教団については、王都では現在新たな動きはありません。王都内に残っているのは、核心教義すら知らない最底辺の末端構成員だけです。情報価値のない標的です。エステラはそちらに興味を持っているようで、今は張り付いています」
ウリエルは聞き終えると、指で顎をこすった。
(つまり何もないってこと? 王国側はまだ旅団に辿り着いていないし、教団も縮んでいる。残ってるのはザコだけ)
緊急事態でないなら、拠点移動には別の理由があるはずだ。
どうせすぐ母さんに会えるんだから、ここで憶測するより直接聞いた方が早い。
そう思うと、足取りが少し軽くなった。
しばらく歩くと、二人は壮麗な建物の前に出た。
正門の上には純金製の看板が掲げられている。
「金雀花ホテル」。
ロビーの床には高価な大理石が敷き詰められ、頭上には非常識なほど巨大なシャンデリアが吊るされている。
ウリエルは一度見上げ、この立地とこの内装の値段を頭の中で静かに計算した。
(え、母さん本気出した?)
隣を見るとルミナはすでに扉を押して中に入っていた。
フロントのスタッフはルミナを一瞥して軽く頷き、すぐに頭を下げて自分の仕事に戻った。
その意図的に目を逸らす態度から、ウリエルにはおぼろげに分かった。
ここはもう普通のホテルではないのだろう。
ルミナに続いて階段を上る。一階、また一階。
最上階に着くと、ルミナは濃い木目の両開き扉の前で足を止め、手をかけて押し開けた。
扉が開いた瞬間、内側からかかとを揃え体を正す音が一斉に鳴り響いた。
鮮やかで無駄がない。明らかに訓練された動きだった。
「書記官、ご機嫌麗しゅう!」
二十人か三十人かという少女たちの声が同時に炸裂し、音圧で大広間の天井から漆喰が剥がれ落ちそうだった。
ウリエルが踏み込もうとした足が、宙に浮いたまま固まった。
動こうとしたが、目の前の光景に頭が追いつかなかった。
廊下に二列で整然と並ぶ少女たちが二十人以上。
年齢は十五、六歳から二十歳そこそこまでで、全員が同じ制服を着て、衿元には同じ銀の小徽章が光り、姿勢は寸分の乱れもない。
全員が、花も恥じらう年頃の少女たち。
全員が同じ熱のこもった眼差しでウリエルを見ていた。
なんと表現すればいいか。
推しに初めて生で会えた時の興奮と期待、それに狂熱を混ぜ合わせたような目だった。
ウリエルは呆然と立ち尽くし、ゆっくりルミナに顔を向けて、歯の隙間から絞り出した。
「……これはどういう状況だ」
「魔法少女旅団の、現在待機している者全員です」
ルミナは直接声に出す話し方に戻り、淡々とした口調の中にかすかな誇りが滲んでいた。
「計二十四名。他に十数名が外勤中です。全員が入団審査を通過しており、忠誠度に問題はございません」
ウリエルは二十四の溌剌とした顔をもう一度見渡した。
(え、ちょっと待って。俺が前に魔法少女って答えただけで、いつの間にここまで規模が膨らんだの?)
「それで——魔女はどこだ?」
まず本題を押さえることにした。
言い終わると同時に、廊下の奥の扉が開いた。
ガラティーナが部屋から出てきた。
普段着の、少し野暮ったいルームウェアのままで、手には天板付きの焼き菓子皿を抱えている。エプロンには小麦粉が少し飛んでいた。
彼女の視線がウリエルに降りた瞬間、顔がぱっと明るくなった。
「ウリちゃんおかえりぃ!」
焼き菓子皿を傍らのハイテーブルに無造作に置き、両腕を広げて抱きつこうとしてきた。
「疲れたぁ? 休む? ママが焼きたてのクッキー取っといたよぉ——」
ウリエルは反射的に半歩引いて、両手で彼女の肩を押し止めた。
「母さん、こんな大人数が見てるんだよ。今は魔女なんだから、威厳を保って」
ガラティーナはこてんと首を傾けた。
ルールを説明されたけどなぜそのルールがあるのか全く分からない幼稚園児のような顔だった。
「いいじゃないのぉ。今朝もみんなにお菓子を作ってあげたらねぇ、すごーく喜んでくれたのよぉ」
ウリエルの表情が固まった。
ゆっくりルミナに顔を向ける。
その目が「嘘だと言ってくれ」と書いていた。
ルミナはその視線を真正面から受け止め、厳かに頷いた。
「魔女様は最も慈悲深く、そして最も冷酷な御方でございます。今朝はバタークッキーを、レモンケーキを、そして大皿チキンライスを、旅団メンバーのために直々にお作りになりました。冷酷と温柔の共存——魔法少女たちはその両面を、この目で見届けました」
(ちょっと待て。最後のやつ何? なんでこの世界に大皿チキンライスがあるの? 母さん俺にまだ隠してることあるよね?)
ウリエルは抵抗を諦めた。
手を緩めると、ガラティーナが待っていたとばかりに飛び込んで抱きしめた。
母親に顔を埋められながら、ウリエルは廊下の両側を見渡した。
魔法少女たちの目線がさらに複雑な色に進化していた。
おおよそ翻訳すると「この人、もしかして魔女様と同じ種類の存在なのでは……?」という感じで、しかも全員が背筋を伸ばしたまま整列している様子は、まるで観閲式の方陣だった。
ウリエルはそろそろ限界だった。
ウリエルはガラティーナの背中を叩いて離れてもらい、母さんが半歩引いてから、衿を正して深く息を吸い、わざと低く咳払いをした。
二十四の期待に満ちた顔と向き合う。
このままでは場を持たせられないと判断し、理論上はカッコいいはずの一言を絞り出した。
「我が旅団は、各員が己の責務を全うすることを期待しております」
広間の空気が止まった。
その一言が出た瞬間、新加入の魔法少女たちだけでなく、いつも冷静なルミナの目にすら、驚くほどの光が弾けた。
ウリエルは続けて、少しだけ緩んだ声で付け加えた。
「ここで立ったままでいる必要はありません。休んでください」
「はっ!」
二十四の声が揃い、その直後に軽快で素早い足音が続いた。
魔法少女たちは列を崩して広間の片側のソファに小走りで移動し、一人ずつ着席した。
動きは百回稽古したかのように洗練されていて、座ってからも姿勢を崩さない。
ただし視線だけは、こっそりこちらへ流れ続けていた。
「まあウリちゃんかっこよかったねぇ!」
ガラティーナがその場で拍手した。
空気など全く気にしていない。
ウリエルはこめかみを揉み、そこで怒涛の出来事に揉まれてすっかり忘れていた疑問を思い出した。
ルミナに向き直り、ひっそりと尋ねた。
「全員女性のようですが。男性を助けたことはないのですか?」
ルミナのエルフ耳がわずかに動いた。
「あります」
「その人たちは?」
「加入したいという申し出がありました。ただ、男性を受け入れると、彼らは魔法少年と呼ばれるべき存在になります。これは魔法少女旅団という名称と著しく矛盾します。編制の統一性を維持するため、男性の加入申請は全て却下しました」
ルミナは言い切ってから、少し空気が抜けたようにウリエルを見た。
自分が何か失敗を犯したのではないかと案じているらしい。
ウリエルは棒立ちのまま、その場に固まった。
廊下に溢れる少女たち。
いつの間にか部屋から出てきて干し肉を齧っているフェンリア。
今ここにいないキラ。
そして今にも背後から抱きついてくる勢いの母さん。
彼は静かに二歩後退して、背中を壁につけた。
圧倒的女子率。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、それは冗談ではなく、痛切に現実だと感じられた。
【第百七話・終】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる!」「笑った!」と少しでも思っていただけましたら、 ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!
ブックマークの登録も、ぜひよろしくお願いいたします! 次回もよろしくお願いします!




