04
朝日がまぶしく降り注ぐ中、グレゴリオ半分走りながら審判の間まで急いでいた。ミカエルの死者審判が始まってから10日あまりが過ぎようとしていた。もう、当初の約束であった<死者を2,000人裁く>の、死者も2,000人になろうとしていた。そんな中、彼にしては珍しく朝寝坊してしまったのだ。
「急がないと……ミカエル様に怒られる……!」
(本人曰く)ミカエル所有の広場を抜け、グレゴリオは知らず知らずのうちにガブリエルの持つ宮殿のような建物の前に着いた。
「あれ…?私は今審判の間に……」
「悪いわね、グレゴリオ。少し話がしたくてこちらに来てもらったのよ。」
「ガ、ガブリエル様!?」
「あら、覚えていてくれたの?いい心がけだわ。……それで、最近のミカエルはどうかしら?まさかとは思うけど、下界に戻りたいなんていってないわよね?」
「下界に戻りたいとは仰っておりませんでした。」
グレゴリオの報告を聞くと、ガブリエルは安心したように笑った。
「そう、それならよかったわ。2,000人の死者を裁けば仕事の担当を変えるといったけどそれはどうかしら?」
「わが主はそれを強く望んでおいでです。」
「そろそろ2,000人に?」
「はい。恐らく今日あたりに2,000人になると思います。」
「よろしい。それじゃあ、これを最後の質問にするわね。グレゴリオ、今までどおりに正直に答えてちょうだい。
ミカエルは、大天使であることに満足している?」
グレゴリオは少し考えた後、ミカエルを思い出してみた。
「いえ、満足不満足という問題以前の話です。我が主はすこしでも早く大天使の座を辞したいと考えております。現に、仕事の初日に自分を大天使と呼んだ天使を仕事をやめさせたくらいですから。」
「やっぱりそうなのね。……ありがとう、グレゴリオ。参考になったわ。それじゃあもう仕事に行きなさい。ミカエルが待ってるわ。」
ガブリエルは立ち上がると手で出口を示した。グレゴリオはお礼を言うと、小走りで審判の間に向かっていった。グレゴリオが去ったのを見ると、ガブリエルは寂しげに呟いた。
「………なにがあってもやめることは出来ないのよ、ミカエル。……どう足掻いても運命は変えられないわ……」
審判のまではすでに審判が始まっていた、少なくともグレゴリオはそう思っていた。
だが、審判の間からは物音ひとつ聞こえない。グレゴリオは不信感に包まれながら審判の間に入った。
「ああグレッグ!私の忠実なる部下よ!」
ミカエルは近くの窓から顔を出していた。いつの間にかグレゴリオはニックネームがついている。
「申し訳ありません、ミカエル様。ガブリエル様に呼ばれていたのです。」
「ガブリエルに?何かされたのかい?」
「いえ、主にミカエル様についてですが……時にミカエル様、一体何をしておいでで?」
「あまりにも君が遅いからこうやって探していたところさ。どうしても見つからないから今私の水鏡で見てみようと思っていたのだよ。グレッグ、君が居ないから審判は時間をずらしたんだ。」
「それはそれは……そういえば、前はウリエル様の気配はわかってらっしゃいましたのに、何故ガブリエル様の気配と私の気配はわからなかったのですか?」
「ガブリエルだけではないが…大天使ともなると己の気配は自由に操れるようになっていてね。彼女はいつも己の気配を絶つ癖があるから滅多な事じゃ測れないのだよ。」
いつのまにか審判の間に戻っていたミカエルは笑っていった。
先ほどのミカエルの話をまとめると、グレゴリオ自身の気配はつかめても、一緒に居る人の気配がつかめなかったら結局意味は無いのだと、グレゴリオは合点がいった。
「そういえば、ガブリエルは何を聞いてきたんだい?私に困ったことなんて無いだろうに」
「ミカエル様の仕事の様子について聞かれました。あとは、本当に大天使でいいのか、とも聞かれました。」
大天使
この言葉を聞いた瞬間、ミカエルの表情が硬くなった。
「………わかっているんだ、わかってはいるのだよ。どうやっても大天使を辞することは出来ないくらい。ただ……私の本能が大天使というのを認めたくないんだ。わかっておくれ、グレッグ。」
「はい、ミカエル様。」
「きっと、下界に居た2,000年が私を人間に近づけたのだろうね。」
その言葉を聞いて、グレゴリオはふと疑問にかられた。
「ミカエル様は、下界で何をしていたのですか?」
「下界で?私が?」
ミカエルは楽しそうに笑うと、玉座に腰掛けて悠々と足を組み話しはじめた。
「私が始めて下界に落とされた年は、確か…キリ…イエス様がまだ生まれる前だったかな。そこの泉の水を少しだけ持っていたからそれを水晶にしていろいろみていたんだが……下界でいう西洋の魔女狩りなんかは見てられなかったね。それから2,000年間は戦争に巻き込まれるし、疫病の予報をした所で誰も未然にふせごうともしなかったよ。そのくせ何か嫌なことがあればすぐに神頼みだ。…全く、人間というものはつくづく扱いに困るよ。」
「2,000年も居たのに怪しまれなかったのですか?」
「それなりに姿を変えていたからきっと人間にはわからなかったと思うよ。」
「例えばどのような姿で?」
それを聞かれるとミカエルはとても楽しそうな顔で、尚且つ目を輝かせながら話し出した。
「そうだね……下界に下りた最初の年はやはり天使に近い生き方をしたかな。その時私はヨハネと名乗っていた気がする。最近は普通の人間だったよ。まあ、どんな姿で居ても基本的にはちょっと目立つことをしてきたがね。……中でも一番目立つことといえば、世紀末の大予言をしてきたことだろうね。その予言より前にした予言は全て水晶で見たことだったから本当の予言だったけど最後の予言だけちょっとしたジョークで言ってみたらものすごい激震が走ったなあ……いや、あれは実に愉快だったよ。」
「ずいぶん派手にやってきたんですね……どのような予言をしたのですか?」
「人類滅亡、その時名乗っていた者の名前を取って“ノストラダムスの大予言”と呼ばれていたはずだ。」
グレゴリオは苦笑した。あろうことか、自分の目の前に居る天使は下界ででたらめを大々的に予言したのだ。グレゴリオが何か聞こうと口を開いたとき、ミカエルが不意に窓の外を見て言った。
「そういえば元気でいるだろうか……」
「だれのことです?」
「下界に居る、私の唯一の友人だよ。彼はとても理解があった。人間にしておくにはもったいないくらいだったね。」
「いつの時代の友人だったのですか?」
「ごく最近さ。その時は私はミシェルと名乗っていたかな。私がここに昇って来る直前まで彼と一緒に居たんだ。だが、彼には金が無かったんだね。金を稼ぐために旅に出るといってどこかに行ってしまった。それっきりだよ。」
それっきり、ミカエルは口を閉ざしてしまった。グレゴリオは困って辺りを見渡した。すると、審判の間の外がなにやら騒がしい。
「ミカエル様、本日の審判をそろそろ始めたほうがよろしいのではないのでしょうか…?外に死者がたまっているようです。」
「何!?それなら早く審判をしなければ!さあ、グレッグ、忠実なる部下よ!仕事の準備に取り掛かり給え!」
「承知いたしましたミカエル様!」
そして、また死者審判が始まるのだった。一方のグレゴリオはミカエルの話しを聞いて、死者の生前を考えながら慎重に仕事をしようと決めたのだった。
約束の2,000人まで、残り僅か。
2019/10/20 転載




