05
仕事に取り掛かる直前、ミカエルはグレゴリオに尋ねた。
「2,000人まであとどのくらいだい?」
「今数えてみたところ本日の審判で2,000人を迎えるようです。」
「2,000人?ぴったり2,000人になるのかい?」
「めずらしいことに、どうやらそのようですね。」
「そうか……私としてはもう少し長引くかと思っていたのだが……」
感慨深げな顔で呟いた。まさかこんなに早く2,000人になるとは思っていなかったのだろう。
「……さあミカエル様、本日で最後のお勤めです。死力を尽くして参りましょう。」
「ああ。よろしく頼むよ」
「それでは審判の間を開放します。玉座にお戻りください」
グレゴリオは、玉座に座したのを確認すると審判の間を開放した。一列に並ばされた死者がいまや遅しと待っている。今日はいつもより多めの200人前後だ。
「最初の罪人は――――」
審判の間において、死者のことを呼ぶときには罪人というふうに呼ぶ。生前犯した罪を裁かれるからだ。罪人は下界で死した後、この天界と下界と獄界の狭間に落とされ、そしてミカエルやウリエルといった大天使たちに裁かれる。大天使の判定が覆されることは無い。それほどまでに大天使は絶対的な存在なのだ。そして裁かれた罪人はそれぞれの場所に行ってある程度時間が経ってから転生する。
天界には種類が存在しないが、地獄には4種類の地獄があり、最上層、中層、下層、最下層がそれである。ミカエルの双子の兄、ラファエルは、何万年も前に大天使と神に反旗を翻し、無期限で地獄の最下層を収めることを己の罪とされた。
家族というものが絶対的なつながりになっている天界で、何故双子の弟であるミカエルが一緒に裁かれなかったのか、最近の天使達は疑問に思っている。実際グレゴリオも、ガブリエルにこの話を聞くまでそう思っていた。
『あの時ミカエルが一緒に裁かれなかったのは、そのときの大天使様に自分から頼んでラファエルの審判をしたからなの。審判は普通なら大天使しか出来ないものだけど、自分の家族なら希望すれば自分で家族を裁くことも出来るのよ。つまり、
――――ラファエルを地獄に落としたのは、ミカエルなの』
聞けば、ラファエルとミカエルなとても仲がよかったらしい。だから、ラファエルの反乱も、ミカエルは本気で止めたそうだ。だが、ラファエルはそれを振り切り反乱を起こした。だからミカエルはラファエルを裁いた。それを考慮して、ミカエルは裁きを逃れたらしい。
『でもね、ラファエルもミカエルも、大天使というものに嫌気を感じていたらしいの。あの行動的な双子のうちどちらかが行動を起こすことは誰もが予想できた事態よ。もしかするとラファエルはミカエルを……』
「次の罪人、入りなさい」
グレゴリオはミカエルの声で我に返った。
「罪人番号第1999番、名前は―――」
あっという間に1999人が終了した。審判の間の外で裁きを待つものはあと一人である。
「次が最後の審判です。ミカエル様、頑張って下さい」
「ありがとうグレッグ。
…罪人、入りなさい」
ミカエルが声をかけ、罪人が入ってきた。だが、ミカエルの様子がおかしい。グレゴリオは名簿の名前を読み上げた。
「罪人番号第2000番、名前はジャンヌ・サマエル、フランス人」
「ジャンヌ・サマエル……」
「性別は男、彼は――――」
「ちょっと待ってくれないか?少し休憩したいんだ。少しだけでいいから」
普通とは違う様子で言ってくるのでグレゴリオは思わず0Kしてしまった。気づいたときにはもう、ミカエルは罪人を下がらせていた。
「ミカエル様、一体どうしたというんです?」
「ジャンヌ……ジャンヌ……嘘だろう?だって私が見たときはまだ死相が出てなかったはずなのに…何故だ?」
グレゴリオは、ミカエルがあんなに狼狽しているところをはじめてみた。
「もしかして、彼は……」
「ああ。さっき話していた私の唯一の友人だ。」
「死相を見たのですか?」
「最近は下界で水晶占いをして生計を立てていたから。ジャンヌとはそこであったんだ。なのに、なんで彼が……?」
「ですが……何があっても審判は公正でなければならないのです。たとえ、ミカエル様のご友人でも。」
「……わかっている。わかっているとも。それに、向こうはこの私を知らないはずだ。大丈夫だ。無理ではない。」
ぶつぶつ呟いているミカエルを見て気づいた。そうか、相手はわかっていないのか。それはなんという悲劇だろう。最後の最後で、こんなことがあって良いのか。
「……ミカエル様、そろそろはじめないと……お辛いでしょうがここはなんとか……」
グレゴリオは苦々しい表情のまま言うと、ミカエルは弱々しく笑っていった。
「ああ、すまないね、グレッグ」
2人が審判の間に入ってしばらくすると、ジャンヌはおとなしく入ってきた。
グレゴリオは思った。何も、ジャンヌが悪いことをしていなければ彼は天国行きになるのだ。そうすればミカエル様も安心するに違いない。
「罪人番号第2,000番、ジャンヌの生前の罪は―――」
できるだけ明るい報告をしようと、グレゴリオがジャンヌの名簿を見た瞬間、嫌な汗が全身を流れた。
「借金取り3名を殺害。下界の裁判でも裁かれ、刑の執行中に死亡、こちらに来たようです。」
「そんな……」
「そのほかにも、パンや葡萄酒などを盗んでそれで生活をしていたともあります。」
グレゴリオは唇を噛んだ。ミカエルも絶望的な顔をしている。
何故、自分の大切な人に限って情状酌量の余地がないのだろうか。
何故、自分が裁かなければならないのだろうか。
ミカエルはかつて自分が、自分の分身ともいえる双子の兄を裁いた時のことを思い出していた。
『……ミカエル、お前に裁いてもらえて嬉しかった。もう、思い残すことはない。もう二度と会えないだろうが私はお前を忘れない。』
『ラファエル……』
『苦しい審判をさせてしまってすまなかった。ありがとう、ミカエル』
あの日の光景が、今まさに蘇ろうとしていた。
2019/10/20 転載




