02
真面目なグレゴリオは困っていた。前回登場したときは浮かれていたとあったが今回は困っているのである。とても困っているのである。本人の名誉のためにいうが、グレゴリオはそれほど判断力に乏しい天使ではない。そんな彼が困っていたその原因は、ごく最近まで下界に落とされていた大天使ミカエルにある。
「あ、ちょっとそこのお姉さん!私とユートピアに行かない?」
「ねえねえ、お嬢さん、私大天使なんだけど……ってああ、ちょっと、無視しないでくれよ!」
「さあ、私と新天地を旅しよう!」
暇さえあればナンパ、ナンパ、ナンパ。しかも毎回失敗している。正直言ってダサすぎる。グレゴリオだってナンパをしてもあれほど失敗することはないだろう(当の本人はなるべく侮蔑の視線を向けないように必死だった)。まるで昨日、ガブリエルとウリエルに命じられた仕事を忘れてしまっているようだ。……おそらく、忘れているわけではないと思いたいグレゴリオは冷や汗半分に尋ねた。
「ミカエル様」
「君は…昨日ガブリエル達と一緒にいた、なりたて天使のグレゴリオだね?」
「お見知り置きいただき光栄です。それと、おそれながらミカエル様、お仕事の方は滞りなくできていますか?」
「仕事……?」
ミカエルは「は?なにそれ?」とでも言いたげな顔をした。やはりそうか。グレゴリオはため息をつきながらいった。
「よろしいですか、ミカエル様!」
「あ、ああ」
「私はミカエル様のお仕事の詳細を知りません。知っているのはミカエル様、ガブリエル様、ウリエル様なのです。ですから、もしミカエル様が仕事の内容をお忘れになっているのならガブリエル様かウリエル様に聞きに行かねばならないのです。さあ、ミカエル様。貴方のお仕事はなんですか?」
グレゴリオの剣幕に気圧されたミカエルが若干驚きながら答えた。
「……下界から昇ってくる死者が天国に住むにふさわしいか審判をする」
「ならば早く審判を始めてください。さあ、死者は待ってはくれませんよ」
「なぜ君は私をせかすんだい?」
困った顔でミカエルが尋ねてきた。おそらく、仕事があまり好きではないのだろう。
そんなミカエルを見てグレゴリオはあくまで毅然とした様子で答えるのだった。
「ミカエル様をせかすのも私の仕事の内なのです」
審判の間に行くと中には既に誰かがいるようで、次々と死者が裁かれている。
「……この感じはウリエルだな」
「わかるのですか?」
「まあ、2,000年離れていたとはいえ、同胞であることに変わりはないからね」
二人が話していると、審判の間から声がした。
「ミカエル、グレゴリオ、いるのだろう?早く入って来い」
審判の間にはたくさんの死者が一列に並んで裁きを受けていた。
ウリエルは傍に一人の供を連れて審判をしていた。すると、ウリエルが死者立ちに聞こえないような声で囁いた。
「最初のうちはまだわからないだろうから俺のやり方をみているといい」
「ああ、そうさてもらうよ。悪いね、ウリエル」
そういってミカエルは、死者たちに見えないようにウリエルの後ろの方に座った。残されたグレゴリオがどこにいていいかわからずにいると、ウリエルが言った。
「グレゴリオ、貴様は供の仕事を観察していろ。ミカエルがどんなミスをするか知ったものではないから今基本的な仕事を覚えていないと後々大変になる。」
「ありがとうございます、ウリエル様。」
グレゴリオは供の天使の後ろに座って仕事を見ることにした。
ウリエルはあくまで客観的に死者を裁いている。
どうやら、供の天使が死者の名前と出身国、宗教にいたるまで様々な情報を伝え、最後にその者の罪状や酌量の余地について報告するようだ。供の天使は名簿のような羊皮紙の厚い束を見ながら喋っている。思っていたよりも機械的に進むその審判にグレゴリオは思わず見入っていた。
「供の天使の仕事は覚えたかい?」
「ミ、ミカエル様!?」
知らないうちにミカエルが隣に来ていた。どうやらこの仕事のおおよその流れはつかめたようだ。ミカエルは楽しげな様子でもう一度聞いてきた。
「グレゴリオ、供の天使の仕事は覚えたのかい?」
「は、はい。ミカエル様。最初のうちは手際が悪いでしょうが、あのような単純作業ならだんだん慣れてくると思います。」
「それは頼もしい。でも、気をつけたまえ。あの仕事は決して楽なものではない。現に、ウリエルの供の天使はあれで12人目だそうだから。」
「……12人?」
「今までの11人が全て、辞める時に“罪の重さに耐えられない”と言っていたそうだ。きっと自分の目の前で死者が地獄に行くのに耐えられなかったのだろうね。」
ミカエルが、悲しそうに目を細めていった。きっと、好きで地獄行きを告げる天使などいなくて、彼らがどんなに天国へ昇らせたくてもそれはどうにもならないのだろう。どれだけ大天使の力を使っても地獄へ落とさなければならないのだろう。
「罪の重さ……」
きっと、今ウリエルの供をしているあの天使はできるだけ機械的に報告することで自分への罪悪感を少しでも軽減したいのではないか。それが相手のためであり、自分のためになるのだとしたら。
「ミカエル様、何故、私たちは彼らを地獄へ落とさなければならないのでしょうか。」
「悲しいかな、それが私たちの仕事だからだよ。」
「それなら私は仕事が嫌いです。」
「奇遇だね、私も嫌いだ。大天使なんて肩書きもすぐさますててやりたい位だよ。」
「それでは…昨日のあの話は断るのですか?」
「いや、あのあとガブリエルからその話の続きを聞いたんだ。もし私が下界にいた年数分の死者を裁けば、死者審判の仕事をやらなくてもいい、と。」
「仕事をしない?」
「言ってみれば、天国の見回りも大天使の仕事らしいからそちらに回してくれるらしい。どうにも私は下界に行ってから人間というものに情が移ってしまったらしい。だから、あの2人のように割り切れなくなってしまったのだよ。仕事を変えてくれるというのはあの2人のできる限りの詫びと感謝の気持ちの表れだったんだろう。」
「あのお二方が……。そういえば、ミカエル様が下界にいた年数分というと、2,000…ですか。」
「ああ。さっきウリエルに頼んで明日から仕事を私に回すように頼んだからそこから始まりになるね。……さあ、グレゴリオ、忠実なる私の部下よ、明日からこの仕事を引き受けたまえ。」
大変なのは自分だけではない。それに、ミカエル様ならきっとよく考えてくれるだろう。
グレゴリオには理由などないが、絶対的な確信があった。
直接いえば調子に乗るだろうから、とグレゴリオは心の中だけでお礼を行った後、笑顔で返事をした。
「謹んでお引き受けいたします。偉大なる私の主、ミカエル様」
2019/10/20 転載




