表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/66

番外編〈銀の王女と、語り継がれる前世の記憶〉

ステイルとアヤナーラの間に生まれた第二子、長女ルナマーリア。彼女は明日、15歳の誕生日を迎える。


多感な年頃の彼女は、風の噂で、母アヤナーラには「前世の記憶」があるという不思議な話を耳にした。


(一体、どんな記憶なのかしら。……何でも願いを聞いてくださるお父様なら、教えてくださるはずだわ)


そう思い、父の執務室を訪ねたのだが。

「……絶対に言わない! 教えてたまるものか!」

返ってきたのは、父の見たこともないほど嫉妬に歪んだ表情だった。


(……あら、お父様はあてにならないわね。お兄様ならどうかしら)


次に兄シリウスの私室を訪ね、「お母様の前世のお話、知ってる?」と問いかけると、兄は突然頭を抱えて叫び出した。

「……絶対に教えない! 母上が前世で違う男と……ああ! そんなこと考えたくもない! 母上は私だけの母上なんだっ!」


父も兄も、揃いも揃ってこれである。


(……一体、どんな秘密があるの? どんどん興味が湧いてきたわ)


ルナマーリアは最後に、母アヤナーラの私室を訪ねた。

アヤナーラはいつもの優しい笑顔で娘を迎え入れ、事の経緯を聞くと少しだけ困ったように考え込んだ。

「……あなたも明日で15歳ですものね。そろそろ、お話ししてもいいかしら」


異世界での「綾乃」としての記憶。

そこには彰人という素敵な夫がいて、陽菜という子供にも恵まれたこと。

綾乃は若くして亡くなり、アヤナーラとして生まれ変わったこと。

そして彰人もまた、隣国アースパーニャの第二王子アルベルトとして今を生き、かつて自分を取り戻そうとこの国へ乗り込んできたこと……。


「……はぁ。なんて素敵なお話なのでしょう!」

すべてを聞き終えたルナマーリアは、瞳を輝かせて溜息をついた。


「お父様のことはさておき、その彰人様……アルベルト殿下はなんて素敵な方なのでしょう。お母様、失礼ながらお目が高いとは思えませんわ。どうしてお父様を選んだの? あんな独占欲の塊みたいなお父様より絶対にアルベルト殿下の方がよろしかったのではありませんか?」


「ふふ、手厳しいわね」

アヤナーラは愛おしそうに娘を見つめ、静かに微笑んだ。


「……もし、私が生まれた瞬間から綾乃としての全ての記憶を持っていたら、きっとアルベルト殿下を選んでいたでしょうね。けれど、私が恋をしたのは、この世界で出会ったステイルだったのよ」

アヤナーラは、遠い日の銀色の王子を思い出すように目を細める。


「狂う前も、正常に戻ってからも、彼は本当に優しくて私を甘やかしてくださったわ。……それも、私だけに。そんな彼を支えたいと、幼い頃からずっと願ってきたの。私の隣にいてほしい人は、最初からステイルだけだったのよ。」


「……お母様、なんてロマンチックなの。私も彰人様……いえ、お母様にとってのお父様のような、運命の方に出会いたいですわ。明日の舞踏会、精一杯務めます。そんな殿方がいらしてくださるといいのだけれど」


母の深い愛に触れたルナマーリアは、明日の舞踏会に胸を高鳴らせるのだった。


ーーーー


母との秘密の会話を終えたルナマーリアは、上機嫌で廊下を歩いていた。そこへ、心配でたまらず様子を伺っていたステイルとシリウスが、背後から忍び寄る。


「ルナ、アヤと何を話していたんだ? ……まさか、あのアルベルトのことではないだろうな」


「ええ、そうですわ。彰人様……アルベルト殿下は、本当にかっこよくて素敵な方だったのですね。お母様が羨ましいくらい。明日の舞踏会でそんな素敵な殿方と出会えたらいいのだけれど」


ルナマーリアが夢見心地で放ったその一言は、ステイルの脳内に警報を鳴り響かせた。


「ユリウス! すぐに衣装係を呼べ! 明日のルナのドレス、襟をあと十センチ高くしろ! 鎖骨一本、首筋一ミリも見せてはならん! 鉄壁のドレスに作り直すんだ!」


「父上、私も手伝うよ!彰人のような男にルナが惑わされないように、顔を隠すベールも用意しよう!」


「お二人とも、いい加減になさって!!」

ルナの悲鳴のような拒絶も、狂乱した二人の耳には届かない。


「ああ、アヤ……! 君はなんて余計な話を……! これでは明日、ルナが会場中の男に狙われてしまうではないか!」


ステイルは、もはや舞踏会を「娘の披露」ではなく「鉄壁の防衛戦」だと思い、衣装係に無理難題を押し付け始めた。


このステイルとシリウスの異常な暴走――そしてアヤナーラへの「余計な話をした」という逆恨みにも似た八つ当たりが、翌日、アヤナーラを家出へと走らせる決定打となるのであった。


ーーーー


ステイルとアヤナーラの娘、ルナマーリア。

銀の髪に、アヤナーラ譲りの深い緑の瞳。母に生き写しのその美少女は、国王ステイルと兄シリウスを、骨抜きどころか「狂信者」に変えてしまっていた。


今日はルナマーリア、15歳の誕生日。


「ルナ、お誕生日おめでとう」


「ありがとうございます、お母様。……今日、私は運命の方に出会える気がしますの」


母娘が微笑ましく語らっていると、バタバタと騒がしい足音と共にステイルとシリウスが飛び込んできた。


「ルナ! 探したぞ!」


二人はルナマーリアを見るなり、獲物を守る猛獣のような目で彼女のドレスを凝視した。


「ルナ、昨夜ドレスを手直しさせたはずだが……これでもまだ首元が開きすぎではないか? 鎖骨が数ミリ見えているぞ! 騎士団に命じて、半径十メートル以内に男を近づけないようにさせよう」


「父上、それは生ぬるいですよ。私が広域遮断魔法をかけて、ルナに近づく男の視界をすべて奪っておきますから」


ステイルとシリウスの溺愛ぶりは、もはや過保護を通り越し、「狂気」へと進化していた。


「もう……二人とも、いい加減になさって」

アヤナーラが呆れて溜息をつくが、二人の暴走は止まらない。かつて「アヤが一番だ」と豪語していたステイルでさえ、ルナマーリアの愛らしい笑顔の前では、王としての判断力が完全に麻痺していた。


……それが、アヤナーラの「逆鱗」に触れた。


残念ながらルナマーリアは運命の人には出会えなかったが、無事に舞踏会でのお披露目が終わった。


ーーーー


翌朝。ステイルが目を覚ますと、腕の中にいるはずのアヤナーラの温もりがなかった。


嫌な予感に心臓を叩かれながら、寝室、執務室、食堂……城中の心当たりを探し回るが、彼女の姿はどこにもない。

最後、縋るような思いでアヤナーラの私室の扉を開けようとした瞬間、目に飛び込んできた「張り紙」に、ステイルは凍りついた。


『ステイル、シリウス。

あなたたちにとって、私はもう必要ないようですね。

ルナをそこまで縛り付けるなら、私はこの城を出ていきます。

もう探さないでください。

……隣国にでも行こうかしら。

今までありがとう。さようなら。 ――アヤナーラ』


「…………は?」


ステイルの思考が真っ白に染まった。


隣国。そこには、あのアルベルトがいる。

「っ……あ、あああああああ!!!」

次の瞬間、ヴァレンシュタットの城を揺るがすような、絶望に満ちた絶叫が響き渡った。


「ユリウス! ルカヌス! すべての公務を中止しろ! 国境を封鎖せよ! 街道のネズミ一匹逃がすな! アヤが……私のアヤが消えた!!…まさかっ!…アルベルトの元へ行くのか?早く!早く!探し出せ!」


ステイルは髪を振り乱し、かつての「氷の王子」どころか「狂乱の王」と化していた。

昔の嫉妬心が一気に膨らんでいく。

アルベルトの元へ行くと考えるだけで死にそうになる。


「ああ、私はなんて馬鹿なことをしたんだ! ルナを愛でるあまり、アヤを寂しがらせてしまった! 彼女がいなければ、私は生きている意味などないのに!」


一方のシリウスも青ざめていた。

「父上のせいだ! 父上がしつこくルナに構うから、母上が怒ったんだ!」


「貴様こそルナを甘やかしすぎたのだ! ……ああ、アヤ、どこへ行ったんだ。君がいない世界で、私はどうやって息をすればいい!」


ルナマーリアは溜息をつきながら二人を軽蔑するような目で見る。

「本当にうちの男たちは馬鹿ね。」と呟く。


「お母さまは自由になってきっとアルベルト殿下と幸せに暮らすのでしょうね。だって、前世の夫でしょう?何てロマンチックなのかしら。」

二人に向かってニコリとルナが笑う。


「ロ、ロマンチック……だと……?」

ルナマーリアの残酷なまでの純粋な一言に、ステイルは膝から崩れ落ちた。


脳裏には、再会したあの日、自分を凌ぐほどの気高さを放っていたアルベルト(彰人)の姿が、鮮明な悪夢となって蘇る。


(……そうだ。あいつは『生まれ変わっても守り抜く』と誓っていた。もしアヤが、私の執着に疲れて、あいつの温もりを思い出してしまったのだとしたら……!)


「嫌だ……それだけは嫌だ!! シリウス、お前も泣いている暇があるなら動け! 国中の馬車を止めろ! 船をすべて港に戻せ! アヤが国境を越える前に……あいつの腕の中に飛び込む前に、何としてでも連れ戻すんだ!!」


「わ、分かっているよ父上! 母上をアルベルトなんかに渡してたまるか! 兵士たちを全員叩き起こしてくる!」


父子が半狂乱で城内を駆けずり回る中、ルナマーリアは優雅に紅茶のおかわりを注ぎ、窓の外を眺めた。


「あらあら、いい運動ですわね。ねえ、ユリウス様?」


「……陛下とシリウス様には、良い薬でしょうね。ルカヌス様も『アヤナーラ、よくやった!』と、陰でガッツポーズをしながら陛下を適当にあしらっていますよ」

ユリウスは呆れ果てたように報告する。


ステイルは今や、王の威厳も、かつての氷のような冷静さもすべてかなぐり捨てていた。


「アヤ……! あああ、アヤ!! 私が悪かった、私が愚かだった! 頼む、あいつのところへだけは行かないでくれ!!」




二人が死に物狂いで捜索を開始してから三日。


アヤナーラは、城下町にあるエミリーの父が経営している貴族向けの宿屋で、のんびりとハーブティーを楽しんでいた。


「……そろそろ、ステイルの泣き声がここまで聞こえてきそうですわね」


「アヤナーラ様、陛下は今、街中の宿を一軒ずつ自ら蹴破って探して回っているそうですよ。ルカヌス様から『兄上が発狂して国が滅びそうだから、もう戻ってあげて』と半泣きで伝言を預かってきました」

エミリーが苦笑いして告げると、アヤナーラは「ふふ」と少し意地悪く微笑んだ。


その日の夕方。ついにアヤナーラを見つけ出したステイルは、ボロボロの格好で彼女の足元に崩れ落ち、人目も憚らずそのスカートの裾にすがり付いた。


「アヤ……!悪かった、私が全て悪かった!ルナは大切だが、君は私の魂そのものだ!頼む、戻ってくれ!私を殺すなら、君の手で殺してくれ……!」


泥だらけの格好で縋り付く国王に、アヤナーラは優雅に首を傾げ、氷のような微笑を浮かべた。


「あら?どちら様ですの?私、あなたのような無作法な方は存じ上げませんわ。気安く話しかけないでくださる?私、明日、アースパーニャに旅立つ予定ですの。」


ステイルは雷に打たれたように目を見開き、顔を真っ青にさせた。


「ア…アヤ!その冗談はやめてくれ……!私が悪いのはわかっている、何でもする!だから、他人を見るような目で私を見ないでくれ……!アースパーニャになんて行かせない!アルベルトの所へなんて絶対に行かせないっ!」


ステイルが子供のように泣き縋るのを数秒眺めた後、アヤナーラは満足げにふっと表情を緩めた。

「……ステイル。少しは反省なさいましたか?」


「ああ、した! 骨の髄までした! これからはルナの騎士選びも本人の意思を尊重するし、監視もしない! だから、もう二度と、私の前から消えないでくれ……」


後ろで見ていたシリウスも、婚約者のリリィに「シリウス様も、将来あんな風に情けなくなりたくなければ、今のうちに身の程をわきまえてくださいね」と冷たく突き放され、幽霊のように青ざめて項垂れている。


そこへ、騒動の元であるルナマーリアが、凛とした足取りで歩み寄ってきた。


「お父様。シリウスお兄様。私はもう子供ではありません。お二人がなさるような、愛情を履き違えた束縛じみたものは一切必要ありませんわ。私はお母様のように、強く凛とした女性になりたいのです。……もし、これからも私の自由を邪魔なさるなら、私はどこへも嫁がず、騎士団に入って一生お二人と顔を合わせない場所で生きていきますからね!」


さらに、ルナは追い打ちをかけるように、とびきりの笑顔で付け加えた。


「……それに、私は、お母様の前世のご主人様……彰人様のような、強くて一途な素敵な殿方を探してみせます!」


「「…………!!」」

ステイルとシリウスは、今度こそ完全に言葉を失った。自分たちが人生をかけて否定し続けてきた宿敵の名を、最愛の娘が理想に掲げたのだ。二人は文字通り魂が抜けたかのように、顔を真っ白にさせて立ち尽くした。


「ふふ…ふふふ」

二人のあまりの情けなさに、アヤナーラは堪えきれずに大笑いした。


「さあ、ステイル、シリウス。ルナにそこまで言わせてしまうなんて、本当にお馬鹿さんですこと。……反省したなら、城に帰りましょうか?」


最強の女性二人に完全に支配され、魂を吸い取られたような足取りでトボトボと後ろをついて歩く、ヴァレンシュタットの男たち。

その無惨な背中を見送りながら、ルカヌスとユリウスは深く頷き合った。

「……やっぱりこの家の主権は、アヤナーラにあるんだな」

「……ええ。陛下の執着も、彼女の掌の上ではただの遊戯に過ぎないようです」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ