番外編:〈銀の系譜――静寂の離宮にて――〉
王都から離れた、緑豊かな離宮。そこでは前国王と前王妃が、現国王ステイルから届いた手紙を読みながら、穏やかなティータイムを楽しんでいた。
「……あなた、ステイルからの手紙を読みましたか? シリウスがリリィというお嬢さんに初恋をされたそうで、ステイルが気が気ではないと書いてありましたわ」
前王妃フリーダがクスクスと笑いながら手紙を畳む。前国王ヴェルヘルムは、かつての威厳ある姿から少し肩の力を抜いた様子で、愛おしそうに妻を見つめた。
「ふむ。あやつも相変わらずだな。赤子にまで嫉妬していたかと思えば、今度は息子の恋路を邪魔しようとするとは。……全く、誰に似たのだか」
「あら、ヴェルヘルム。心当たりがおありでしょう? ステイルが生まれた時、あなたが一番に仰った言葉を忘れたのですか?」
フリーダに指摘され、ヴェルヘルムは気まずそうに視線を逸らした。
「……『これでフリーダを独占できなくなるな』と言ったのだったか」
「ええ。それから数年間、あなたはステイルをなるべく私から遠ざけようと、ありとあらゆる英才教育を詰め込んで別居させたではありませんか。おかげでステイルは、あんなに孤独で不器用な子に育ってしまったのですよ」
「……済まないと思っている。だが、あの頃の私は、お前を誰にも、たとえ我が子にさえも分かち合いたくなかったのだ。……いや、今でもそうだがね」
ヴェルヘルムは当然のように言い放つと、フリーダの手をとり、その甲に口づけを落とした。引退してもなお、その瞳に宿る独占欲の炎は衰えていない。
「ステイルがアヤナーラに溺れているのも、無理はない。我が王家の男は、一度愛した薔薇を、一生かけて、それこそ魂ごと抱きしめずにはいられない性分なのだからな」
「本当に。ステイルがアヤナーラという、あの重い愛を真っ向から受け止めてくださる方に出会えて、本当に良かったですわ。……ルカヌスも、今は自由に笑っておりますし」
フリーダは窓の外に広がる庭園を見つめた。
かつて、冷徹な王を演じるために家族を遠ざけた夫。その血を濃く継ぎ、一度は感情を凍らせた息子。けれど、一人の令嬢が持ち込んだ「光」が、銀色の家系に温かな彩りを与えた。
「……あなた。ステイルは手紙の最後にこう書いていましたわ。『父上が私を遠ざけた理由が、今なら痛いほど分かる』と」
「……フン、生意気な。やっと私に追いついたか」
前国王は満足げに鼻を鳴らすと、妻を抱き寄せた。
「さあ、ステイルたちのことはもういい。今は私のことだけを見ていろ、フリーダ。あやつらに王位を譲ったのは、この時間を誰にも邪魔させないためなのだから」
「はいはい、ヴェルヘルム。……本当に、ステイルはあなたにそっくりですわ」
離宮に響く、幸せな笑い声。
銀色の独占欲は、世代を超え、形を変えながらも、大切な人を守り抜く光として、これからもヴァレンシュタットの王家に受け継がれていくのだった。




