番外編〈小さな王子の初恋と、大人気ない王の鉄壁〉
シリウスが五歳になった頃。ヴァレンシュタットの王城でのお茶会に、隣国の公爵令嬢で、シリウスと同じ年頃の少女・リリィが訪れた。
シリウスは、庭園で蝶を追いかけていたリリィを一目見た瞬間、雷に打たれたように立ち尽くした。
「……母上以外に、こんなに可愛い人がいるなんて」
小さな王子は、父譲りの行動力を発揮した。彼は翌日、庭園で一番美しい薔薇を、ステイルに内緒で一輪摘み取り、リリィの前に膝をついたのだ。
「リリィ。この花を受け取ってほしい。将来、僕がもっと強くなったら、君を僕の妃に迎えたいんだ」
その光景を、執務室の窓から見ていたステイルは、持っていた高級な万年筆を指先で「メキッ」とへし折った。
「……ユリウス。今すぐ騎士団を呼べ。あの少女の父親を呼び出し、国家反逆の疑いで……」
「落ち着いてください陛下。相手は友好国の公爵令嬢です。国際問題になりますよ」
ユリウスが冷静に突っ込むが、ステイルの瞳にはかつての「独占欲の狂気」が再燃していた。
「私の息子が、私のアヤ以外の女に花を贈るなど……。しかも、あの跪き方は私の真似ではないか! 許せん、恋など百年……いや、三百年早い!」
ステイルは窓から飛び降りんばかりの勢いで庭園へ駆け下りた。
「シリウス! その薔薇は私がアヤのために育てたものだ! 勝手に持ち出すな!」
「父上! 今はリリィと大事なお話をしてるんですっ!邪魔しないで!」
五歳の息子に真っ向から反論され、ステイルはぐぬぬと顔を歪ませる。
「リリィ嬢と言ったか。我が息子は、見た目こそ私に似ているが、中身は非常に執念深く、嫉妬深い男になるぞ。今ならまだ間に合う、他の国の王子を探しなさい」
「兄上、自分の欠点を息子に投影して追い払おうとするのは、大人げないを通り越して惨めだよ?」
後ろから現れたルカヌスが、お腹を抱えて笑っている。
そこへ、騒ぎを聞きつけたアヤナーラがやってきた。
「ステイル陛下、何をなさっているのですか? シリウス、可愛いリリィ様を困らせてはダメよ」
「母上! 父上がリリィに意地悪を言うんです!」
シリウスがアヤナーラに抱きつくと、ステイルの嫉妬の矛先は瞬時に切り替わった。
「シリウス! 君はリリィが好きなんじゃないのか? なぜアヤに抱きつく! 離れなさい!」
「どっちも好きなんだもん! リリィはお嫁さんで、母上は僕の女神様だもん!」
「強欲なところまで私に似おって……!」
ステイルはシリウスをアヤナーラから引き剥がそうとし、シリウスはリリィの手を握ったまま離さない。その様子を見ていたリリィは、「シリウス殿下、また明日ね」とクスクス笑いながら去っていった。
その夜。ステイルはアヤナーラの膝枕で、これまでにないほど落ち込んでいた。
「……アヤ。シリウスは、いつか私から君を奪うだけでなく、自分の『薔薇』も見つけて、私のもとを去っていくのだな」
「ステイル。シリウスが誰かを愛せる心を持てたのは、あなたが私をこれほどまでに愛してくれたからですよ。……嬉しいことではありませんか」
「……癪だが、そうだな。だが、あいつの結婚式では、私は絶対に泣かんからな。……いや、まずはリリィ嬢の周りをもう一度調査して……」
「ステイル?」
アヤナーラの少し冷ややかな声に、ステイルは「……冗談だ」と顔を伏せた。
銀の王は、息子の初恋に振り回されながらも、自分の愛が次の世代へと「情熱」として受け継がれていることを、密かに誇らしく思うのだった。




