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番外編〈王女の誕生―銀の王の焦燥と、新しい光―〉

寒さの厳しい冬のこと。雪がしんしんと降り続いていたある日、ヴァレンシュタット王城の奥深くで、アヤナーラは第二子の出産という壮絶な戦いを迎えていた。


ステイルは、前日の夜から苦しみ続けているアヤナーラの姿を見て、かつてないほど激しく取り乱し、気弱になっていた。廊下を行ったり来たりしてはそわそわと落ち着かず、その顔はアヤナーラ以上に青ざめている。


「陛下! そんなにそわそわと不穏なオーラを放ちながら歩き回っていたら、逆にアヤナーラ様が不安になるではありませんか。父親なのですから、気をしっかり持ってください!」


アヤナーラがいる医務室から出てきたエミリーに、容赦なくピシャリと叱られる。


「……す、すまない。だが、アヤはあんなにも苦しんでいるというのに、私には何も出来ないのが……代わってやることも、痛みを吸い出してやることも出来ぬのが、もどかしくて狂いそうなのだ……」


ステイルは力なく俯き、その瞳を不安に揺らした。


「それでしたら、医務室に入ってアヤナーラ様の腰をさすってあげてください。痛いと言われたらその手を力強く握ってあげてください。たくさん汗をかかれますから、その汗を丁寧に拭いてあげてください。そして、アヤナーラ様そばにいてたくさん話しかけてあげてください。陛下にしか出来ないことは山ほどあります」

そんな、ただの「取り乱した夫」と化した国王を見て、エミリーはフッと呆れたような苦笑いを浮かべながら、優しく、けれど明確に指示を出した。


「……わかった! 私にできることは何でもしよう!」


エミリーの言葉に力強く頷き、意気揚々とアヤナーラのいる医務室へ向かったステイル。しかし、扉を開けた瞬間に中から響いてきた、アヤナーラの悲痛な叫び声を聞いた瞬間、彼は顔面を白くさせ一歩も進めず、情けなく戻ってきてしまった。


「……ああ。もう無理だ……。私はアヤのあの苦しげな叫びを聞くと、心臓が直接手で押し潰されそうになってしまう! 息が、息ができない……! 私はどうしたらいいのだっ!」


「……はぁ」

頭を抱えてその場にうずくまってしまったステイルに、エミリーは特大の溜息を吐きながら、冷ややかな眼差しで言い放った。


「そんなふうに怯えて何も出来ないのなら、完全に邪魔ですから、どこかへ行っていてください!」


「邪……魔……」

最愛の妻の出産現場で「邪魔者」の烙印を押され、ステイルは精神的な大ダメージを受けて硬直した。


その一連のドタバタ劇を最初から終始横で見届けていたルカヌスは、必死に笑いを堪えながら、兄の肩をぽんぽんと叩いた。


「……くくっ、兄上。本当に邪魔になってるから、あちらに行こう。ね?」


ルカヌスはガタガタと震えるステイルの腕を引き、半ば強制的に彼を連れて廊下の奥へと去っていくのだった。



そして、数時間が経った頃――。


静まり返った城内に、ひときわ大きな、元気いっぱいの産声が響き渡った。


「……生まれてきてくれて、本当にありがとう……っ」

アヤナーラは目に涙を浮かべながら、生まれたばかりの小さな愛おしい娘を、そっと、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。


その産声が聞こえた瞬間、廊下で生きた心地がしていなかったステイルは、ルカヌスの制止も振り切って部屋へと弾かれたように駆け込んだ。


「アヤ……っ! アヤ、無事か……っ!?」


「……ステイル。はい、私は無事ですわ。見てください……私たちの、娘ですよ」


アヤナーラにそっと抱かれている、とても小さな赤ちゃん。

その姿を見た瞬間、ステイルの瞳から一筋の涙が静かに流れ落ちた。彼はたまらずベッドの脇に膝をつき、最愛の妻と、生まれたばかりの奇跡を、壊さないようにそっと包み込むように抱きしめた。


「アヤ……! アヤ、アヤ……っ! 愛している、本当に愛している……。こんなにも愛おしく、大切な娘を私のために産んでくれて……本当に、ありがとう……っ!」


ステイルは胸にこみ上げる愛おしさに声を震わせながら、アヤナーラの額に、そして娘の小さな頭に、何度も口づけを落とした。


ステイルは今、間違いなく幸せの絶頂にいた。

その脳裏には、すべてを知っているからこそ、どうしてもアヤナーラの前世のひなの存在がふとよぎってしまう。……けれど、この腕の中にいる子は、間違いなく自分とアヤナーラの愛の結晶なのだ。


(……あぁ、誓おう。私の命の最後の一滴まで。この子が私の名前を呼び、私の手を握ってくれるその日まで……一生をかけて、この子を私のすべてで愛し、守り抜くと……!)


銀の王の胸に刻まれたその誓いは、雪が舞うヴァレンシュタットの夜に、静かに、けれど深く深く根を下ろしたのだった。




ーーーー


それから、数年後。


「お父様。……私、大きくなったらお父様と結婚したいです!」


アヤナーラの幼少期の面影をそのまま映したかのような、愛らしい愛娘のルナマーリアがまっすぐな瞳でそう告げた瞬間、ステイルは破顔した。その表情は、普段の冷徹な国王の面影など微塵もなく、デレデレに溶けてしまいそうなほどだらしなく緩みきっている。


「あぁ、ルナ……! お前がそう望むなら、私はいつでも……」


「いいのですね? 父上。……そしたら、ボクは母上と結婚しますから」


ニヤリと不敵で冷徹な笑みを浮かべたシリウスが、二人の会話に割り込んできた。その姿を見た瞬間、ステイルの緩みきっていた顔が、一瞬にして氷点下の冷徹な王の表情へと戻る。


「……何を言っているんだ、シリウス。母上は私のものだ。たとえ我が息子であろうと、お前には一ミリたりとも譲らん」


「だって、父上はルナマーリアが結婚したいと言ったら、とても嬉しそうに頷いていたではありませんか。ルナマーリアが父上をお婿さんにしてしまったら、母上が一人ぼっちになって可哀想です。だから、ボクが母上の夫になって支えてあげますね。ですから、父上は安心してルナマーリアのところへ行ってください」


またもニヤッと笑い、完璧な正論で挑発してくるシリウスに、ステイルは額に青筋を浮かべ、イライラと独占欲を募らせるばかりだ。


「ほらほら。二人とも、不毛な争いはそこまでにしてくださいね」


そんな似た者同士の親子ライバルのやり取りを眺めながら、アヤナーラは呆れたように、けれど幸せそうに微笑んだ。


「ルナマーリアもシリウスも、お父様やお母様とは結婚できませんからね? 二人とも、いつか自分が大きくなったら、素敵なお相手を自分の力で見つけるのですよ」


アヤナーラの優しい諭しに、シリウスは「ちぇっ」とつまらなそうに肩をすくめ、ルナマーリアはアヤナーラのドレスの裾に甘えるように抱きついた。


「それから、ステイル」

アヤナーラは、まだシリウスをギロリと睨みつけている夫へと向き直り、少しだけ声を潜めて言った。


「……そんなにデレデレとした締まりのないお顔は、この私室の中だけにしてくださいね? 他の貴族たちや他国の大使に見られたら、格好の『弱み』にされてしまいますわ。何より、我が国の民たちからも『我が王は大丈夫かしら……』と信頼されなくなってしまいますよ?」


王妃としての真っ当すぎるトドメの注意を受け、あんなに威風堂々としていた銀の王は、一瞬にして「……っ、す、すまない……」としゅんとなって項垂うなだれてしまうのだった。


娘を溺愛し過ぎて、娘から嫌われる未来が来ることをこの時のステイルには知る由もなかった。

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