番外編〈銀の王の独占欲―誓いの上書きと甘き呪縛―〉
「アヤ、……ちょっと、相談したいことがあるのだが」
いつもなら堂々と入ってくるステイルが、何故だかもじもじと指先を弄びながら、アヤナーラの私室に滑り込んできた。銀縁メガネの奥の瞳が、珍しく泳いでいる。
「……ステイル? どうしたのですか、そんなところで立ち尽くして」
「いや、その……。来年度からの魔術学園の制服を導入しないかと打診してみようかと思ってだな……ほら、今はみな私服で、女性はドレスであろう? 勉強や魔術の実技には、少々不向きではないかと思ってだな……。その、綾乃の時のような『せいふく』という機能的な衣服の方が、授業を受けやすいのではないかと……っ」
そこまで一気に捲し立てると、ステイルは耳まで真っ赤にして顔を背けた。
(本当は、前世の記憶で見た二人(彰人と綾乃)の、手を繋いで街を歩く『せいふくでーと』とやらが、羨ましくて狂いそうだったのだ……!)
そう。ステイルは"やってもらってないことリスト"に書いてあった制服デートをしたいとずっと思っていたのだ。
「確かに、実技の授業はドレスだと動きにくいですね」
アヤナーラは彼の脳内の不純な動機など一ミリも察せず、顎に手を置いて真剣に考え始めた。
(前世の日本の制服、可愛かったわよね。ブレザーの制服で、ジャージは流石にこの国には合わないけど…実技の時はブレザーを一枚脱いだら動きやすいし……どうせなら可愛いものがいいわね!)
「ステイル、それとても良い案です! ぜひ、魔術学園の校長に提案してみてはいかがでしょう? デザイン案も私たちがいくつか作って持って行きましょう」
「あ、アヤがそこまで乗り気なら……職人を集めて、今すぐサンプルを作らせよう」
アヤナーラの眩い笑顔に救われ、ステイルはホッと胸を撫で下ろした。
(よし……。デザインが決まったら、まずはサンプルと称してアヤにそれを着てもらい、二人きりで庭園を散歩するのだ。あいつが経験したことは、すべて私の愛で上書きしてやる……!)
そう思ったところでアヤナーラがある提案をしてきた。
「ただ、この国の女性たちは足を人前で見せることに抵抗がある方が多いと思いますから、制服には長ズボンか、厚手のタイツも一緒に用意しなきゃいけませんね」
アヤナーラが良かれと思ってそう付け加えた瞬間、ステイルはまるで世界が滅亡したかのようなショックを受けた顔で硬直した。
(タ……タイツだと?! いや、待て、タイツも悪くはないが……! あの記憶で見た、ふわりと揺れるスカートに、絶妙な長さの紺色の靴下、そしてあの黒い革靴という組み合わせこそが、前世の二人がしていた『せいふくでーと』の絶対的な規律なのだ……! それが変わってしまっては、上書きの意味がない……!)
脳内で必死の計算を繰り返したステイルは、ゴクリと唾を飲み込み、顔を真っ赤にしながらアヤナーラに向かって必死に提案を繰り出した。
「……ア、アヤ。そこは学園の厳格な『規定』にしてだな。衣服の乱れは魔術の乱れに繋がるかもしれん。だから……夏場は膝下までの紺の靴下、冬場は黒いタイツ、というように季節で完全に指定するのはどうだろうか……!?」
「魔術の乱れ、ですか……?」
さすがに強引すぎる理論に、アヤナーラは少しだけ首を傾げた。
(……それにしても、ステイルは前世の記憶を魔道具で見ただけのはずなのに、なんでこんなに制服の仕様に詳しいのかしら……?)
アヤナーラのそんな疑問には一ミリも気づかず、ステイルは必死の形相でさらに言葉を重ねる。
「ああ、そうだ! 安全面を考慮しても、靴は頑丈な黒い革靴に統一すべきだ。アヤ、今すぐデザインの最終調整に入ろう。まずは君に、その……すべてのサンプルの着心地を確かめてもらわねばならないからね」
(よし……! これで『夏服仕様』の紺ソックス姿のアヤも、公式に拝むことができる……!)
自分の完璧な策略に、ステイルは内心でガッツポーズを決め、鼻血が出そうなほどの興奮を必死にポーカーフェイスの裏に隠すのだった。
アヤナーラにチェック柄のブレザーとプリーツスカート、スラックス、ネクタイ、リボン、靴下、そして革靴のデザイン案を数枚書いてもらい、ステイルはまず学園の校長に話をしに行った。
「私が学生の頃、今着ているようなかっちりとした服だと動きにくかったからな。このように上のブレザーを一枚脱げば実技の際も動きやすくなるし、脱がずとも現在の服よりはかなり動きやすいと思うのだが、どうだろう?」
校長はアヤナーラの描いた美しいデザイン画を見ながら、「ふむ……」と顎を撫でて考え込んだ。
「ですが陛下、女子生徒のスカートの丈が少々短すぎませんか? そもそも、足をここまで露わにすることを、この国の淑女は嫌がるのでは……」
「それを言ったら、従来のドレスを推奨するのと変わらなくなってしまうではないか! 私はあくまで魔術学園の生徒としての、実用性と動きやすさを最重視しているのだ」
(……ふざけるな! ここを妥協したら、紺色の靴下とスカートの黄金比率が崩れるだろうが! ここは国家の存亡を懸けてでも絶対に引けないっ……!)
凄まじい眼力で詰め寄るステイルの気迫に、校長は気圧されたように冷や汗を流した。
「……っ、そ、そう言われますと確かにそうですな。機能美を追求した結果、ということで……。それに、この洗練されたデザインは我が国の若い貴族たちの間で大流行しそうです。素晴らしい。では、ぜひ魔術学園に制服を導入しましょう! まずは生徒たちにお披露目するためのサンプルをお願いできますか?」
「あぁ、分かった。最高級の職人を手配して、今すぐ仕上げさせよう」
校長からの快い了承(実際はステイルの圧のせい)を勝ち取り、ステイルは内心で勝利の雄叫びを上げた。
(よし……! サンプルは私とアヤのサイズで仕立てさせる! これで、合法的にアヤの『制服姿』をこの目に焼き付けることができるぞ……!)
数日後――。
ついに、ステイルにとっての「待ちに待った日」がやってきた。
朝からステイルは時計ばかりを眺め、そわそわしてまったく落ち着きがない。執務中もペンを落としたり、窓の外を何度も確認したりしている。
アヤナーラは、(ステイル、今日はどうしたのかしら? 国家を揺るがすような重大な報告でもあるの?)と、少し心配そうに彼の様子を見守っていた。
そして、午後。
ステイルが弾かれたようにアヤナーラの元へと駆けつけてきた。
「アヤ……っ! 早く応接室に来てくれ! ついに、ついに完成したぞっ!」
「え? 一体何が……?」
ただ事ではないステイルの気迫に押され、何だろうと思いながら応接室の扉を開ける。
そこには、午後の柔らかな光に照らされて、仕立てられたばかりの男女の制服が、美しいマネキンに着せられて並んでいた。
アヤナーラが描いた通りの、シックなブレザー。男子用にはスマートなチェック柄のスラックスとネクタイ、そして女子用には、ふわりと広がるチェック柄のプリーツスカートとリボン。その足元には、ステイルが命を懸けて死守した、絶妙な長さの紺色の靴下と、ピカピカに磨かれた黒の革靴が完璧な黄金比率で飾られている。(ちなみにネクタイとリボンの色で学年が分けられるようにしている)
「……まぁ! 本当に形になったのね。想像以上にとても素敵だわ」
アヤナーラが感嘆の声を上げてデザイン画通りの出来栄えに見とれていると、背後からステイルが熱い視線を送りながら、すっと手を差し伸べてきた。
「あぁ、この国の職人たちの技術は素晴らしい。……それでアヤ、これはあくまで『サンプル』だ。実際に動いてみて、スカートの揺れ具合や、靴下の伸縮性、革靴の歩きやすさに問題がないか、確認せねばならない」
(……そして何より、私の前世の記憶(あいつとの思い出)を、今すぐ私の愛で塗り潰さねばならない……!)
「アヤ。まずは君がこの女子生徒用の服に着替えて、私と一緒に庭園を歩いて(デートして)みてはくれないだろうか」
顔を真っ赤にしながらも、絶対に譲らないという強い眼差しで懇願してくるステイル。
アヤナーラは少し恥ずかしそうに微笑みながらも、「分かりましたわ。せっかくですから着替えてみますね」と、仕立部屋へと向かうのだった。
仕立部屋で着替えを終え、気恥ずかしさに頬を染めながらアヤナーラが応接室へと戻ってくると、そこには――自身も男子生徒用の制服を完璧に身に纏ったステイルが立っていた。
いつもより少し短めの、動きやすいスラックス。胸元できちんと結ばれたネクタイ。ブレザーの肩幅は彼の逞しい体躯を際立たせており、高貴な王の風格はそのままに、どこか瑞々しい「学生」のような雰囲気を漂わせている。
ステイルは、扉を開けたアヤナーラの姿を見た瞬間、言葉を失って目を見開いた。
ふわりと揺れるチェックのプリーツスカート。その裾から伸びる細い足のライン。ステイルがこだわり抜いた紺色の靴下と、スカートの絶妙な絶対領域。
あまりの破壊力に、ステイルは顔を瞬時に真っ赤に染め上げた。
「………アッ、アヤ……。なんて……なんて美しいんだ……。私の想像など、遥かに超えている……っ」
あまりの尊さにうっとりとした表情を浮かべたかと思えば、ステイルは我慢が限界に達したようにアヤナーラを一気に引き寄せ、その細い身体を腕の中に強く抱きしめた。
(ああ、神よ……! 尊い、尊すぎる! このまま手を繋いで庭園を歩き、前世のあいつの記憶を跡形もなく上書きした後は……この制服を少しずつ乱しながら、夜が明けるまで何度も彼女を抱きたい……!)
不純極まりない、けれど純粋すぎる独占欲を胸の中で爆発させるステイル。
そんな彼の不穏な思考など知る由もないアヤナーラは、首をすくめてクスクスと笑い、彼の背中にそっと手を回した。
「ふふ、ステイルも着てくれたのね。あなたもとっても似合っているわ。まるで本物の学生のようね」
「アヤにそう言ってもらえるなら、私は一生この服で執務をしても構わない……っ」
「それはユリウス様が泣いて怒りますからダメですよ」
あまりの嬉しさと愛おしさに、抱きしめたまま文字通り一歩も動こうとしないステイル。アヤナーラは困ったように彼の胸を小さく叩き、優しくお出かけを促した。
「さあ、ステイル。そろそろお庭に行きましょう? せっかくの『制服』なのですから、お天気の良い外を歩いてみなくちゃ」
「あぁ……そうだな。行こう、アヤ。君のその素晴らしい姿を、私だけの瞳に焼き付けさせてくれ」
ステイルは名残惜しそうに腕を解くと、今度は彼女の指の隙間に自分の指を深く絡ませた。
恋人同士のような繋ぎ方で手を固く結び合い、二人は麗らかな陽光が降り注ぐ城の庭園へと、念願の第一歩を踏み出すのだった。
麗らかな陽光が降り注ぐ中、二人は手を繋いで白薔薇の咲き誇る庭園へと歩みを進めた。
「うん、やっぱりドレスと違って足元がとても軽やかだわ」
アヤナーラは嬉しそうにその場で軽くステップを踏み、スカートの広がりを確かめる。
「プリーツスカートも突っ張らないし、この革靴も新調したばかりなのに全然足が痛くならないわ。職人さんたちに感謝しなくちゃ」
アヤナーラは身体を大きく動かしては、着心地や機能性を熱心にステイルへと伝えていく。しかし、隣を歩くステイルの耳には、その真っ当な意見は一ミリも入っていっていなかった。
「ア、アヤ……少し、動きすぎではないか……?」
ステイルは銀縁メガネの奥の瞳を血走らせ、顔を真っ赤にして片手で口元を覆った。
彼の視線の先では、アヤナーラが動くたびにチェックのスカートがふわりと揺れ、白い太ももと紺色の靴下の境界線――ステイルが命を懸けて死守した「絶対領域」が、眩いばかりの光を放って主張している。
それだけではない。
少し身体を動かして暑くなったのか、アヤナーラは「ふぅ」と息を吐き、ワイシャツの第二ボタンまでを無造作に外し、首元のリボンを少し緩めて着崩していた。
そこから覗く、うっすらと汗を浮かべた白い鎖骨。普段の完璧な王妃のドレス姿からは想像もつかない、無防備で瑞々しい「女子生徒」の仕草に、ステイルは脳天を叩かれたような衝撃を受けていた。
(……っ、アヤ……! ああ、なんという破壊力だ。彰人の記憶の何倍も、目の前の本物の君のほうが、恐ろしいほどに色気がある……!)
アヤナーラが髪をかき上げるたびに、首筋から甘い香りが風に乗って運ばれてくる。その一挙手一投足に、ステイルの胸の奥で眠る「野獣」が激しく咆哮を上げていた。
(……ダメだ、もう耐えられん。機能性のチェックなど、どうでもいい! 庭園の散歩は終わりだ! 今すぐアヤを抱き抱えて寝室へ連れ戻し、そのシャツのボタンを私の手で全て引きちぎって…いや、恥ずかしがるアヤのシャツのボタンを一つずつ外すのも悪くないか…。とにかく夜が明けるまで何度も何度も、貪るように彼女を抱きたい……!!)
「ステイル? 顔がすごく赤いけれど、もしかして風邪でも引いたのかしら?」
アヤナーラが心配そうに覗き込み、緩んだ襟元からさらに鎖骨が強調される。
「ふ、風邪ではない……っ! アヤ、サンプルチェックは合格だ。完璧すぎるほどに完璧だ! だから、……もう部屋へ戻ろう。今すぐ、戻らねば、私は……っ」
震える声で懇願するステイルは、もはや涙目だった。アヤナーラは「あら、もういいの?」と首を傾げつつも、彼のただならぬ様子に気圧され、「分かりましたわ」としぶしぶ応接室へと引き返すことに同意するのだった。
しかし、応接室(実は寝室)へ向かって早足で廊下を歩いていたその途中、運悪く向こうから歩いてきたルカヌスと鉢合わせてしまった。
ルカヌスは、見慣れない服を身に纏って手を繋いでいる兄夫婦を見るなり、不審者でも見るかのような怪訝そうな顔をして足を止めた。
「……何をやっているんだ、二人は? 国王と王妃が揃って、なぜそのような格好を?」
アヤナーラは彼を安心させるように、いつもの穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「あ、ルカヌス様。これは今度、魔術学園に導入することになった新しい制服なのです。サンプルが届いたので、実際に動きやすいか機能性を確認していた所なんですよ」
「へぇ、機能性の確認、ねぇ……」
ルカヌスはアヤナーラの説明に納得したように頷きつつも、その隣にいるステイルへと視線を移した。
そこには、顔を真っ赤にして呼吸を荒くし、今にもアヤナーラを強引に抱きかかえて走り出しそうな、理性を抑えるのが限界な様子の兄がいた。その瞳は独占欲と情欲でドロドロに濁り、はっきりと危険信号を出している。
ルカヌスは全てを察し、やれやれと大袈裟に肩をすくめてステイルの前に立ちはだかった。
「兄上。残念ですが、今日の分の執務、まだ山のように残ってますからね。その不純な顔のまま、アヤナーラを連れて寝室に行くのは絶対ダメですからね?」
「……っ、ルカヌス! お前、どけ! これは王命だ……!」
「却下です。僕、今日これから兄上の仕事が終わるまで、寝室の扉の前で見張りとしてずっと居ますからね。一歩でも近づいたらユリウスを呼びますから」
「な……んだと……っ!?」
完璧すぎる釘を刺され、ステイルはその場にガックリと項垂れた。
(……あいつ、本当に寝室の前で見張る気だ……! ユリウスを呼ばれたら、明日の朝まで執務室に監禁される……! 私の、私とアヤとの甘い制服の夜が……!!)
「さあ、アヤナーラ。兄上を現実に連れ戻してくれてありがとう。サンプルチェックは終わりだから、執務室へ行くよ、兄上」
ルカヌスがステイルの首根っこを掴んで引きずり始める。
「嫌だ! 私はまだ上書きの途中……いや、サンプルの確認中だ! アヤァーっ! 私のために、せめてその第二ボタンはそのままにしておいてくれーっ!!」
情けない悲鳴を上げながら連行されていくステイルの背中を見送りながら、アヤナーラはぽつりと呟いた。
「……? 第二ボタン……? 一体、何のことかしら……?」
アヤナーラは不思議そうに首を傾げ、緩んだリボンを直しながら、やはりステイルのこだわり(執念)の理由は最後まで分からないまま、夕暮れの廊下に一人取り残されるのだった。
緩んだネクタイを直そうと指先を動かしていた、まさにその時。廊下の向こうから、ステイルを迎えに来たユリウスが歩いてきた。
「アヤナーラ様、ステイル様はどちらへ……? ………ああ、そういえば今日、制服が完成したのでしたね」
何気なく視線を向けたユリウスだったが、アヤナーラの姿を真っ向から捉えた瞬間、言葉を失ってその顔をボッと真っ赤に染め上げた。
ドレスではない、瑞々しいプリーツスカート姿。そして何より、少し暑がってワイシャツの第二ボタンまでを外し、リボンを少し緩めた無防備な王妃の姿が、一対一の至近距離で視界に飛び込んできたのだ。
「ユリウス様も、どこか調子が悪いのですか? 先ほどのステイルと同じように、お顔が真っ赤になってますよ?」
アヤナーラが純粋な瞳で心配そうに覗き込むと、ユリウスは彼女のシャツの隙間から見えてしまった白い鎖骨に気づき、あからさまに目を逸らしてバッと後ろを向いた。
(……な、何たる無防備な着崩し方ですか! 陛下が執務中に紙の裏に書くほど狂わせるわけだ…というか、早くお着替えを、今すぐ誰の目にも触れない場所でお着替えをしてくださいアヤナーラ様……っ!)
「……いえっ!! 何ともありません! 健康そのものです!」
いつもより明らかに上ずった声で言い張るユリウス。その背中を見つめながら、アヤナーラはますます不思議そうに小首を傾げる。
「あ、あのっ…ステイル様を迎えに来たのですが…」
「ああ、ステイルならルカヌス様が執務室に連れて行きましたよ。」
「ルカヌス様とご一緒なのですね! では、私はこれで失礼致します!!」
ユリウスはこれ以上彼女の姿を見てはいけないという、臣下としての理性を総動員したのか、踵を返して文字通り脱兎の如く駆けて行ってしまった。
「あら、本当に行ってしまわれたわ。みんな揃って、今日はお顔が真っ赤で忙しいのかしらね」
アヤナーラは一人取り残された廊下で、緩んだネクタイを指先で弄びながら、ステイルの「第二ボタン」の悲鳴も、ユリウスの「赤面」の理由も、最後まで分からないまま応接室へと向かうのだった。
その日の夜。
昼間の騒がしさが嘘のように静まり返った私室で、アヤナーラはもう一度サンプルの制服に身を包み、機能性の最終チェックをしながら机に向かって報告書を記入していた。
「ワイシャツの伸縮性は問題なくて、ブレザーの肩幅は各自のサイズに合わせたら大丈夫そうね。スカートのウエストも半分はゴムにしているから、キツすぎることもないし、動くのにも申し分ないわ。ただ……」
アヤナーラはペンを顎に当て、昼間のステイルの言葉を思い出しながらうーんと首を傾げた。
「実技で大きく身体を動かすとなると、やっぱりスカートだと色々と不安よね。女子生徒の実技用のために、同じチェック柄のハーフパンツに黒のタイツを合わせる選択肢も作った方がいいのかしら?」
トントン。
「アヤ、入るよ」
次の瞬間、静かに扉が開いてステイルが部屋へと入ってきた。
そして、月明かりの下で再びあの無防備な制服姿で佇むアヤナーラを見た瞬間――ステイルの頭の中で、昼間から必死に抑え込んでいた理性のスイッチが、完全に音を立てて切り替わった。
「……アヤ……。君は、私をそこまで誘惑したいのかい?」
ステイルは音もなく背後に忍び寄ると、彼女の細い腰を強引に引き寄せ、背中から狂おしいほどの力で抱きしめた。首筋に落とされる熱い吐息に、アヤナーラは驚いて肩を跳ね上げる。
「……誘う? 違いますよ、ステイル。私は魔術学園の生徒たちのために、制服の機能性や改善点を報告書にまとめているだけですわ」
「いいや、私の目には私を狂わせるための最高のご褒美にしか見えない。……アヤ、そこで少し待っていてくれ。私も着替えてくる」
「え? なんで……?」
アヤナーラが訳が分からず「なんで制服に……?」と呟く間もなく、ステイルは風のような速さで自分の部屋へと戻り、数分もしないうちに昼間の男子生徒用の制服に着替えて戻ってきた。
ステイルの瞳には、昼間よりもずっと深く、どろりとした独占欲と情愛が揺らめいている。
「ああ、やっと……やっと制服姿のアヤを私だけで独り占め出来る。昼間はあの分からず屋の弟のせいで、ずっと、ずっと生殺しにされていたのだからな……っ」
ステイルはアヤナーラを正面に向かせると、吸い寄せられるようにその唇を深く、激しく奪った。
「アヤ、何故君はそんなに美しいのだ……。その美しさで、君は私を壊そうとする。前世のあいつの記憶など、私の愛で、私の名前で、跡形もなく消し去ってしまいたい。……君の瞳を、心を、そのすべてを私だけで満たしたいんだ……っ」
「ん……っ、ステイル……」
これ以上の反論を許さないように、ステイルはアヤナーラを横抱きに抱え上げると、そのままベッドへと運んだ。
プリーツスカートが乱れ、ステイルが死守した紺色の靴下がシーツの上に投げ出されていく。
「アヤ……夜が明けるまで、君に私の愛を刻み続けさせてくれ……」
ステイルの願望のままに、緩められたリボンとシャツのボタンが外されていく。
結局、ステイルの「まだしてもらっていないことリスト」の制服デートは、サンプルの確認という建前を完全に忘れた国王によって、翌朝の鳥が鳴く一歩手前まで、何度も何度も激しく、深く抱き合って上書きされるという、最高に熱くて甘い朝を迎えることになった。
――その後、魔術学園の制服は正式に採用された。
初めは足を人前に見せることに戸惑っていた生徒たちも、この制服を国王陛下と王妃様が直々にデザインし、実際にサンプルを着用して着心地を確かめられたと知れ渡ると、一気に国中で話題沸騰となった。
「あの美しい王妃様と同じ格好ができるなんて!」と、今では若い貴族たちの間でステータスとなり、生徒たちは皆、嬉しそうに誇らしげに制服を着用して学園へ通うようになった。
(……まぁ、夏服の『紺色の靴下』の長さだけは、何故か法律並みに厳格な規定として今も残っているのだけれど……)
今日も窓から、お揃いの制服を着て楽しそうに笑う生徒たちを眺めながら、アヤナーラはやっぱりステイルの深いこだわり(執念)の理由は分からないまま、クッキーを口に運んで優しく微笑むのだった。




