表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/61

番外編〈ルカヌスの結婚――白い薔薇と騎士の契約――〉

はぁ……また縁談か。


私はアヤナーラ以外の女性には興味がない。

もちろん、彼女が兄のものだとは痛いほど分かっている。だが、父の遺伝なのか……一度一人の女性を心に決めてしまうと、他の誰を向けられても心が動かないのだ。


(もし、私が兄上より早く生まれていたら……彼女を手に入れることが出来たのだろうか。……いや、それでもきっと、彼女は兄上を選ぶのだろうな)


そんな叶わぬ思考を振り切り、私は一生独り身で構わないと公言しているのだが、周囲の貴族たちは「第二王子の椅子」を狙って、執拗に縁談を打診してくる。


憂鬱な気持ちのまま、私は今回のお見合い相手、シャルロット・ディ・クレア侯爵令嬢を待った。


現れた彼女は、気高く、凛とした空気を纏っていた。私の部下として騎士団に所属している彼女の実力は知っている。


挨拶もそこそこに、私はいつもの「定型文」を口にした。

「お見合いの席を設けていただいたことは感謝します。ですが、私には心に決めた方がおります。叶わぬ相手だと分かっていても、他に誰も愛することなど出来ぬのです。……大変申し訳ないが、ここでお断りさせていただきたい」


冷たく突き放すような言葉。

しかし、彼女は驚くどころか、淡々と頷いた。


「ええ。殿下のお心については聞き及んでおります。……そして、何度もご貴族様からお声が掛かり、辟易へきえきされていることも。……実は、私も結婚に興味はございません。心に決めた方はおりませんが、私は騎士としてこの身を国に捧げたいのです。ですが、両親は『女の幸せ』を盾に、何度も縁談を強いてくる……」


彼女はそこで言葉を切り、真剣な眼差しで私を射抜いた。


「……大変不躾な提案ですが、私と『白い結婚』をしていただくことは出来ませんか?」


「…………は?」


私は思わず、王子としての矜持を忘れて目を見開いた。


「形だけの夫婦となり、互いへの干渉を断つ。もちろん、夫婦としての公務がある際は、全力で妻の役目を果たします。……殿下にとっても、厄介な縁談を封じるための『盾』として、私は最適ではないでしょうか」


「……だが、いざ結婚してしまえば、それ以上の関係を望むのではないか? 私の家系に取り入るための画策ではないと言い切れるのか?」


私はどうしても疑り深くなってしまう。兄上がアヤナーラに寄せるような「狂信的な愛」を知っているからこそ、愛のない結婚がどれほど空虚かを知っているからだ。


「……そうならぬよう、私室は分け、公務や騎士団の務め以外では顔を合わせないことを誓います。両親にも、これは白い結婚だと宣言しましょう。……もし殿下の心に決めた方が、殿下の元へ来たいと願われる日が来れば、私は即座に身を引きます。その時は遠慮なく、離縁状を叩きつけてくださいませ」


彼女の緑の瞳に、嘘の色はなかった。


保留にした後、私は徹底的に彼女の身辺を調べ上げた。野心はなく、ただ剣に生きようとする実直な女性……。

(……これは、私にとっても、彼女にとっても、最良の『契約』かもしれない)

そうして、私たちは愛のない、けれど誰よりも強固な「利害の一致」による結婚を受け入れたのだった。



「父上、母上、兄上、アヤナーラ義姉上。私は、シャルロット・ディ・クレア侯爵令嬢と婚約いたしました」


私の報告に、父上は「めでたいな」と頷き、母上とアヤナーラは「まあ」と顔を綻ばせる。そして兄上だけは、「……ついにアヤを諦めたか」と、安堵と警戒の混ざった声で呟いた。


私はその視線を受け止め、淡々と続けた。

「ですが、皆様ご存知のように、私には心に決めた方がおります。ゆえに、彼女とは『白い結婚』を執り行います。住まいは分け、公務や職務以外で顔を合わせることはありません。当然、跡継ぎも儲けぬつもりです」


静まり返る広間。皆が驚きに目を見開く中、私はシャルロットとの「契約」を説明した。彼女は騎士として生きるため、私は一人の女性を想い続けるため。互いの縁談を封じる「盾」としての結婚。


「お前は……まだアヤナーラを諦めていないのか。何度言えばわかる、アヤは絶対に渡さんぞ!」

兄上が顔を顰め、殺気にも似た独占欲を露わにする。


「そんなことは分かっていますよ、兄上。……ですが、人生は何が起こるか分かりません。私は、兄上に愛想を尽かした彼女が、いつでも私の元へ逃げて来られるよう、席を空けて待っているだけです」


私がニヤリと笑うと、母上が溜息をつきながら父上を振り返った。

「まあ……。兄弟揃って一人の女性を愛し抜くなんて。アヤナーラのせいではありません。あなたの遺伝のせいね。」


「ガハハハ! アヤナーラを守る騎士がそばに増えるのは良いことだ。クレア侯爵家にも、その条件で話は通してあるのだな?」


「はい。承知の上での承諾です」


「ならば問題あるまい。……わしとしてはルカヌスの子供も見たかったがな!」

またも豪快に笑う父上の声が響く。


その後の軽食を摂っていると、アヤナーラが一人、私の元を訪れた。

「ルカヌス様。本当によろしいのですか……? 私は、あなたの気持ちに応えることは……」


「アヤナーラ」


私は彼女の言葉を遮った。


「その続きは聞きたくない。これは僕が勝手に君を想っているだけだ。君が罪悪感を抱く必要はないんだよ」


アヤナーラは切なげな、けれど私の意思を尊重するような笑顔で「分かりました」と告げ、去っていった。


(私は、君を一生愛し続ける。……それが私の選んだ、唯一の幸福だから)


半年後。ヴァレンシュタットの歴史に残る、美しくも冷ややかな「白い結婚」の儀が執り行われた。



結婚式から一年。ルカヌス王子夫妻は、社交界で「ヴァレンシュタットの双璧」と呼ばれていた。


「シャルロット、今日も美しいな。君を騎士団に置いておくのは、この国の損失かもしれない」


夜会の広間。ルカヌスは愛おしげな眼差しで、シャルロットの腰に手を添え、彼女の耳元で甘く囁く。


「もったいないお言葉です、ルカヌス殿下。」


シャルロットもまた、頬を微かに赤らめ、幸せに酔いしれる妻の顔で応える。


…が、扇で口元を隠しながら

「……陛下やアヤナーラ様が見ていらっしゃいますわ。私に、もう少しだけ見惚れたような顔をしていただけますか?」

…とコソッと告げられる。


その完璧な仲睦まじさに、周囲の貴族たちは「なんと情熱的なご夫婦だ」と溜息をつき、ステイルでさえ「あれは本当に演技なのか」と呟くほどだった。


しかし、夜会が終わり、帰りの馬車の扉が閉まった瞬間。

「……ふぅ。お疲れ様でした、ルカヌス殿下。本日の『愛妻家』の演技、九十点といったところでしょうか」

シャルロットは、先ほどまでの熱っぽい瞳を消し去り、事務的なトーンで告げた。彼女はルカヌスの肩に預けていた頭をさっと離し、乱れた髪を無造作に整える。


「厳しいな。……君こそ、アヤナーラの前で私の手を握る力が強すぎたぞ。爪が食い込むかと思った」


「申し訳ありません。アヤナーラ様の慈愛に満ちた視線を浴びると、罪悪感でつい力が入ってしまうのです。……明日の朝の訓練、三十分早めてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない。……それと、そなたの実家からまた『白い結婚は辞めて孫の顔を見せろ』と手紙が来ている。それは契約違反だと伝えておけ。」


「申し訳ございません。…承知いたしました。……それでは、おやすみなさいませ、殿下」


城に到着すると、二人は一礼を交わし、迷うことなく別々の棟にある自室へと歩き去る。


彼らにとって、夫婦の時間は「公務」であり、私生活は「良き騎士仲間」だった。


ルカヌスは自室に戻ると、一人でワインを傾けながら、「アヤナーラ」を想い、シャルロットは一人で剣を磨き、己の技を磨くことに心血を注ぐ。


愛を誓わない代わりに、誰よりも強固な「秘密」を共有する二人。


「……皮肉なものだな。偽りの愛を演じれば演じるほど、私の中のアヤナーラへの愛が、より鮮明に、純粋になっていく」

ルカヌスが窓の外を見つめて呟く。


その完璧な仮面は、今日もヴァレンシュタットの静寂の中に、静かに解かれていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ