番外編〈新たなる脅威…異世界のボーカリスト?〉
それは唐突に質問された。
「アヤ、君の前世の記憶のことなのだが…」
またいらぬ嫉妬心を向けられるのではないかと考えたアヤナーラは思わず身構えた。
「…っ!すまない。そんなに身構えないでくれ。ただ、あの世界には、こちらには無いものが溢れていただろう?例えば、空を飛ぶ鉄みたいな…飛行機だったか?ああいったものは、アヤは作れるのかと思ってだな…」とボソボソと話すステイル。
彰人のことでは無いことに、ふうと安心するアヤナーラ。
「私はその手の知識はないので作れませんよ。
私がしていた仕事は事務でしたから。毎日経費の計算や、営業から言われたプレゼンの資料をまとめることとか…そんなお仕事でしたので。でもその経験が、今の執務にも少しはお役に立てられているのではないかと思ってます。」
「ああ、アヤの仕事ぶりにはいつも驚かされている。本当に君は優秀だ。いつも感謝しているよ。」と微笑むステイル。
「ありがとうございます。あ、あと学生の頃は居酒屋でアルバイトをしてました。」
と懐かしむアヤナーラ。
「ああ。それは見たぞ!毎日若い男どもが綾乃に電話番号なるものを教えろと言ったり、外で待ち伏せされては店長?や彰人が守っていたな。全く不届者がいるものだと呆れて見ていた。」と怒り出すステイル。
「そうでしたね。でも本当に店長がしっかり守ってくださいましたし、彰人も毎回迎えに来てくれたので私は安心して働けましたよ。上の者が下の者をしっかり守ってくれるって本当にカッコよくて素敵でした。」と懐かしむと、急激に周囲が寒くなる。
「"カッコよくて素敵"…?」
(あっ、まずい)
「あっ、素敵と言っても恋心を抱いているわけではありませんからね!そういう上司に私もなりたいなと思っただけですよ。」と付け加える。
それでも温度が下がり続けたため、ステイルに抱きつき
「この世界では一番ステイルが素敵ですよ?お顔も…本当にカッコよくて、私はステイルにメロメロなのですよ?」と照れながら告げる。
「…だってステイルのお顔ってmanatoみたいに綺麗なお顔だし…あんな素敵なお顔を毎日そばで見られるなんて…」
(あっ、これは本当にまずい。つい口に出てしまっていた。)
「……マナト、だと……?」
パキパキ、と音がしそうなほど部屋の温度が急降下する。ステイルの背後に、物理的な吹雪が見えるかのようだった。
「あ…彰人の次は、そのマナトという男か……? そいつは一体どこの誰だ。そいつも君を待ち伏せし、君を助けて『素敵』だと言わせたのか……?」
「ち、違いますステイル! 彼はその、遠い存在というか、偶像というか……!」
必死に弁解するアヤナーラだったが、ステイルの瞳からは光が消えている。
「毎日見られるのが幸せ……なるほど。よほどその男は、私の知らないところで君を悦ばせていたのだな。そのマナトという男の顔、今すぐ私の魔道具で君の記憶から引きずり出してやりたい……!」
「待って、話を聞いて! ステイル!manatoは雲の上の存在で私とは面識はないんです!」
アヤナーラは、自分の口の軽さを呪った。ステイルの独占欲を甘く見ていた。彼は和解してもなお、彼女の記憶の中にいる「自分以外の男」すべてを駆逐しなければ気が済まない男だったのだ。
manatoとは前世のロックバンドのボーカルの名前。
彼の容姿は私の心にブッ刺さっていた。
イケメンで女装をすれば絶世の美女と呼ばれるほど容姿端麗。
あんなに素敵なのに性格は穏やかでいつも優しい。
さらに歌も私の心を掴んで離さなかった。
私は地元でのライブには毎回参戦していた。
さすがに仕事が休めず地方には行けなかったが。
ディナーショーのビンゴ大会でたまたま優勝した時、推しと写真撮影をしてもらい、さらにはサインをしてもらって尊い時間を過ごしたことも絶対に忘れない。
前世の記憶を取り戻してから気づいたのだが、そんな彼の顔と、ステイルの顔がどことなく似ているのだ。
いつもどこかで感じていたことがついに言葉に出てしまった。
焦る私。
ステイルの機嫌はどんどん悪くなる。
「マナトというのは……その、前世で私が最も『推して』いた、歌い手の名前です!」
一度口を開くと、止まらなかった。
「絶世の美女と見紛うほどの美貌を持ちながら、性格は聖者のように穏やか。彼の歌声は私の魂を震わせ、地元に彼が降臨する際は、万難を排して馳せ参じたものです! 運命のディナーショーでのビンゴ大会……あの日、優勝して彼と肩を並べて写し絵(写真)を撮り、直筆の印を頂いたあの『尊い』時間は、私の墓場まで持っていく宝物で──……」
はっと気づけば、ステイルの周囲に氷のトゲが浮き上がらんばかりの殺気が満ちていた。
「……ほう。彰人の次は、そのマナトか。異世界の宴で、他の男と肩を並べて悦びに浸っていたと。その『トウトイ』とかいう時間のために、君はそんな熱を上げていたのか」
「ち、違います! それは恋愛感情とは別の、もっと高尚な……!」
「何が違う! 君は今、私の顔を見てその男を思い出していると言ったではないか。……私との日々は、その男を懐かしむための代用品だったというわけか?」
低く、地を這うようなステイルの声。
彼はアヤナーラの顎をクイと持ち上げ、至近距離でその瞳を覗き込んだ。
「……そのマナト以上に、私の顔は君に『刺さって』いないとでも?」
彼の嫉妬の矛先は、もはや実在しない「前世の推し」にまで及んでいた。
「ステイルの方が何万倍もカッコいいです! 推しは推し、貴方は愛する夫なんです! 恋愛対象とかそういう次元じゃないんです! 私はただ、綺麗なものを見て癒やされたかっただけで……!」
必死すぎるアヤナーラの弁解も、こじらせたステイルには逆効果だった。
「だが、私は代用品なのだろう?」
吐息がかかる距離まで顔を寄せられ、アヤナーラは限界を迎えた。あまりの美貌に心臓が悲鳴を上げ、思わず顔を背けてしまう。
「……顔を背けるなんて、許さないと言っただろう」
逃げ道を塞ぐように強引に顎を向けさせられ、ステイルの瞳が怒りと独占欲で燃える。
だが、追い詰められたアヤナーラの口から飛び出したのは、予想外の「本音」だった。
「……だって、ステイルの方が素敵なんだもん! カッコ良すぎて、近くで見ると心臓が止まりそうなくらい大好きなんだもん……っ!」
淑女にあるまじき、けれど最高に無防備な甘え。
途端、部屋を満たしていた氷のトゲが、春の陽だまりに触れたかのように一瞬で溶け落ちた。
「…………アヤ」
今度はステイルが、爆発しそうなほど真っ赤になって顔を背けた。
触れていた指先までが熱を帯び、先程までの威圧感はどこへやら、彼は激しく動揺している。
「……君は、本当にずるい。そんな愛の囁き方をどこで学んだ?私はいつだって、君に翻弄されてばかりだ……」
観念したように深く溜息をつき、ステイルは彼女を壊れ物を扱うように優しく、でも熱く抱き寄せた。
抱きしめる腕の力は緩めないまま、ステイルが耳元で低く囁いた。
「……アヤ。その『マナト』という男は、女装をすれば絶世の美女と言われるほどだったのだな?」
「え、ええ……。そうです…。」
嫌な予感がして身を固くするアヤナーラをよそに、ステイルは彼女を抱き上げたままソファへと移動し、自分に跨らせるようにして座らせた。至近距離で見つめ合う形になり、アヤナーラの逃げ場がなくなる。
「性格も穏やかで、歌で君の心を掴んで離さなかった……。そして、ビンゴ大会とやらで隣に並び、写し絵を撮った。……そうだろう?」
ステイルは指先でアヤナーラの髪を弄びながら、わざとらしく目を伏せて、長い睫毛の影を頬に落とした。自分の「美しさ」を完璧に理解している王子の、確信犯的な誘惑だ。
「ならば、今、隣ではなく目の前にいる私をもっと褒めてくれ。その男にはなくて、私にだけあるものを……。君の心が完全に私のものだと、私がその男に勝っているのだと、納得させてほしい」
ステイルはアヤナーラの首筋に顔を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
「……ほら、どうした? さっきみたいに『大好きだもん』と言って、私のどこが好きなのか……全部、言葉にしてくれないか」
彼は確信している。こうして攻めれば、アヤナーラが真っ赤になって、自分への愛を際限なくこぼし始めることを。
彼は、マナトという影を完全に消し去るまで、アヤナーラを甘く、執拗に追い詰めるつもりだった。
逃げ場を失った私は、半ばヤケクソでステイルの「推しポイント」を叫ぶように並べ立てた。
「その長い睫毛も、宝石を嵌め込んだような瞳も! 鼻筋だって彫刻みたいに綺麗だし、ふとした瞬間に溢れる色気なんて、もう直視できないくらいなんです! それに……っ、私にしか見せない欠伸をした顔も、無防備な寝顔も『尊すぎる』んです! いつだって、私の心臓を壊しにきてるじゃないですか!」
止まらなくなった私は、彼の胸板を指差してさらに熱弁を振るう。
「体だって……(指先で上半身を撫でながら)筋肉のラインがもう美しすぎるし(語彙力が死んでるけど!)、こんなに強いのに、(ステイルの手を取り指を撫でながら)指が長くて、手が綺麗で……! 要するに、ステイルのすべてが、私にとっては世界で一番美しいんですっ!」
息を切らし、潤んだ瞳で必死に上目遣いを向けると、ステイルは……。
「………………っ」
彼は、がばりと天を仰いだ。片手で顔を覆い、赤く染まった耳を隠しきれない。
先ほどまでの余裕はどこへやら、喉仏が激しく上下している。
「……参った。もういい、わかった。これ以上は、私の心臓が持たない……」
天を仰いだまま絞り出した声は、ひどく掠れていた。
アヤナーラを誘惑して優位に立とうとしていたはずが、彼女の混じり気のない「全肯定」の嵐に、ステイルの方が完全にノックアウトされてしまったのだ。
天を仰いでいたステイルは、しばらくして深く長い溜息をついた。ようやく顔を覆っていた手をどけると、その瞳には熱を帯びた、とろけるような光が宿っている。
「……もう限界だ。アヤ、君が悪いんだぞ」
ステイルは抗議する隙も与えずアヤナーラを横抱きにすると、そのままゆっくりと寝台へと運んだ。柔らかなシーツに彼女を沈め、逃げ道を塞ぐように覆い被さる。
「さあ……さっきの続きを聞かせてくれ。私のどこが『トウトイ』のか、もう一度耳元で囁いてほしい」
「えっ……ま、またですか? さっき全部言いました!」
真っ赤になって抗うアヤナーラだったが、ステイルは彼女の耳たぶを優しく噛み、熱い吐息を吹きかける。
「足りないな。その男……マナトの記憶が君の中から完全に消え去るまで、何度でも上書きしてほしいんだ。私の瞳が、指が、寝顔が……どれほど君を狂わせるのか。……ほら、言って?」
ステイルはわざとらしく、アヤナーラが「色気がすごい」と言ったあの伏せ目の表情を作り、彼女の首筋に顔を寄せる。
「……ステイル……っ。……その、大好きです。世界で一番、尊くて……素敵です。マナトより、誰よりも……ステイルだけを、私は……」
恥ずかしさで消え入りそうな声で紡がれる言葉を、ステイルは一音も逃さぬように聞き入り、満足げに微笑んだ。
「……よく言えました。……アヤ、愛している。今夜は、君が私の美しさに溺れて動けなくなるまで、離してあげないからね」
そう言って、彼は祈るような、けれど逃げ出すことなど許さない深い口づけで、彼女の言葉を飲み込んだ。
ーーーー
翌朝。ステイルはアヤナーラが目覚める前から鏡の前に立ち、己の姿を凝視していた。
(……昨夜、彼女は私の睫毛や鼻筋を褒めてくれた。だが、果たして今日も、あのマナトという男以上に私は彼女を惹きつけられているだろうか……?)
完璧に整った容姿を持ちながら、ステイルはかつてない不安に駆られていた。どうすれば、彼女の「一番」で居続けられるのか。
熟考の末、彼はまだ微睡みの中にいるアヤナーラのもとへ、あえて着衣を乱したまま歩み寄った。
「……アヤ。おはよう。……今日の私は、どうだろうか」
逞しい胸元を露わにしたまま、ステイルはわざとらしく伏せ目をし、ベッドで身を起こしたばかりのアヤナーラを覗き込む。昨夜、彼女が「色気がすごい」と絶賛した角度だ。
「……っ! な、なんですか……もう、朝からそんな色気を振りまいて……!」
案の定、アヤナーラは真っ赤になって顔を両手で覆った。その初々しい反応に、ステイルの心に暗く立ち込めていた不安が、わずかに晴れていく。
「何を言っているんだ。昨夜はあんなに熱い言葉と共に、私を求めてくれたではないか」
ステイルは彼女の細い手首を優しく掴み、顔から強制的にどけさせた。逃げ場を奪い、自分の瞳を真っ直ぐに見つめさせる。
「私は……昨日よりも今日、今日よりも明日、もっと君の心を奪っていたいのだ。……ほら、答えてくれ。今日の私は、君の世界で一番だろうか?」
甘く、独占欲を孕んだ問いかけ。
朝の光を浴びたステイルは、まさにアヤナーラの言う「尊い」の具現化そのものであった。
「ステイルは……嫉妬して強引になるところも、甘えてくれるところも、何をおいても私を一番にしてくれるところが……本当に、大好きなのです……っ」
赤面して絞り出したアヤナーラの言葉。それはステイルにとって、どんな極上の賛辞よりも心を震わせるものだった。
(ああ、私は愛されている……! ならば、もっと、もっと彼女の目に相応しい最高の男にならねば……!)
幸せの絶頂に達したステイルが導き出した答えは、「外見のさらなる強化」だった。
彼は執務を放り出し、クローゼットから最も豪華な正装を引っ張り出した。金糸の刺繍がびっしりと施された重厚なジャケットに、これでもかと宝石を散りばめたブローチ。
「……アヤ、待たせたね。今の私なら、君の隣に立つ資格がより強固になったと思わないか?」
自信満々に現れたステイルを見て、アヤナーラは……真っ白になった。
(うわあ、趣味が悪い……。いつものシンプルで上品なカッコよさが消えて、成金みたいになってる……。これなら、
「manatoがライブで着ていたあの軍服姿の方が、よっぽどキュンとするのに……)」
(はっ!…しまった…またやってしまった…)
無意識の呟きが、静かな部屋に空虚に響いた。
「……ぐんぷく……?」
ステイルの動きが止まる。
先ほどまでの輝かしいオーラが霧散し、ジャラジャラと安っぽい宝石の音だけを立てて、彼はその場に膝をついた。
幸せの絶頂から、奈落の底へ。
「……結局、またその男か。私がどれほど着飾っても……結局、私は君の記憶の中の『軍服を着た男』には勝てないというのか……」
床を見つめ、絶望に打ちひしがれるステイル。
豪華すぎる衣装のせいで、その背中はいつにも増して小さく、そして情けなく見えるのだった。
「アヤっ! その『グンプク』とはどんなデザインなんだ? 早く、早く教えてくれ!」
泣き縋る勢いのステイルに圧され、アヤナーラは記憶を頼りにマナトの衣装をスケッチした。
ステイルはそれをひったくるように奪い取ると、すぐさま国一番の仕立屋を城へ召喚した。
「これと同じものを十着だ! 昼夜を問わず、最速で仕上げろ!」
(ふふ……これでアヤの視線は釘付け。私はマナトを超え、真の『トウトイ』存在になるのだ!)
数日後。意気揚々と届いた衣装を確認したステイルは、目の前が真っ暗になった。
「……なんだ、このジャラジャラした石ころは……っ!」
仕立屋は気を利かせたのだ。「王子殿下が召される軍服がこれほど質素なはずがない」と、金糸の縁取りを加え、ボタンの代わりに大粒のルビーを配した豪華絢爛な「偽・軍服」に改造してしまったのである。
「私は『シンプル』と言ったはずだ! 余計な飾りを付けるな、この無能めが! 作り直しだ、今すぐだ!」
執務室に響き渡る怒号。
その報告を側近のユリウスから受けたアヤナーラは、堪えきれずに吹き出した。
「ふふっ、あははは! 十着も作らせようとするからですよ。……ユリウス、ステイル様に伝えて。そんなにいりませんから、せめて二着にして、色は『深緑』と『漆黒』で。余計な装飾は一切なし。ブーツは黒で膝下までの編み込みのもの。シルエットの美しさだけで勝負して、と」
アヤナーラの確かな「プロデュース」を受けたユリウスは、呆れ顔で頷いた。
「畏まりました。……殿下も、アヤナーラ様の好みに合わせようと必死すぎて、もはや練兵場に並ぶ騎士より軍服に詳しくなっていますよ」
一週間後。ついに「アヤナーラ完全プロデュース」の軍服、帽子、そしてブーツが完成した。
鏡の前に立つステイルは、自らの姿を凝視し、満足げに口端を上げる。
「……なるほど。これがアヤの『癖』か。確かに、悪くないな」
余計な装飾を削ぎ落とした漆黒の軍服は、ステイルの類まれなるスタイルの良さを残酷なまでに際立たせていた。
横で控えるユリウスは、あまりの威圧感と色気に絶句している。
(……これは、毒だ。アヤナーラ様が狂うのも無理はない。……私も一着、新調しておくか。これほど男を上げる衣装があるとは知らなかった)
「さて、アヤに見せてこよう。驚く顔が楽しみだ」
ステイルが意気揚々と私室へ足を踏み入れると、椅子に座っていたアヤナーラは彼を一目見た瞬間、ガタン!と派手な音を立てて腰を抜かした。
(……っ、待って、無理! 破壊力が天元突破してる……! 直視したら死ぬ、尊すぎて溶ける……!)
限界を迎えたアヤナーラは、悲鳴を上げる代わりに反射的に目を逸らし、顔を覆った。
だが、それを見たステイルの顔から自信が消える。
「……また、目を逸らすのか。やはり、本物のマナトには及ばなかったということか……?」
愕然として膝をつきかけるステイルの腕を、アヤナーラは必死に掴んだ。
「ち、違いますっ! 逆です! ステイルが素敵すぎて、私……今、心臓が爆発しそうなんです! 素敵、尊い、無理、しか言えません……っ!」
語彙力が完全に灰となったアヤナーラの叫びに、ステイルは呆然とした後、帽子の鍔を深く下げて赤くなった顔を隠した。
「……そうか。ならば、成功……ということだな」
彼は腰を抜かしたままのアヤナーラを抱き上げると、耳元で低く、けれど勝ち誇ったように囁いた。
「今夜は、その『素敵すぎて直視できない』私を、嫌というほど見せてあげよう。……覚悟しておけよ、アヤ」
(ふっ。やはり私の勝利だ。公務中もこの姿でいれば、アヤは一日中私のことを考えて悶えるだろうな。……よし、このまま練兵場へ向かうか)
自信満々に廊下を進むステイル。すれ違う侍女たちが息を呑み、顔を真っ赤にして柱の影に隠れるのを見て、彼は確信した。今の自分は、史上最強に「トウトイ」のだと。
だがそこへ、背後から猛烈な勢いで駆け寄ってくる足音が響いた。
「ステイル様! お待ちください、今すぐ私室へ戻りましょう!!」
必死の形相で腕を掴んできたアヤナーラに、ステイルは目を丸くする。
「ステイル、ダメです! そんな姿、私以外に見せないでくださいっ! 今の侍女たちの顔を見ましたか? このまま城下へ出たら、国中の女性の心がステイルに奪われてしまいます……。ステイルが誰かに取られるなんて、私、絶対に嫌ですっ!」
涙を浮かべて訴える彼女を見て、ステイルの心は深い充足感に満たされた。かつて自分が抱いていた醜い独占欲を、今、彼女が「愛」として向けてくれている。
「……ああ、わかったよ、アヤ。この姿は君だけの特権にしよう」
ステイルは愛おしげに彼女の涙を拭うと、未練なく軍服を脱ぎ捨て、いつもの騎士服へと着替えた。
──後日。練兵場に現れたステイルは、そこで同じデザインの軍服を着たユリウスと対面する。
「……ユリウス。お前、本当に作ったのか」
「ええ、殿下。アヤナーラ様がこれほど取り乱す衣装なら、持っておいて損はないかと思いまして」
真顔で答える側近に対し、ステイルは威圧感たっぷりに指を突きつけた。
「いいか、それは愛する者の前だけで着るものだ。断じて、アヤの前では着るな。……もし彼女がそれを見て、万が一にでも『別の男』を思い出したら……お前でも容赦はしないからな」
ステイルの「推し」に対する警戒心は、服装が変わっても健在なようだった。




