〈氷の再来と悪戯の薔薇〉
夏の星祭りにステイルとアヤナーラは公務として参加していた。
しかし、ステイルの心は晴れない。アヤナーラの美しさが、自分のものにだけしておきたいその輝きが、たくさんの国民の目にさらされたからだ。さらに式典の最中、彼女の手を取った若い外交官が、必要以上に長くその指先に唇を寄せたことが、ステイルの胸のどろりとした嫉妬の火を燃やしていた。
城に戻ったステイルの態度は、かつての「氷の王子」そのものだった。
「………今日の残りの公務は私一人でやる。君は部屋に戻れ。」
労いの言葉一つなく、視線すら合わせない。ステイルは、嫉妬で見苦しく乱れた自分を見せたくないという不器用な防衛本能だったのだが、アヤナーラには「何か怒らせてしまった」としか映らなかった。
「ステイル様。……お疲れではありませんか?お茶でも…」
「不要だと言っている。…早く下がれ」
冷たく突き放すような声。ステイルは、彼女が縋ってくるのをどこかで期待していた。そうすれば、彼女を抱きしめて「私が悪かった」と素直に謝り彼女を甘やかす口実ができると思っていたのだ。
しかし、アヤナーラの反応は予想に反していた。
「………分かりました。お邪魔をして申し訳ありません。失礼いたします。」
彼女は凛とした声でそう言うと、深く一礼し、一度も振り返ることなく部屋を出て行った。
「……えっ…?」
ステイルは呆然と扉を見つめた。
隣に立つユリウスは俯き、何故か肩を震わせている。
アヤナーラは、彼がきっとあの外交官に嫉妬したのだと気づいていた。
(あんな態度を取るなら……私だっていつも翻弄されるばかりでは気がすみませんわ)
少しお仕置きをしようと、彼女の中に小さなイタズラ心が湧き上がる。
「エミリー、今夜はあちらの寝室ではなく、ここで一人で休みます。"殿下"にはそうお伝えして。」
「…私の言葉そのまま伝えてね。」
言伝を預かったエミリーは、ことの経緯を察知して悪い笑みを浮かべた。
「承知いたしました。殿下にもたまにはそのような『お仕置き』が必要ですわね!私が全力でお守りします!」
そう言い切るエミリーに、アヤナーラも「ふふ」と悪戯っぽく微笑み返した。
エミリーは、ステイルの従者であるユリウスをこっそり呼び出すと、アヤナーラの『お仕置き計画』を打ち明けた。
それを聞いたユリウスは、先ほどのステイルの余裕のない様子を思い出し、堪えきれずに吹き出した。
「はははっ!今夜ステイル様は一睡も出来ないだろうな。あんなに呆然とした気の抜けた顔……初めて見たよ」
ユリウスは、主君のあまりの狼狽ぶりがツボにハマってしまったのか、声を押し殺しながら肩を揺らして笑い続けている。
そんな計画も知らず、ステイルはアヤナーラの機嫌を取ろうと彼女の私室を訪れた。しかし、そこで待ち構えていたのは、鉄壁の笑顔を浮かべたユリウスとエミリーだった。
「ステイル様、アヤナーラ様は先にお休みになられましたが、言伝を預かっております。……『今夜はあちらの寝室ではなくここで一人で休みます。"殿下"にはそうお伝えして。』……との事です。では、私たちもここで失礼致します。」
「……待て!ユリウス!"殿下"だと?彼女がそう言ったのか!?」
「ええ、それははっきりと。おやすみなさいませ。"殿下"」
ユリウスはわざとらしく慇懃にて礼をすると、混乱するステイルを廊下に残し自室へ、エミリーはアヤナーラの私室の控えの間に入り扉を閉めた。
一人残されたステイルは、閉ざされた扉のまえで、かつてないほどの絶望に打ちひしがれるのだった。
翌日、食堂に現れたアヤナーラは、完璧な淑女の微笑みを浮かべていたが、その瞳にはステイルを映していなかった。
「おはようございます、ルカヌス様…ステイル"殿下"」
「あっ、…アヤ……昨日は……その…」
「お仕事でお疲れのようですので、本日は私から話しかけるのは控えさせていただきますね。
………ルカヌス様こちらのお料理とっても美味しいですね。」
「お、おぅ……そうだね(うわっ、兄上、終わったな、これ)」
隣でルカヌスが同情の目を向けてくる。
アヤナーラはステイルが何を言っても、「左様でございますか」「お気になさらず」としか、返答しない。それは、かつてステイルが周囲に向けていた「無関心」という名の壁だった。
(まずい…これは本当にまずい!)
ステイルの心臓が、かつてないほど激しく警報を鳴らす。嫌われた?呆れられた?孤独だったあの銀色の世界に、自分から彼女を追い出してしまったのか?
ステイルはその日の政務に全く手がつかなかった。
夕方。ステイルはユリウスの制止を無視して、政務を全て放り出し、彼女の部屋に駆け込んだ。
「アヤ!話を聞いてほしい!」
「"殿下"、入室の際はノックを……きゃあ!」
ステイルは彼女を抱きすくめ、折れんばかりの力で抱きしめた。
「すまない!私が悪かった!昨日は……君があまりに綺麗で、他の男が君を見るのが耐えられなかったんだ。嫉妬して、子どものような態度を取ってしまった。君に冷たくされるなら死んだ方がマシだ!」
「ステイル…"殿下"?」
「…っ!!やめてくれ!…もう一度私の名前を呼んでくれ!殿下なんて他人行儀な呼び方はしないでくれ!………お願いだ、アヤ」
ステイルの声は震えていた。かつての冷徹な面影など微塵もない。
アヤナーラは、彼の背中にそっと手を回した。
「………あまりに冷たい態度でしたので、私、嫌われてしまったのかと。……ステイル、嫉妬は嬉しいですが、八つ当たりは困ります。」
「……ああ、二度としない。誓う!だから……許して」
ステイルは彼女の肩に顔を埋め、消え入りそうな声で甘えた。
「今夜は、君を離さない。昨日の分まで、私だけを見てくれ。そして…君を見せてくれ。」
その夜、ステイルはいつにも増して過保護で、独占欲の強い「甘い嵐」となって、アヤナーラを愛し尽くしたのだった。




