〈ルカヌスの揶揄い〉
朝の光が差し込む食堂。ステイルは、アヤナーラが椅子に座ろうとしたり、ティーカップを持とうとするたび、従者のように甲斐甲斐しく世話をしていた。
「アヤ、無理はするな。昨日は公務で疲れただろう?……顔色も、少し、その…高揚しているように見える」
「ふふ、大丈夫ですよ、ステイル様」
アヤナーラが少し顔を赤らめて微笑むと、ステイルはその柔らかな表情を独占するように、顔を覗き込む。そこへ、場違いに明るい声が響いた。
「やあ、おはよう、アヤナーラ。…と兄上。
……朝から当てつけかい?」
ルカヌスが、意地悪そうな笑みを浮かべて入ってきた。彼はステイルの顔をじっと覗き込むとニヤリと口角を上げる。
「昨日あんなに殺気立っていた『氷の王子』はどこに行ったんだい?今の兄上、まるで宝物を手に入れたばかりの子どもみたいに、顔がだらしなく緩んでいるよ。」
「……ルカヌス。朝から騒がしいぞ。黙って食事に集中しろ!というか、お前はこの食堂ではなく騎士団の食堂を使え!」
ステイルは瞬時に表情を引き締めたつもりだったが、首筋にはアヤナーラに甘えた痕跡を隠すように、いつもより高い襟のシャツを着ている。
「へぇ……その高い襟、オシャレだね。今日はそんなに冷えるのかな?それとも、誰かさんにつけられた『独占欲の証』でも隠しているのかな?」
「…ルカヌス様っ…!」
アヤナーラが真っ赤になって俯く。ステイルはフォークをカツンと皿に置き、ルカヌスを睨みつけた。
「貴様。あとで訓練場に来い!この減らず口を叩けなくしてやる」
「おっと、怖い怖い。本音が出たね。でも兄上、彼女をあまり愛し過ぎて、公務中に鼻の下を伸ばさないように気をつけてよ?国民が驚いちゃうから。」
ルカヌスはひょいっと肩をすくめると、アヤナーラに向かってウインクをした。
「アヤナーラも大変だね。こんなに重たい兄上の愛を毎日受け止めるなんて。……でも、ま、昨日よりずっと良い顔をしている。兄上を『人間』にしてくれてありがとう」
ルカヌスの言葉に、ステイルは毒気を抜かれたようにため息をついた。
隣で恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑うアヤナーラの手を、ステイルはテーブルの下でそっと握りしめる。
「……重いと言われようが構わない。私は、一生かけて彼女を甘やかすと決めているんだ」
「はいはい、ごちそうさま。……さあさあ、愛妻家の王子様。仕事が詰まってるんでしょ?行きますよ?…アヤナーラ、兄上の愛を受け止められなくなったら遠慮なく僕に言うんだよ。僕が君を全力で受け止めるから。」ニヤっと笑いながら逃げるようにその場を後にした。
最後の一言にぐぬぬと顔を顰めるステイル。
ユリウスにも急かされ、ステイルは名残押しそうにアヤナーラの額に口づけを落とす。
かつての冷徹な「氷の王子」の姿はどこにもない。そこには、愛する女性と、憎まれ口を叩き合える弟に囲まれた、一人の幸せな男の姿があった。




