〈アヤナーラの決意〉
謁見の間を支配していた張り詰めた空気が、扉を開く音で激しく波打った。
そこに立っていたのは、公爵邸に向かったはずのアヤナーラだった。
「…アヤ…なぜ…ここに…」
ステイルの声は震えていた。絶対に会わせたくなかった、亡霊が目の前にいるこの瞬間に、彼女自ら戻って来た事実に(やはりこの男を選んだのか)という絶望を感じる。
一方、アルベルトはアヤナーラに「…綾乃…!」と熱い視線を送る。
あれから何年経ったのかわからないがあの時自分の手の中で亡くなった綾乃が目の前にいるのだ。
もう一度抱きしめたくて思わず手を広げる。
しかし、アヤナーラはアルベルトには見向きもせず、駆け寄ったのはステイルの元だった。
彼女は、殺気を放ち今にも崩れ落ちそうなステイルを抱きしめた。
その瞬間、ステイルの全身の力が抜けまたも独占欲が首をもたげる。
震える声で「…アヤ…君は…あの男ではなく…私を選んでくれるのか…」とステイルは縋るように尋ねる。
アヤナーラはステイルの狂気じみた瞳を見つめ、「もちろんです。私は既にステイル様の妻でしょう?」と笑顔で答える。
(絶対に戦争なんか起こさせない!彰人を殺させはしない!)
そしてアルベルトの方を向き
「…彰人…。陽菜はどんな子に育った?」
彰人は目を見開き「…ああ、陽菜はちょっとお転婆だったけど、だんだん落ち着いて素敵な女性に成長したよ。陽菜は俺たちと同じ25歳で結婚して、孫も出来たんだよ。同じ時を君と一緒に過ごしたかった…」少し間を開け答える。
「私が死んだ後も愛情深く育ててくれたのね…。ありがとう。…私…あの時、伝えることができなかった最後の願いは…陽菜を幸せにしてほしいことと、私に囚われることなく素敵な方が現れたらその方と幸せになってほしいという願いだったの…。でも、それを伝えられなかったから、あなたはきっとここに居るのよね。」と俯く。
それから顔を上げ彰人を見つめ「…私は、いえ…神崎綾乃は、神崎彰人に愛されてとても幸せでした。あなたにはいつも守られて支えられて愛されて、これ以上無いものをもらったよ。
だから、これからの人生は、彰人としてではなく、アルベルト・アースパーニャ殿下として素敵な人生を歩んでほしいと思います。彰人、本当にありがとう。」そう言ってお辞儀をした。
彰人は納得していない表情で「君は…本当にこのままでいいのか?君を閉じ込め心を破壊しようとした相手だぞ!」と強い口調になる。
「ええ。私…アヤナーラは小さい頃よりステイル殿下をお慕いしておりました。彼と結婚出来たことが私はとても幸せなのです。私は彼を愛し、支え、この状況から彼を救いたいと思っています。」
その言葉を聞いたステイルは彰人に勝ったという優越感と、アヤに選ばれたことに対しての幸福感と同時に混乱していた。
今思えば酷いことばかりしていたのではないかと不安になる。
そんな自分を本当に選んでくれたのか不安でたまらなくなる。
そしてまた彼女を離したくない…誰にも渡さない…という独占欲にまた支配されそうになる。
一方、アルベルトは「わかった…。アヤナーラ王子妃の決意は変わらないのだな…」と寂しげに呟きその場を去った。
「国王陛下、陛下の御前での発言申し訳ございませんでした。そして、ステイル様を止めてくださり本当にありがとうございました。」とアヤナーラは頭を下げる。
「アヤナーラよ、こちらこそ愚息がすまなかったな。アヤナーラはステイルを選んでくれた。だが、今度からはこうなる前に私や王妃に相談に来なさい。そなたをこれ以上傷つけさせることは絶対にしない。」と優しくそして力強いお言葉をくださった。
そのまま陛下はステイルを連れその場を去って行った。




